都市伝説「シェイクスピアはおとぎ話を知っていた」
-
コミックマーケット108・探偵小説研究会機関誌《CRITICA》21号に、本書からの先行公開コンテンツ「おとぎ探偵の事件簿」全3話を掲載します。
8/15(土)有明・東京国際展示場(東京ビッグサイト)
南1ホール 南地区“s”ブロック―16a
探偵小説研究会前々回・前回と、都市伝説「シェイクスピアはおとぎ話を知っていた」の誕生の瞬間を見た。日本の英米文学者・仏文学者は、英米仏の物言いを誠実に愚直に輸入するハビトゥスで100年以上やってきた。
そういう日本の伝統的な人文学者(JTH)がこの都市伝説もそのまま輸入し、移植している例をみていく。北村紗衣+小森謙一郎+嶋内博愛+戸塚学編『シンデレラの末永く幸せな変身』(水声社、2025)の最終章、北村氏の「あれもこれもシンデレラ? 物語の影響力」だ。これを選んだのは、連載第12回の斧原氏と同じく、「新しい本だから」以外の理由はない。
わからなくなった3頁
まず北村氏は、真ん中に「シンデレラ」と書き、そこに『プリティ・ウーマン』『キングスマン』『高慢と偏見』をマインドマップ的につないでいく。氏はこれを「作品ネットワーキング図」と呼び、〈影響関係がはっきりしなくても似たような要素が見いだせる作品でもかまいません〉と言う。つまり家系図ではない、と断ってる。
この宣言は誠実だ。シンデレラストーリーというラベルが現代文化でどう流通してるかを追う仕事として、章の大半はちゃんと成立してる。
僕の理解が追いつかなかったのは、氏の専門であるシェイクスピアが出てくる3頁。文中の510BはATU番号。連載第4回でゾンビ理論増幅装置として名指した話型カタログだ。
〈「リア王」の最初の部分は、『シンデレラ』の友達である510B、「不自然な愛」の物語類型にあたるおとぎ話で、「いぐさずきん」とか「塩のように大事」という名前で呼ばれる話によく似た始まり方です〉。
もうここで、なぜ『リア王』が出てくるのかわからない。ATU510Bは「ろばの皮」だ。『リア王』の冒頭とはなんの関係もない。さて、どうしたものか。
物差しは著者自身の目次
北村氏に『批評の教室』(ちくま新書)という本があるのは知ってる。未読だけど、Amazonのサンプルページで目次を見てみたら、
〈作品内の事実を認定しよう〉
〈みんなウソをついているので、誰も信じないようにしよう〉
〈ウソを見抜けるようになろう〉
〈作者は死んでも歴史的背景は殺さないようにしよう〉などとある。明瞭な目次だと思う。批評が何をすべきかが、動詞のレベルまで具体的に書いてある。目次はAmazonのサンプルページでだれでもタダで読める。読者のみなさんにも、いますぐ確認できる材料だ。
だから、この明瞭な目次を物差しにして、同じ著者があの本に書いたシェイクスピアの3頁を測ってみたい。物差しは僕が持ちこんだものではない。全部、氏の目次に書いてあることだ。
カタログ4点に当たる
まずは氏の格律に従って、〈作品内の事実を認定しよう〉(『批評の教室』目次)。
ここは事実の話なので、確認した範囲を先に書いておく。当たったのは北村氏が挙げたATU カタログ(2004)、その前の版であるAT新版(1961)、さらにその前のAT旧版(1928)の、それぞれ510B項および巻末索引、そしてトンプソンの『モティーフインデックス』の索引巻(1958)。4点だ。
まず「不自然な愛(Unnatural Love)」という型名は、この4点のどこにも存在しない。1928年の510Bの型名は「金、銀、星のドレス(いぐさずきん)」だ。1961年新版も同じ。2004年のATU510Bは「ろばの皮(Peau d’Âne)」で、旧称として括弧に入っているのも「金、銀、星のドレス」のほうだ。
では番号のほうはどうか。ここは少し込み入ってた。じつはAT期のAT923に、父が娘の答えに怒って娘が不遇になるまでで終わる短い型があった。変装しての奉公も再認もそこには含まれない。だから後半を持つ「いぐさずきん」が923ではなく510Bに入るのは、AT期当時の型定義に照らして正しい。しかもAT1928の510の梗概は、女主人公が家を出る理由として、
(a)継母の虐待
(b)父の求婚からの逃亡
(c)塩のように愛していると言ったための追放
(d)家来による殺害命令を並列に挙げ、末尾に「父は塩なしの料理を出され、娘の以前の答えの意味を知る」まで置いていた。塩は510の記述の内側にあった。
ところが2004年の改訂で、ウターは923に後半を足し、510Bからは(c)の愛情試験を落として父の求婚だけに限定した。塩は923へ移ったのだ。この改訂によって、「ろばの皮」と「いぐさずきん」は別の型に振り分けられた。現行のATU510Bの梗概は母の死の床の約束と父の求婚から始まり、塩は一語も出てこない。ATU510B項の「コンビネーション」欄に923が挙がっているのは、その重なりの処理だ。
誤りはWikipediaと一致する
だから氏の〈510B、「不自然な愛」の物語類型にあたるおとぎ話で、「いぐさずきん」とか「塩のように大事」という名前で呼ばれる話〉は、現在のATUではなくAT期の姿を写している。塩が510の記述にあった時代、いぐさずきんが510Bの代表例だった時代の姿だ。いっぽう氏の本文と表は「ATUタイプインデックス」と明記し、ウターの名まで挙げている。ATUを名乗って、ATUにない記述をしている。
加えて「不自然な愛」という名称は、ATUはもちろんAT期にも存在したことがない。
期限切れの番号帰属と、カタログに存在したことがない話型名。このふたつの誤りは、そろって英語版Wikipediaの「いぐさずきん」の項の記述と一致する。同項は現在〈アールネ゠トンプソン゠ウター話型ATU510B「不自然な愛」である〉と書いている(2026年8月10日閲覧)。ATUという記号を掲げ、ATUに存在したことのない型名を貼り、ATU以前の古い番号帰属をそのまま残している。北村氏はWikipediaと2層でまったく同じ誤りを共有していて、しかも読者にはATUという記号と型名らしきものが並んでいるようにしか見えない。
〈作品内の事実を認定しよう〉(『批評の教室』目次)と思った僕は、本稿を書くために現物4点を見た。索引にない語がウェブ上と一般書で流通しているという、それだけの話が、おとぎ話の調査を始めて1年4か月の僕のような初学者の数時間を奪う。
「いぐさずきん」はふたつの型の合成物
引き続き〈作品内の事実を認定しよう〉(『批評の教室』目次)。『リア王』の冒頭はこれ。
リア王は退位し、娘たちが自分への愛を誓うことを条件に、各娘に王国の3分の1を譲ることにする。ゴネリルとリーガンは媚びを売るような言葉を並べるが、コーディーリアは「義務として父を愛している」とだけ答える。激怒したリア王はコーディーリアを勘当し、彼女の相続分を姉ふたりに分割して与える。
いっぽう「塩のように愛す(塩のように大事)」話型はATU510BではなくATU923だ。たしかにジェイコブズ版「いぐさずきん」(1890)の前半は『リア王』の冒頭に似てる。
裕福な紳士が三人の娘に「どれほど私を愛しているか」と尋ねる。長女は自分の命ほど、次女は世界のすべてにもまして、と答えて父を満足させるが、末娘は「新鮮な肉が塩を好むように」と答える。父は愛されていないと受け取って激怒し、その場で娘を家から追い出す。
ATU923ではこのあと、娘は外国で身分を落として働き、その国の王と結婚する。その部分はたしかに「ろばの皮」と共通だ。ATU510Bと923は、冒頭部の娘の不遇が、「父の近親相姦的求婚」か「父の三姉妹への愛情テスト」かで違っている。
「いぐさずきん」が510Bに入る資格は、獣皮ならぬ藺草の衣、他国での下働き、隠された衣裳、認証トライアルの四要素だ。愛情テストは510Bの資格要件ではない。いっぽう、『リア王』が「いぐさずきん」と共有するのはその愛情テストだけだ。そしてそれはATU923側の要素で、510Bの側にはない。

「いぐさずきん」はATU510Bと923、ふたつの型の要素を両方持っている合成物だ。だから両側に線が引ける。左隣の「ろばの皮」と右隣の『リア王』には、共通要素がない。
モティーフ対照表にするとこうなる。この表はあくまで、「あれもこれもシンデレラ」という文のなかで『リア王』が「シンデレラ」=「サンドリヨン」とどれくらい関係あるかを見るために作った表だから、たとえば「サンドリヨン」と「ろばの皮」のほかの共通点(フェアリーゴッドマザーと魔法の杖。どちらも「ろばの皮」で世界文学史初登場)は含まれていない。こうやって見ると『リア王』と「サンドリヨン」には共通点がない。

「いぐさずきん」の左側と右側のあいだに共有要素はゼロで、実際、表で「サンドリヨン」「ろばの皮」と『リア王』は6行すべてで喰い違った。
これは推移律の誤用だ。AがBに似てて、BがCに似てても、中間項Bがふたつの顔を持ってるだけで、両端は繋がらない。いぐさずきんは橋ではなく、別々の板が二枚同じ場所に置かれてるだけだ。『リア王』は「いぐさずきん」のなかの、「唯一シンデレラストーリーじゃない部分」と共通点がある作品なのだ。
番号をふたつ持つ話を経由すれば、無関係なふたつの型を接続できる。 分類表は交差点を作るけど、交差点で道が繋がってるわけではない。同じ地点で交わってるだけで、通り抜けた先は別の道だ。
これでもわかりにくければ、○×の配置は上の表とまったく同じ。作品名を料理名に、モティーフを食材に置き換えてみる。

ちゃんこ鍋の話かと思って聴いてたらハンバーグの話が始まって、それがどこにつながるのか、最後までわからなかった。これなら僕の混乱がわかってもらえるだろうか。
(醤油はハンバーグのソースに使うことあるんで、ここの「ハンバーグ」は本体のことと考えてください)
それでもシンデレラストーリーなのか
もちろん、北村氏がこの文章で論じてるのは、ペローの「サンドリヨン」ではなくシンデレラストーリー一般だ。〈まずはバジーレよりも古いシェイクスピアからいきたい〉と言ってる。
てことは、『リア王』をシンデレラストーリーの一例として挙げてるって思うじゃん? でもそのあと『リア王』のどこがシンデレラストーリーなのかは書いてない。
たしかに、氏が文中で紹介する英文学者・黄梅(ホアン・メイ)のシンデレラストーリー定義〈不遇な女性が素晴らしい男性と結ばれる〉は『リア王』にギリ該当する。コーディーリアは「持参金なくてもOK」というフランス王と結婚するからだ。でもこのシンデレラ、終盤で絞殺されちゃうんだよ? 大喜利「こんなシンデレラストーリーはイヤだ」の回答じゃないんだから……。
そもそも民話が必要なのか
「いぐさずきん」の結末で、塩なしの料理が父に真実を悟らせる仕掛けがある。ということはこの、「塩」という一見愛想なく聞こえてじつは最大級の愛を語っている答えこそが、この話型の心臓であり、オチの伏線でもある。
では『リア王』の冒頭で、コーディリアは何と答えているか。〈義務に従って〉愛します、だ。塩とは言わない。塩の趣向は劇にはない。すると類似はどう残るか。「父が娘たちの愛情を試し、末娘の答えに怒って追放する」という枠が残る。たしかにこれでも似てる。
ただしこの枠ならもっと近い場所に、シェイクスピアの手もとにあった。〈作者は死んでも歴史的背景は殺さないようにしよう〉(『批評の教室』目次)。北村氏が歴史的背景を確認しなかった以上、僕らのほうで日付を見てみる必要がある。
ジェフリー・オヴ・モンマスの『ブリタニア列王史』(1136?)以来、ホリンシェッドの『年代記』(初版1577)から先行する作者不詳の劇『レア王』(1605刊)まで、500年の文書連鎖のなかに、親孝行テストも、末娘の飾らない答えも、勘当も、全部あった。存在した証拠のない口承を措定せずとも、冒頭の構成要素は全部、紙で遡れた。
整理するとこうなる。おとぎ話固有の成分である塩分は、劇からは検出されなかった。劇のなかにある部分(テストと勘当)は、おとぎ話を必要としない。〈材源のひとつだろうと言われています〉という一文が説明してくれるものは、差し引きすると、なにも残らなかった。
〈よく似た〉が〈材源〉になり〈影響〉になる
わからなくなったら、わかるところまで戻って続きを読む。文章題の鉄則。再読してみる。
〈「リア王」の最初の部分は、『シンデレラ』の友達である510B、「不自然な愛」の物語類型にあたるおとぎ話で、「いぐさずきん」とか「塩のように大事」という名前で呼ばれる話によく似た始まり方です〉。
そして〈この類似は既に十九世紀から指摘されていたことで、『リア王』の材源のひとつはこのおとぎ話だろうと言われています〉。
さらに〈シェイクスピアや所属劇団の人々、観客はおそらくイギリスのおとぎ話に親しんでおり〉、締めは〈おとぎ話は古典文学に広く影響を及ぼしています〉。
お気づきだろうか。
最初の引用文で〈よく似た〉と言った。
つぎの引用文で〈材源〉になった。
最後の文で〈影響〉が既成事実になってる。
〈よく似た〉は北村氏のマインドマップの許諾の範囲内だ。いっぽう〈材源〉はべつのゲームだ。材源と言った瞬間、それは歴史の主張であり、歴史の主張には日付が要る。
モット&ベイリー
氏のエッセイの様式全体は、つぎのようなものだ。「類似」という緩いネットワーキング(それ自体は受容論としてもちろんOK)と、系譜・因果の主張(材源・影響・ベース)とのあいだを、証拠水準の切り替えを申告せずに往復する。僕は批評家ではないし批評を読まないのでわからないけど、きっとそれも「批評」なのだろう。
こういう論の運びには、じつは名前がついている、と最近教わった。モット&ベイリー教説という。モット&ベイリーはもともと中世の城の様式で、不毛だが落ちない土塁の天守(モット)と、暮らしよいが守れない曲輪(くるわ、ベイリー)の組み合わせを指す。
哲学者ニコラス・シャッケルが2005年にこれを論法の比喩に転用した。言いたい本命の主張は〈材源のひとつだ〉、〈おとぎ話がベースにある〉、〈広く影響を及ぼしています〉(213頁)。おもしろい、けど脆弱で守れない。ここを攻められたときに退避する場所は、〈似たような要素が見いだせる〉(206頁)という、自明でおもしろくもなんともない主張だ。
平時は〈おとぎ話がベースにある〉とおもしろいことをベイリーで語り、批判が来たら〈似たような要素が見いだせる作品でもかまいません〉という情報量ゼロのモットに退くことができる。批判が去ればまたおもしろいベイリーに戻ればいい。
〈おとぎ話がベースにある〉というベイリーのおもしろくて未検証な主張のほうを、読者は持ち帰る。でも論者がじっさいに防禦できたのは、無難な、そしてだれも攻撃なんかしてないモットの主張だけ。この非対称が仕掛けの全部だ。これ、よく見る。
モット「健康に気を使うことは大切ですよね」。
ベイリー「この酵素サプリでガンが消える、痩せる、肌が10歳若返る」。モット「検閲しろなんて言ってない、表現の自由は大事だと思ってるよ」。
ベイリー「社会的合意で排除すべき。スポンサーに圧力をかけるのは自由市場」。断っておくと、北村氏のエッセイは「欺瞞」ではない。モット&ベイリーを北村氏の「意図的な詭弁」だと思ってしまったら、本質を見失う。この構造は、書き手がふたつの主張を脳内で区別できていないとき、いちばん滑らかに動くからだ。
たとえばこんな感じ。朝、夢のなかで親になんかひどいこと言われて、起きてからもなんとなくその親にムカついてる。本人のなかでは「私は嫌な気持ちになっているという情動」(モット)と、「うちの親はひどい人だという主張」(ベイリー)とが完全に一体化してるから、怒りは100%ほんもので滑らか。だからここには構造の名前だけを置いておく。
このタイプの見分けかたは簡単だ。論証のなかのいちばん重い荷物を〈おそらく〉、〈と言われる〉(以上213頁)、〈と言われています〉(213、218頁)が運んでいないか、引用の年号がその説の創始世代で止まっていないか、を見ればいい。
1877年という日付
ここで、〈歴史的背景は殺さないようにしよう〉(『批評の教室』目次)。「いぐさずきん」(Cap o’ Rushes)が最初に世に出たのはいつか。1877年、地方紙のサフォーク地域古事欄。投稿者A.W.T.は詩人アンナ・ウォルター゠トマス(旧姓ファイソン)で、ローカル伝統の「発明」(≒捏造)運動の内部にいた人物。おなじみの「子どものころ、年老いた女中から聞いた話」という註記がついてた(別ソースでは乳母から)。
『リア王』初演は1605年か06年。またしても矢印が逆向きだ。あいだに270年ある。この270年を埋める文書は1枚もない。埋めているのは「女中・乳母から聴いた」という言葉だけだ。この〈乳母から聴いた〉は、ペローの従姪(従姉妹の娘)でペローと競作した作家マリー゠ジャンヌ・レリティエ・ド・ヴィランドンが1695年に使い出したテンプレ。彼女は自作の末尾に
「乳母や家庭教師が100回もこの話をしてくれた、私はそこにちょっと刺繍を足しただけなの♡」
なんて韜晦したけど、じっさいにはバジーレの改作だった。
もしも中島敦が「山月記」の材源「人虎伝」の名を隠して、「ばあちゃんから聴いた話に、ちょっと俺が盛っただけ」と言ったらこうなる。ブラフだ。ペローの「ろばの皮」に〈炉ばたで乳母やばあやがこの話を聴かせてくれた〉と読書感想詩を送ったのもレリティエだった、というのが一般的な理解だ。
そういえば「塩対応」の語源は「いぐさずきん」の娘の答えに由来するという話を、僕も幼いころ炉ばたで乳母から100回くらい聴いたなあ……。
この種のテンプレは18世紀ドイツ(シルヴァーノ『甘やかされて育った母親っ子』)でもよく使われた。グリムの『子どもと家庭のメルヒェン集』(1812)以降は、字義どおり受け取られる(ことを狙って書かれる)ようになった。ディケンズ「殺人大将」なんかもそんな感じで、前回のブレイクウェイの「大おば」と同じギミック。
しかも皮肉なことに、この話を有名にしたジェイコブズ自身が註(1890)でこう認めてた——この話型はイングランドではいまやバラッドの形でしか現存しない、「いぐさずきん」はその散文版と見なせる、と。
じつはバラッドは街頭で売られた印刷物だ。つまり「太古の口承」の証拠として差し出されているものの生息環境は、当の民俗学者の申告からして、安価な紙でできている。ジェイコブズはそのバラッドを「猫っ皮」と呼んでいるが、これは18世紀にペローの「ろばの皮」が英国バラッドに移植されたときに魔法要素をカットしたものだ。
1893年の肩の上に
では〈材源のひとつだろうと言われています〉の典拠はなにか。北村氏が挙げているのはシドニー・ハートランドの論文(1886)とマリアン・コックスのヴァリアント集成(1893)だ。「既に十九世紀から指摘されていた」──まったくそのとおり。19世紀に指摘され、19世紀の装備のまま、2025年の一般書で解凍された。
もうひとつ。〈観客はおそらくイギリスのおとぎ話に親しんでおり〉のほうは、もっと静かにまずい。〈おそらく〉には反証可能性がない。そしてこの「後代に採録された話+類似+口承先在の仮定」型の推論には、監査済みの誤作動記録が1件(『から騒ぎ』)、要検証の案件が2件(『じゃじゃ馬ならし』『シンベリン』)あることを、あなたは前回読んだ。『リア王』で合計4件目だ。
〈巨人の肩の上に立とう〉(『批評の教室』目次)。先述のとおり、古い権威を新しい自分の教えより優先したので、立っている。ただしその肩は1893年の肩で、以後130年ぶん積み上がった巨人たち(ウォルター・ジャクソン・オングなど)は出てこない。
僕はシェイクスピアは素人なので詳しいことは知らないけど、いくらなんでも130年あれば、やたら人数の多いシェイクスピア学者がこの説を一度くらいチェックしたりしなかったのか。そういう話は出てこない。シェイクスピア学者がシェイクスピアの材源について書きながら、シェイクスピア文献学だけが氏の本棚から出てこない。
もっとも、これは著者個人の問題とも言えない。なにしろ、シェイクスピアの民話材源説は、2015年と2019年に大学出版局から本が出て、いまや小分野の標準になっている研究領域だ。ひょっとすると、引用の生態系の問題なのかもしれない。ある学説が反駁も撤回もされないまま関心だけを失われると、隣接諸分野には訂正の通知が届かない。届かないまま、善意の書き手の手で、130年前の説が今日の紙面で論拠として転写される(連載第3回参照)。
〈みんなウソをついているので、誰も信じないようにしよう〉(『批評の教室』目次)は氏自身の方針だ。ところが、あの3頁で実際になにをやったかというと、自分のこの方針よりも、ハートランドとコックスという19世紀の2文献のほうを、結果として信じてる。「と言われていますが、じつは……」と続けることなく、無条件に信じてる。
これもう「方針を忘れた」って話じゃないな。自分が数年前に新書に書いた「だれも信じるな」というモットーと、130年前のだれかによって「言われています」の伝聞と、両方を天秤にかけて、伝聞のほうを選んだ、というほうが正確だ。方針を守れなかったんじゃなくて。古い権威を新しい自分の教えより優先する、という一点において、どこまでも一貫してたってことだ。
だから本稿は、氏個人を批判するものではない。北村氏は研究領域のマジョリティに属するメンバーとして、そのハビトゥスどおりに振る舞っただけだ。
卸元は英語圏にある
念のために言えば、これは日本の発明ではない。卸元は英語圏にある。先述のとおりシェイクスピアの民話典拠論はいまやシェイクスピア研究産業の準公式見解であるらしく、北村氏の3頁は、その流通網の末端に位置する輸入小売店にすぎない。だからこそ北村氏は、現在のシェイクスピア学者の標本としても、日本の伝統的な人文学者の典型としても、みごとな「あるある」の事例なのだ。
必要だったのは、たぶん1行だけ。「ただし、この話の口承採録は19世紀であり、シェイクスピアがこの話を知っていたことを示す証拠はありません」。この1行を書くコストはほぼゼロ。それでも書かなかった。書く必要を感じさせない空気が、分野の垣根を越えて満ちているからだ。アーティーズやブルンヴァン(前回参照)や北村氏といった個々の著者を相手取っても意味がない。僕がこの連載で前景化しているのは、彼らが巻かれてるその空気のほうなんです。
口承起源パラダイムがそうだったように、ブレイクウェイの註もまた、シェイクスピア校訂という権威ある装置のなかで、二世紀かけて一個の怪しい主張が「定説」へとロンダリングされてきた。シェイクスピア研究に、ほかの学者より突出して愚かな学者がいた、というのではなく、誤りを訂正する機構を、シェイクスピア学という装置が持っていなかっただけのことだ。ゾンビセオリーは、ひとりの馬鹿によってではなく、再点検しない制度によって培養される。
氏の目次と、氏の3頁を、並べて読んだ。どちらもあなたの手もとで確認できる。前者はAmazonのサンプルで、後者は当の本で。そして並べて読むと、わかることがひとつある。あの3頁は、批評の技術が足りなくて、ああなったのではない。あの目次を書ける人が、ああ書いたのだ。「むかし話は太古から口伝えで流れてくる」というあの前提だけが、精読の網を素通りする通行証を持っている、ということなのだ。網の目が粗いのではない。その前提だけ、検査を免除されている。
『から騒ぎ』のセリフを「民話「フォックスさん」からの引用」とする説が、2世紀以上たって、いまもシェイクスピアとスペンサーの註のなかで生きている。204年後に、同じ機械が、同じ入力形式で、『リア王』も処理しつづけている。
ちなみに『批評の教室』の目次を見ると、第二章のなかにズバリ「『リア王』とおとぎ話」という項目がある。僕個人は『批評の教室』を読む時間が当分取れないことがわかったので、当該箇所が同書第一章の格律を守ってるかどうかのチェックは、みなさんにおまかせする。
「どこが不明なのか」を明瞭にするのが人文学(だったはずなんだけど)
この一件にかんしての僕のスタンスを言葉にしておくと、以下のようになる。
「フォックスさん」や「白雪姫」や「いぐさずきん」が16世紀末英国に流布していたという、みなさんお気に入りの心地よい説明については、〈そんなことはないし、そんなことはなかった〉(It is not so, it was not so)。
拙著『人はなぜ物語を求めるのか』(ちくまプリマー新書)で書いたように、人間は説明がないのが苦手で、なんでもいいから説明がほしい。〈あの古い話〉は、『フロッシュモイゼラー』の「鉄のハインリヒの話」や『スコットランドの嘆き』の〈世界の果の狼の話〉と同じように(連載第9回参照)、いまのところ「不明」としておくのが正解のはずだ。
「不明」の居心地の悪さに耐えずに済む無根拠な説明(痛み止め)を、2世紀ものあいだ受け継いできてるのは、ひとつはこれが戯曲という「実用品」だから、というのもあるのかな。「不明」だと演出家や俳優、ひょっとしたら劇評家も、どうしたらいいか困るんじゃないか。その気持もわからないではない。
ただ、舞台と学問は、同じことをしなくていい。
「目下どこが不明なのか」を明瞭にしておくことこそ、学者や批評家の仕事のはずだった。人文学というのは、たぶん、そのためにあるものだった。
(つづく)

