赤ちゃんプレイ
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夫とたまに赤ちゃんプレイをしている。私が赤ちゃんで、夫がパパ兼ママ役である。
ここでいう赤ちゃんプレイは、オムツをつけたり哺乳瓶でミルクをもらうような本格的なものではないし性的な触れ合いもない。
私が赤ちゃんのように夫に甘えて、夫が赤ちゃんにするように抱っこしたり頭や身体を撫でたり優しく声をかけたりするようなものだ。
バブゥバブゥが、基本的な私のセリフである。
夫はそれに対して、「いい子だね、いい子だね」と言いながら、ひざの上に私の頭を乗せる。
オギャアオギャアとたまに泣く。夫は「大丈夫だよー、よしよし」と私を撫でる。子どもを産んだことがなく、産む予定もない私には、赤ちゃんがどのように声を上げるのかわからない。だから、想像上の赤ちゃんになるしかなく、赤ちゃんになるときのバリエーションがない。そのため、毎回同じことの繰り返しだ。
こう書くとプレイというより演劇に近い。いや、寸劇かもしれない。
側から見ると随分気持ち悪いプレイだと思うし、絶対に誰にも見られたくないと思っている。夫も最初のころは恥ずかしいとか嫌だとか言っていた。
こんな寸劇をすればするほど、夫が私を女性として見られなくなっているように感じているが、私は夫を男性としてきちんと見ることはできるため、夫の気持ちはさっぱりわからない。
夫にとって私は妻だが、私にとっての夫は、夫兼親のようなものなのだ。
私は夫に対しいつしか父性や母性を求めるようになった。目の前に母がいても、母に求めることはできない。求めたことが一度もないのもあるし、母自身が「子どもなんて放っておけば勝手に育つ」という育児方針の人なので、与えられたことがないのだ。
生まれたばかりの私は、よく泣く子だった。ずっと泣いているため、病院の新生児室に置いておくことができず、ナースステーションの隅にいたのだと母が言っていた。退院してからの私はずっと泣き続けていて、母はすぐにその泣き声に慣れたそうだ。泣いている私を放置して、たくさんお昼寝をしていたらしい。
人によっては産後うつになりそうな赤ちゃんだったが、母との相性は悪くはなかったようだ。泣いている私は放置されたが、母が自分のしたいときに、したいようにする、という育児法を行った結果、私はどんどん成長していった。幸いにも、弟はまったく泣かない子で、父が死んでいるのではないかと心配するほどだったらしい。そのため、母は子育てに対してストレスを感じたことがないらしく、育児に悩む人の気持ちがまったくわからないそうだ。
私はそんな母から母性を感じたことがないし、話を聞いていたら求めようとも思わなくなった。人には適材適所があるのだ。
夫から父性や母性を感じるようになったのは、夫と子どもが話しているのを見てからだった。知人の子どもに対して笑顔を向ける夫は本当の父親のようで、こんな人が私のお父さんだったら幸せだっただろうに、と思った。それとともに夫婦で話し合った結果ではあるが、子どもを持つ選択をしなかった夫に対してもったいないと思ってしまう気持ちもあった。
スーパーで買い物をしているときに、お菓子をたっぷり抱えて、夫が持つ買い物カゴの中に入れる。夫は「ダメでしょ。一個だけにしなさい」と私が想像する親らしい言葉を、子どもに言うような声色で言った。とてつもない喜びが胸の奥から一気に広がっていき、私がずっと求めていたのはこれだったのだ!ということに気づいた。
それがどんどんエスカレートし、道端で「おんぶして」と頼んでみたり、落ち込んだときは「よしよしして」と昔は頭を撫でられるのが大嫌いだったのに、夫に向かって頭を差し出したりした。夫は、私が望んだとおりの行動をいつも取ってくれた。夫は親としての適性が非常に高い人間なのではないかと私は思った。夫の子どもになりたいと、強く思った。
私は中学生くらいから幼い子どもと父親が仲睦まじくしているようすを見るとそこから目が離せなくなることがしばしばあった。私も幼いころは父にかわいがられていたパパっ子だったし、幼稚園に通っていたころ、父が社員旅行で長く家を空けると知ると、泣いて嫌がった。しかし、仕事を辞めてからの父はすっかり別人になってしまった。私はあのころの父がずっと恋しかったのだと思う。十九歳くらいのときに父を親として認識することを諦めてからは目が離せなくなることはなくなったが、それまでは、親子を見るたびに、いいなあ、と思っていた。
学生時代、友だちに好きなタイプを聞かれれば、恋愛対象として好きなタイプではなく(そもそも恋愛感情というものがわからなかったせいもあるが)、自分のお父さんだったらこんな人がいいなと思う芸能人の名前を挙げて、みんなにそんなおじさんがいいのとドン引きされていた。
父は母に褒められたくて私のめんどうを見ていた。最初のころは、親としてかわいがっているように感じたが、それは母がいるときに発動すると成長するにつれてわかっていったのだ。父は私を車に置いてパチンコをしていたくせに、母には私と公園に遊びにいったと嘘をついていた。母の妊娠を機に禁煙したことも、母に褒めて褒めてとかなりアピールしていた。しかし、母は、人の変化に気づいて褒めるようなことをまったくしない人だ。褒められたい父との相性は最悪だった。父は、母に褒められないと気づくと、機嫌がいいときだけ私をかわいがった。気分屋の父がどうしたら自分を見てくれるだろうかと考えた結果、私は父を褒めるようになっていた。皮肉にも、私は母の代わりになっていたのだった。
接近禁止命令を出して縁を切った父に、今さら父性など求めてはいない。
赤ちゃんプレイを考えついたのは、ふざけて夫に赤ちゃんの真似をしたのがきっかけだった。私はよくふざけたことをする。わかりやすく言えば、お笑いのボケだ。それに対して夫がツッコむというのが日常茶飯事だった。私は、夫が私のボケに笑ってくれることやおもしろいワードセンスでツッコミを入れてくれることがうれしくて、どんどんボケた。赤ちゃんの真似のボケをしたときは、「よーしよし」と撫でてから「でっか!」と私の身体を見て笑うというノリツッコミを入れていた。
はたから見るとつまらないやり取りかもしれないが、私たちは大爆笑していた。私は、「よーしよし」の言葉を忘れなかった。やはり夫には素質がある。そう思い、ほくそ笑んだ。
母が仕事でいない日の夜、私はスマホを触っている夫におそるおそる近づく。
「赤ちゃんプレイがしたい」
ふざけた態度で伝えると、夫はこれをボケとツッコミというおふざけの一つだと捉えてしっかり向き合ってくれない。だから私は真剣な顔で夫に伝えるようにしている。
なぜか昼間に伝えたことはない。セックスと一緒で夜のほうが盛り上がると思っているのかもしれないし、夜特有の、お酒を飲んでいなくても少し酔っぱらったような脳みそにならないと恥ずかしくて誘うことができなくなっているのかもしれない。
最初のころは嫌がり笑っていた夫だが、最近は私の気持ちに気づいたようでパパ兼ママ役をするときは、きちんと演じてくれるようになった。
この赤ちゃんプレイはいつまで続くのだろうかと想像すると、少しおもしろくなってくる。私がよぼよぼのおばあちゃんになっても「バブゥバブゥ」と言って、よぼよぼの夫が入れ歯の入った口を動かしながら「よしよし」と私を撫でるのだ。
人間は年齢を重ね老化すると子どもに戻っていくと聞いたことがあるが、意図的にやっているとなるとある種の恐怖を感じる。
赤ちゃんプレイは、五分から十分で、「もういいよ」と私が言い、サッと終わる。バリエーションがなくて、演技が広がらないのだ。これ以上続けていても、得るものがなく恥ずかしさが生まれてしまうのもある。
赤ちゃんプレイの残骸を部屋に残してはいけない……のような空気が部屋に漂うため、私はすぐに大人に戻らなくてはならないのだ。一分も経たないうちに赤ちゃんから三十七歳まで私の脳は成長し、新たな言葉を覚え、知識をつけていく。大人に戻ると先ほどまでの自分が恥ずかしくなっていくが、後悔はしていない。とても満足した気分になっている。
夫は演技をすることに疲れるようで、げっそりした顔でまたスマホを触り始める。私と結婚したばかりにこんな目に遭わせてごめんよ、と伝えたいが、夫から、もうしばらくは赤ちゃんプレイの話はするなという圧を感じるため、私はいつもの座椅子に戻って読書の続きをするかスマホのチェックをする。演技に没頭して私も疲れているのか、動きはのろのろしていて、まだ赤ちゃんが抜けきっていないように感じる。
スマホを見ると母からLINEが来ていた。
『今長野にいます。明日は遅くなります。ご飯はMさん(夫の名前)とどうにかしてください』
あいかわらず、母は言いたいことだけを言ってすっきりしている。夫に伝えると、「昨日も聞いたよ」と返ってくる。母はとにかく伝えなくてはならないと思っているようで、夫に伝えたのか私に伝えたのかはいつも忘れてしまう。
了解のスタンプを送る。少し考えてから、目の前にいる夫に『ありがとう』と星のキャラクターが笑っているLINEスタンプを送った。