第17回 この本が答えようとしている問い、そして、しばらくのお休みのお知らせ
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探偵小説研究会機関誌《CRITICA》21号に、本書からの先行公開コンテンツ「おとぎ探偵の事件簿」全3話を掲載しています。
https://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca24/1275/p-r-s/
目次はこちら
https://tanteishosetu-kenkyukai.com/critica_21.htmlこの連載を、ここでいったんお休みします。
というのも、2か月半後の刊行に向けて、本づくりの作業に入るからです。産休です。図版の許諾を取り、ゲラを読みます。
本のタイトルは『赤ずきんには作者がいる』。晶文社から出ます。動きがあれば、ここで告知します。
休む前に、一度だけまとめておきたいことがあります。
この本がなにを書いた本なのか、内容を要約して説明しようとすると、どうしても抽象的になるんですね。
「西洋のおとぎ話は口承ではなく書物に起源をもつ」
間違ってはいないけれど、これでは、まだほんやりしてます。
だから、ここでは逆にしてみました。この本の各章は、結局のところ、いくつかの問いに対する答えとして書かれています。その問いのほうを並べてみたら、なにを書いた本なのかが、いちばん正確に伝わるんじゃないか。
まず、短いヴァージョンから。
6つの問い
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– 「赤ずきん」や「シンデレラ」は、いつ、どこで、最初に活字になったのか?
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– その本より前に、同じ話が語られていたという記録は、あるのか?
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– グリム兄弟は偽造をしなかった。では、なにをしたのか?
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– ペローの本は、いまも、だれにでも手に取れる形で残っている。それなのに、なぜ「おとぎ話に作者はいない」ということになったのか?
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– 世界中の話に振られた番号(ATU)は、なにを物差しにして作られたのか?
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– おはなし会の前口上は、変えなければならないのか?
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以下が、全部の版。章立てにだいたい対応しています。
1 事実を確かめる
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– 「赤ずきん」「シンデレラ」「長靴をはいた猫」「眠れる森の美女」は、いつ、どこで、最初に活字になったのか?
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– その本より前に、同じ話が語られていたという記録は、あるのか?
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– 「記録がないだけで、語られてはいた」――これは証拠なのか、主張なのか?
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– 「記録がない」と「なかった」は、どうちがうのか?
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– シンドバッド、アラジン、アリババ、魔法の絨毯は、『千一夜物語』のアラビア語写本のどこに載っているのか?
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– むかしの人が「その話を聞いた」と言うとき、その声はどこから来ていたのか?
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– グリムに話を提供したとされる語り手たちは、だれにお話を習ったのか?
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2 なぜ「大むかしからの口承」ということになったのか
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– 18世紀末のヨーロッパの人びとは、なぜ「自分たちの古い時代」を必要としたのか?
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– なぜ同じころ、英国で古文書の偽造が相次いだのか。そして、なぜ全部バレたのか?
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– グリム兄弟は偽造をしなかった。では、なにをしたのか?
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– ペローの本は、いまも誰にでも手に取れる形で残っている。それなのに、なぜ「おとぎ話に作者はいない」ということになったのか?
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– 証拠を偽造するより、「証拠はないけど、みんな言ってるよ」と言うだけのほうが強いのは、なぜか?
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– ある説が2世紀以上ももちこたえるには、なにが必要か?
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3 それがどうやって学問になったか
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– 伝説も笑話も寓話も、1551年よりずっと前の文書に残っている。おとぎ話だけが残っていないのは、なぜか?
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– ペローと同じ時代のパリには、だれがいたのか? なぜ僕たちは、その名前を知らないのか?
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– ペローと同時代の女性作家たちの本は、なぜ書店から消えたのか?
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– 世界中の話に振られた番号(ATU)は、なにを物差しにして作られたのか?
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– 「1697年に本があるのだから、それ以前に口承があったはずだ」――この推論は、どんな本に対して使えるか? 使えないのは、どんな本か?
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– 検証できる仮説のほうが疑われ、検証できない仮説のほうが前提とされてきたのは、なぜか?
4 疑いは何度も出た。そのつど消え、日本語には届かなかった
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– 「その本より前に、同じ話が語られていたというのは事実か?」という疑いを、これまで誰も口にしなかったのか?
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– 反論されずに消えた学説は、どうやって消えるのか?
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– 同じ問題が60年の間隔をおいて二度「発見」されたという事実は、なにを意味するのか?
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– 2010年前後の論争で、口承起源説の側の反論は、結局どこへ帰着したのか?
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– なぜ日本語では、この論争がほとんど紹介されていないのか?
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5 その学問の代償として、僕たちが失ったもの
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– 「話型ATU333の一例」として読むかぎり、「赤ずきんちゃん」「シンデレラ」のなにが見えなくなるのか?
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– 語りの担い手を「民衆」と呼ぶことは、敬意なのか、抹消なのか?
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– おはなし会の前口上は、変えなければならないのか。話すこと自体は、なにか損なわれるのか?
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– 天動説をプラネタリウムで教えることの、なにが問題で、なにが問題でないのか?
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答えは、本のほうに書いた。
6 この本が回答していないこと
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– 口承はなかったのか? (なぜ答えられないのかは本書で書きました)
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– この枠組では説明のつかない一致が、いくつか残っている。それは、なぜ一致するのか?(これも、なぜ答えられないのかは本書で書きました)
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– なぜ継姉たちは、舞踏会の美女がうちのシンデレラだと気づかなかったのか?(←これには答えが出たけど、字数の都合で本書では触れません。気になる人は僕まで連絡してください。chinobo(@)gmail.com)
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ここまで読んでくれて、ありがとうございます。
連載は休むけれど、本ができあがるまでのあいだにも、報告したいことは出てくるはずです。そのときはまた、ここに書きます。
また近いうちに〜!
(つづく)
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