赤ずきんには作者がいる
誰もが知る「赤ずきん」「シンデレラ」は、本当に民衆が口伝えで守ってきた物語なのか? ペロー、グリム、そして民俗学の「常識」をたどり直し、おとぎ話の作者と伝承をめぐる長い調査の旅が始まる──。

【編集部より】『青ひげ夫人と秘密の部屋──「見たな」の文学史』(光文社)で第79回日本推理作家協会賞(評論・研究部門)を受賞した千野帽子さんの次のテーマは、おとぎ話! 本連載では、現在準備中の受賞後第一作『赤ずきんには作者がいる』の刊行に先駆けて、そのエッセンスをギュッと凝縮してお届けします。
第16回

第17回 この本が答えようとしている問い、そして、しばらくのお休みのお知らせ

2026.08.21
赤ずきんには作者がいる
千野帽子
  • 探偵小説研究会機関誌《CRITICA》21号に、本書からの先行公開コンテンツ「おとぎ探偵の事件簿」全3話を掲載しています。
    https://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca24/1275/p-r-s/
    目次はこちら

    https://tanteishosetu-kenkyukai.com/critica_21.html

     この連載を、ここでいったんお休みします。

     というのも、2か月半後の刊行に向けて、本づくりの作業に入るからです。産休です。図版の許諾を取り、ゲラを読みます。

     本のタイトルは『赤ずきんには作者がいる』。晶文社から出ます。動きがあれば、ここで告知します。

     休む前に、一度だけまとめておきたいことがあります。

     この本がなにを書いた本なのか、内容を要約して説明しようとすると、どうしても抽象的になるんですね。

    「西洋のおとぎ話は口承ではなく書物に起源をもつ」

     間違ってはいないけれど、これでは、まだほんやりしてます。

     だから、ここでは逆にしてみました。この本の各章は、結局のところ、いくつかの問いに対する答えとして書かれています。その問いのほうを並べてみたら、なにを書いた本なのかが、いちばん正確に伝わるんじゃないか。

     まず、短いヴァージョンから。

    6つの問い

      • – 「赤ずきん」や「シンデレラ」は、いつ、どこで、最初に活字になったのか?
      • – その本より前に、同じ話が語られていたという記録は、あるのか?
      • – グリム兄弟は偽造をしなかった。では、なにをしたのか?
      • – ペローの本は、いまも、だれにでも手に取れる形で残っている。それなのに、なぜ「おとぎ話に作者はいない」ということになったのか?
      • – 世界中の話に振られた番号(ATU)は、なにを物差しにして作られたのか?
      • – おはなし会の前口上は、変えなければならないのか?

     

     以下が、全部の版。章立てにだいたい対応しています。

    1 事実を確かめる

      • – 「赤ずきん」「シンデレラ」「長靴をはいた猫」「眠れる森の美女」は、いつ、どこで、最初に活字になったのか?
      • – その本より前に、同じ話が語られていたという記録は、あるのか?
      • – 「記録がないだけで、語られてはいた」――これは証拠なのか、主張なのか?
      • – 「記録がない」と「なかった」は、どうちがうのか?
      • – シンドバッド、アラジン、アリババ、魔法の絨毯は、『千一夜物語』のアラビア語写本のどこに載っているのか?
      • – むかしの人が「その話を聞いた」と言うとき、その声はどこから来ていたのか?
      • – グリムに話を提供したとされる語り手たちは、だれにお話を習ったのか?

    2 なぜ「大むかしからの口承」ということになったのか

      • – 18世紀末のヨーロッパの人びとは、なぜ「自分たちの古い時代」を必要としたのか?
      • – なぜ同じころ、英国で古文書の偽造が相次いだのか。そして、なぜ全部バレたのか?
      • – グリム兄弟は偽造をしなかった。では、なにをしたのか?
      • – ペローの本は、いまも誰にでも手に取れる形で残っている。それなのに、なぜ「おとぎ話に作者はいない」ということになったのか?
      • – 証拠を偽造するより、「証拠はないけど、みんな言ってるよ」と言うだけのほうが強いのは、なぜか?
      • – ある説が2世紀以上ももちこたえるには、なにが必要か?

    3 それがどうやって学問になったか

    • – 伝説も笑話も寓話も、1551年よりずっと前の文書に残っている。おとぎ話だけが残っていないのは、なぜか?
    • – ペローと同じ時代のパリには、だれがいたのか? なぜ僕たちは、その名前を知らないのか?
    • – ペローと同時代の女性作家たちの本は、なぜ書店から消えたのか?
    • – 世界中の話に振られた番号(ATU)は、なにを物差しにして作られたのか?
    • – 「1697年に本があるのだから、それ以前に口承があったはずだ」――この推論は、どんな本に対して使えるか? 使えないのは、どんな本か?
    • – 検証できる仮説のほうが疑われ、検証できない仮説のほうが前提とされてきたのは、なぜか?

    4 疑いは何度も出た。そのつど消え、日本語には届かなかった

      • – 「その本より前に、同じ話が語られていたというのは事実か?」という疑いを、これまで誰も口にしなかったのか?
      • – 反論されずに消えた学説は、どうやって消えるのか?
      • – 同じ問題が60年の間隔をおいて二度「発見」されたという事実は、なにを意味するのか?
      • – 2010年前後の論争で、口承起源説の側の反論は、結局どこへ帰着したのか?
      • – なぜ日本語では、この論争がほとんど紹介されていないのか?

    5 その学問の代償として、僕たちが失ったもの

      • – 「話型ATU333の一例」として読むかぎり、「赤ずきんちゃん」「シンデレラ」のなにが見えなくなるのか?
      • – 語りの担い手を「民衆」と呼ぶことは、敬意なのか、抹消なのか?
      • – おはなし会の前口上は、変えなければならないのか。話すこと自体は、なにか損なわれるのか?
      • – 天動説をプラネタリウムで教えることの、なにが問題で、なにが問題でないのか?

     

     答えは、本のほうに書いた。

    6 この本が回答していないこと

      • – 口承はなかったのか? (なぜ答えられないのかは本書で書きました)
      • – この枠組では説明のつかない一致が、いくつか残っている。それは、なぜ一致するのか?(これも、なぜ答えられないのかは本書で書きました)
      • – なぜ継姉たちは、舞踏会の美女がうちのシンデレラだと気づかなかったのか?(←これには答えが出たけど、字数の都合で本書では触れません。気になる人は僕まで連絡してください。chinobo(@)gmail.com)

     

     ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

     連載は休むけれど、本ができあがるまでのあいだにも、報告したいことは出てくるはずです。そのときはまた、ここに書きます。

     また近いうちに〜!

    (つづく)

誰もが知る「赤ずきん」「シンデレラ」は、本当に民衆が口伝えで守ってきた物語なのか? ペロー、グリム、そして民俗学の「常識」をたどり直し、おとぎ話の作者と伝承をめぐる長い調査の旅が始まる──。

【編集部より】『青ひげ夫人と秘密の部屋──「見たな」の文学史』(光文社)で第79回日本推理作家協会賞(評論・研究部門)を受賞した千野帽子さんの次のテーマは、おとぎ話! 本連載では、現在準備中の受賞後第一作『赤ずきんには作者がいる』の刊行に先駆けて、そのエッセンスをギュッと凝縮してお届けします。
赤ずきんには作者がいる
千野帽子
千野帽子(ちの・ぼうし)

兼業文筆家。フランス政府給費留学生としてパリ第4大学に学び、博士課程修了。著書に『人はなぜ物語を求めるのか』『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書)、『俳句いきなり入門』(NHK出版新書)、『読まず嫌い。』(角川書店)、『文藝ガーリッシュ』『世界小娘文學全集』(河出書房新社)、『文學少女の友』(青土社)、共著に『東京マッハ 俳句を選んで、推して、語り合う』(晶文社)、編書に『富士山』『夏休み』『オリンピック』(角川文庫)、『ロボッチイヌ 獅子文六短篇集モダンボーイ篇』(ちくま文庫)、訳書にマリー=ロール・ライアン『可能世界・人工知能・物語理論』(水声社)、トマス・パヴェル『小説列伝』(水声社)がある。『青ひげ夫人と秘密の部屋──「見たな」の文学史』(光文社)で第79回日本推理作家協会賞受賞(評論・研究部門)。