第5回 Human Rebellion

全感覚祭――GEZANのレーベル十三月が主催するものの価値を再考する野外フェス。GEZAN マヒトゥ・ザ・ピーポーによるオルタナティブな価値の見つけ方。

あまりに非力だった。

圧倒的な自然の雨に心がへし折られていく。 同日開催の別のフェスの「お客様の安全を第一に、明日発表があります。」という弱気なツイートがタイムラインを音速で走り抜ける中、渋谷の道玄坂を歩いている。Tribe Called Discord、映画の挨拶の帰り道。

「葛藤という名の部族」なんてぴったりくるタイトルだろう? 途中、お客さんと思われる人に声をかけられ顔を上げる。

 

「絶対晴らしてください。 楽しみにしてます。」

 

あげ返す手の力の無さと精一杯の作り笑顔が情けなく、再びひとりぼっちになる頃には敗北感で擦り切れる。試されてる?何と戦ってる?わたしの敵は何だろう?

 

魔法が使えればなんてことを呟いたが、そんな祈りは虚しく、台風は千葉に直撃する。それろそれろと何度も天気予報を見たが、進路は変わらず、ハギビスというモンスターは一年間の努力の上を通過する経路が示された。
降水確率100パーセントにして今年最大級の大型台風。その予想される猛威の前で魔法も使えない一塊の人間はあまりにちっぽけで非力だった。

思えば会場探しは11月に始まり、黒い革のソファに半身を落としてのミーティングや草刈り、バッタやカマキリが家を失い逃げていくところを拾い上げて虫かごに入れる子供、遊ぶわたし。

 

 

駐車場探しや近隣への挨拶回り、膨らんだふくらはぎとその汗を流す温泉、土手で泣いてるカエルの合唱。駅前のコンビニで食べたアイスクリーム、草むらからイノシシの親子、トレイラーハウスでの寝泊まり、猫の挨拶、ご褒美のBBQに今金男爵、森の匂い、風の声、九月の夕暮れ、思い出や期待など吹き飛ばす。我々はあまりに小さく弱かった。

 

 

首脳と呼ぶにはお茶目なメンバーがジョナサンに集まりミーティングをする。少しでも開催に向け勝機を思える有益な情報、ならびに好都合な台風の進路を探すが、その類の会話はどうしても続けずにプツリと途切れる。

 

10月9日、午前三時、全感覚祭TOKYO会場の中止を決定する。

一番最後まで頷かなかったのはイーグルとキャプテンだった。いつもなら物分かりのいいはずの二人がこれだけ状況が中止を言付けているのに首を縦にいつまでも振らなかった。それだけ戦ってきたのだ。

 

帰り道、朝になり白んできた日の光を見ながらキャプテンと自転車を漕ぐ。このファミレスからの帰り道にも年季が入っている。土砂降りの雨も、今日みたいな人懐っこい朝焼けも何度も遭遇した。

「こんなに晴れているのにな」

ぽつんと呟いた声が秋の木枯らしに吹かれ溝に落ちて、枯れ葉と一緒に後方に流される。綺麗な一日が憎く、寂しい。

 

三年前ならこの台風の状況でも自己責任という言葉を盾に飛び込んでいたと思う。 わたしは臆病になった。いつからか守るものができたのだと思う。好きな人の顔も浮かぶし、消えて欲しくない時間や温度もある。
わたしはそうやって少しずつ人になっていくのか。つまらなくなった、そう言われる未来も悪くない。今はそう言い聞かせる。

ツイッターでエゴサーチをすると、この台風で開催してこそ本当の伝説、みたいなことを書かれているのを見つける。

伝説なんていらないね。誰かが傷ついてそのことをなかったことにしてやっと成立する伝説に意味などないだろう。それは初めから変わっていない。

生きて、存在することがテーマとなった2019年の全感覚祭にふさわしすぎる幕切れが妙にスッキリとしている自分もいた。そのスッキリの中には開催に向け、紡ぎ続けてきた緊張感から解放された意味合いも込められている。準備期間中、ずっと不安な要素はあり続けた。自分たちがさばき切れる限界はとうにきていたのかもしれない。

あのグッドな鎮座DOPENESSが大阪の会に触れ、「もうこの会場では限界かもね?」とこぼしていた。イベンターや会社通いのガチガチの大人から程遠い鎮くんのこの一言は真摯な形で胸に残る。別にネガティブな話ではなく、線をまたいでいた。それだけのことだ。
その緊張から解放されスッキリしたことが悔しかった。胸に空いた空洞に風が吹き抜ける。穴をあけたのはいつも見上げていたあの空だった。

 

10月10日、各アーティストに電話をかける。電話口から一人一人の落胆するため息が溢れ、内臓に重く響いてくる。
途中、何だか体が鈍くなってきて痺れてくるのは本格的に鬱っぽい症状だ。深呼吸。コーヒーを入れる元気もない。深呼吸。悲観の声は自分を底に落としたが、それも含めてありがとうと思う。想ってくれて。

 

イーグルは機材や備品業者のキャンセルなど、キャプテンは市とのやりとりで電話をかけ続けている。開催の危うさを知りながら、4トントラックで京都から資材を運んできたカルロスやしげるはどんな気持ちだっただろうか?
中止を疑ってブレーキをかけることもなく、車を走らせた。会場に到着した数時間後にそのことが告げられ逆戻りする4トントラック。

 

連日の草刈りで綺麗になった印旛の会場で、草の汁で荒れた手、突き抜けるような青色の下で、一羽の蝶が揺らめきながら飛んでいる。

「青空がムカついたのは初めてだ」イーグルがこぼした。

 

自然の力は果てしがない。それにひれ伏し、敗北を重ねるその歴史の中で人は科学を発達させ対抗してきた。非力なる己の存在を奮い立たし、勝ち取ってきた世界との交渉権。しかし、この異常な数発生する台風は人間が科学によって積み上げてきた失敗の歴史の結果だろう。地球温暖化、もはやそれに伴う異常気象は異常ではない。

 

だからといってその結果を鵜呑みにし、ただ落ち込む義務はない。幸福が取り上げられるのを指をくわえて我慢する必要はない。みんなそれぞれのやり方で必死に生きてる。わたしたちは幸せになってもいい。こんなクソな時代に毎日生きてるだけで表彰してほしいくらいだ。すでに集まっている食材、気持ちを抱えて居合わせてくれてるスタッフや演者。すでに役者は揃ってる。

 

 

Human Rebellion 人間の反乱

 

渋谷の街で組まれた深夜のサーキット。エントランスフリー、フードフリー、投げ銭。

たった二日で組まれたこの祭は前代未聞だと言い切れる。運営もスタッフも 限界の睡眠不足の中、電話とLINEは鳴り続ける。

混沌と契約を結び、ハリボテだが明確な意志によって即興的に組み上がっていく当日のビジョン。

力が集まり草刈りした、あの場所のかわりなどない。よって振り替えイベントではなく、嵐を抜けた後に見えた新たな希望だ。

 

 

台風がくる前だからこそあらかじめ言っておく。この台風が仮にどんな被害を引き起こし、仮に自粛モードが街の底をはびこっても、このイベントは開催する。

別に悪いことをしてるわけじゃないし、音楽のことを誇りに思うからだ。集まろうとしてくれているスタッフや奔走する裏方の目の下のクマ、この祭の中止に涙を流してくれた友達、無理をして貸してくれる箱、その全てを誇りに思う。

 

今からクラウドファイティングの第二弾も発動する。想像してもらえればわかると思うが全霊で前だけを見て準備してきたわたし達に企業のバックなどないし、万全なる保険のある状態での賭けではない。背負った札束のカルマはここで倒し切り未来を掴み取る。わたしはこのクラファイと当日の投げ銭に全てを賭ける。

確かに企業のバックはないが強力な仲間のサポートがある。クラファイに並ぶアイテムは素敵すぎてご褒美のよう、しっかりとうっとりする。

別にこんな時だからと無理はしなくていい。真っ当に価値を判断してくれれば自ずと結果は出ると信じている。我々はこの生きた時間を誇りに思っているから。

 

嵐の晩は不安だ。しっかりと戸締りをして無事にサバイブしたあかつきには音の下で会おう。13日の深夜、渋谷で待ってる。

 

告知一日で深夜イベントに飛び込むのは勇気がいるかもしれないが、ここが2019年の山だ。それぞれの時代に居合わせたことを誇りに思うフェスが存在する。
しかし、その命は短命だ。その理由が今痛いほどわかる。わたしは確かめたい。わたしたちがかけてきたこの全感覚祭という祭がなんなのか。今、泣いたり笑ったりしてサバイブしてるこの時代が何なのか。

これで滅びる定めなら喜んで受け入れよう。

 

全ての感覚を、この命すらベットする。勝負だ。

 

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Photography Shiori Ikeno

2009年、バンドGEZANを大阪にて結成。作詞作曲をおこないボーカルとして音楽活動開始。うたを軸にしたソロでの活動の他に、青葉市子とのNUUAMMとして複数のアルバムを制作。映画の劇伴やCM音楽も手がけ、また音楽以外の分野では国内外のアーティストを自身のレーベル十三月でリリースや、フリーフェスである「全感覚祭」を主催。中国の写真家Ren Hangのモデルをつとめたりと、独自のレイヤーで時代をまたぎ、カルチャーをつむいでいる。2019年、はじめての小説『銀河で一番静かな革命』(幻冬舎)を出版。GEZANのドキュメンタリー映画「Tribe Called Discord」がSPACE SHOWER FILM配給で全国上映。バンドとしてはFUJI ROCK FESTIVALのWHITE STAGEに出演。2020年、5th ALBUM「狂(KLUE)」をリリース、豊田利晃監督の劇映画「破壊の日」に出演。初のエッセイ集『ひかりぼっち』(イーストプレス)を発売。監督・脚本を務めた映画「i ai」が公開予定。

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