ポリアモリー編集見習いの憂鬱な備忘録
気の迷いと偶然で飛び込んだ出版の世界。そこで直面した矛盾と葛藤。マイノリティを支援し社会的な課題の解決を目指すことと、商業的に利益を上げることは両立可能か? 毒親もヤフコメ民やアンチフェミニストからのクソリプも飯のタネ。片手で社会的ルールを遵守しつつ、もう一方の手で理不尽な圧には抵抗する。宗教2世、精神疾患当事者、ポリアモリーという特質をそなえた編集者(見習い)による、「我らの狂気を、生き延びる道を教えよ」の叫びが聞こえるエッセイ。
第9回

「アクティビズムとしての商業出版」で負けない方法

2025.03.09
ポリアモリー編集見習いの憂鬱な備忘録
紫藤春香
  • 編集業を始めて3年と少し。ありがたいことにイベントへの登壇のお誘いをぽつりぽつりと頂くようになった。そこで一番多い質問が「どういう時に企画を思いつくんですか?」だ。

    そういう時、私は蚊の鳴くような声で「Twitterを……見ています……」と答えてしまう。私という編集者が誇れる数少ない得意技は、かっこよく言えばSNSマーケティング、有り体に言えば、Twitterで大騒ぎして本を売る、である。

    私は仕事のために意識的にTwitterを見ているわけではない。ツイ廃がたまたま編集者になったのだ。しかし、質問してくれた人は当然そんなことが聞きたいわけではないだろう。つたないながらも私がどのように仕事をしているのか、どうやって商業出版を成立させているのか、言語化してみたいと思う。

    ことわっておくが、私は10万部、30万部、100万部売れるような本を作れる編集者ではない。なぜならマイノリティーのための本を作っているからだ。マイノリティーというのは文字通り社会の少数者なわけで、そこを向いて本を作るということは、そうではない大半の人を切り捨て、小さな市場に打って出る、ということである。ただでさえ斜陽産業といわれる出版で、これはビジネスとしてはあまり得策とはいえない。正攻法で戦ったら初版3000部でも負けるタイトルを、1万部に育て、自分と会社の同僚2、3人分くらいの給料を稼げるようになる。それが私の本の作り方になる。そのための邪道を考えてみたい。

    1. 企画書を書く

    あらゆる出版物は編集者の「企画書」から始まる。企画書というのは、まだこの世に存在しない出版したい本の仮タイトル、著者候補、出版予定日、予価、想定初版部数、企画の趣旨や目的、書籍の内容の概要や基本方針、類書について書いたものだ。

    企画を立てる

    たまにアクティヴィズムとしての本作りに興味を持っているような、マイノリティーのための本を作りたいと思っている編集者が、無理をして「売れ線」を狙うことがある。食い扶持を別で稼いで、その資金を本望に……というところだろうが、私はあまりおすすめしない。そんなにうまいこといかないんじゃないかなぁ、と思っている。

    なぜなら何人かの超ベストセラーを生み出す編集者と話したことがあるが、彼らはそもそも感覚がマジョリティーだからだ。息を吐くように配偶者のことを「嫁」と言い、心の底から圧倒的成長をしたいと考えている。背伸びをして猿真似をしても劣化コピーにしかならない。

    正直な自分の気持ちを起点に企画を立てるのがよいように思う。

    私の中核的な感情は「怒り」だ。親の信仰を継ぐことができず虐待された怒りを、安倍晋三銃撃事件の直後に「宗教2世」をテーマにした本に。歴代の彼氏がコンドームをつけてくれなかったこと、子どもを欲しがっていた友人が中絶せざるをえなくなったことへの怒りを、中絶と女性の権利についての本に。健常者至上主義の社会への怒りを精神医療や福祉の本に。怒りを本という形で社会への「申立て」に昇華して、「私の問題」を「みんなの問題」に広げていく。

    類書について調べ、たっぷり絶望する

    「類書」というのは、当該書籍と同一のジャンルや著者の書籍のこと。そしてそれを上げる際には、会社から提供されるPOSデータを必ずチェックする。POSデータというのは、紀伊國屋書店やジュンク堂書店、蔦屋書店などを有するCCCグループなどの本屋チェーンが有料で提供する、売上データのことだ。それを見れば、大体5年以内に発行された書籍がどのくらい刷って、どのくらい売れたか、あるいは売れなかったか、推測することができる。

    ここで、マイノリティーの読者を想定して本を作る編集者であれば、たくさんの絶望を経験することになると思う。さすが少数者のための本、売れていない。返品率5割ならいい方で、7割、8割もザラという世界である。自分が好きな本、出したいと思っている本と似た本は、売れていない。つまりこれから出したいと思っているその本も、ふつうにやったら売れない可能性が高い。売れないとみなされる本は、そもそも企画会議を通らない。

    では、どうするか。ここからが踏ん張りどころだ。

    血眼になって売れている類書を探すのだ。

    同じテーマで、エッセイがダメなら、実用書ではどうか。ビジネス書っぽく見せることはできないか。児童書ならどうか。売れている類書のタイトルや装丁の傾向はどうだろうか。片っ端から類書のPOSデータを検索し、売れる可能性を模索していく。いくつかサンプルが集まったら、そうした成功例を踏襲した基本方針を立ててプレゼンする。

    売れる可能性を提示することができれば、企画会議に出席している上司や営業も、強くダメとは言えないはずだ。

    しかし、こんな場合もある。この世にはまだ似たような本がない。類書がない、という場合だ。この世に存在しない本を作れる時ほど編集者が胸躍る瞬間はない。しかし、類書がない、つまり売上データが存在しない商品に対して、資本主義は冷淡だ。そこで、もうひと工夫が必要になってくる。

    針の穴に糸を通す

    POSデータのような量的データを提示できない場合は、質的データを提示する。タイトルが一度見たら二度と忘れられないような強烈でキャッチーなものであるとか、企画はトリッキーだけれども著者の実績は手堅いとか、学会や著者の講演での物販が見込めるとか、企画が社会や書店の棚の傾向や文脈に合致しているとか。

    爆発的に売れるとまでは言えなくても、大きく失敗しないということが示せればよい。中小出版のビジネスは数百万円程度の規模である。5割程度確実に消化できることがわかれば、なんとか次に繋げることはできる。 

    2. 著者に依頼する

    企画に適している著者に依頼を出す。依頼の際には、企画書でもメールのベタ打ちでもよいから、企画の趣旨、なぜその人に依頼をしたいのか、謝礼を端的に記載する。

    著者の名前が間違っていないか、送る前に3回くらい確認しよう。漢字の変換ミスにも注意する。私はこういうところで何度か怒られを発生させ、痛い目を見た。名前を間違えたことで、二度と口を聞いてくれない著者もいる。本当に気をつけてほしい。

    よく編集者なのに書き手としても活動していると、自分で書いてしまいたくならないのか、と聞かれることがあるが、そんなことはない。むしろ依頼の基準は明確で、私より文章がうまい、と思える人に依頼している。

    たまにあるトラップは、アウトプットはめちゃくちゃよいのに、人間性が破綻しており、めちゃくちゃ仕事しにくい人だった……という時。作家さんからセパどちらのハラスメントも受けたことがあるが、それがわかった時点で速やかに撤退することをおすすめする。編集者はただでさえ日々締め切りに追われてストレス過多だ。仕事は長期戦。短期の利益に目が眩んで、体調を崩している場合ではない。5、6年前ならそれでも原稿を取るために我慢しろ、という版元も多かったようだが、今は急激に風向きが変わってきている。編集者が人権侵害されてまで作られるべき本などない。いい著者はいくらでもいる。 

    3. 催促する

    私が苦手な仕事。向いていない仕事。それが原稿の催促だ。催促なくして原稿なし、なのだが、本当に苦痛だ。なぜなら、本連載の締切も何度もぶっちぎっており、書けない人の気持ちが本当によくわかるから。

    ちなみに、予算管理と経費精算も嫌いだ。これはもうどうしようもないので、爆音でダンスミュージックをかけ、踊りながら叫びながらやるしかない。強いて言うなら、経理部の同僚には日頃から気配りを怠らず、お土産などもケチらず振る舞い、良好な関係を築いておこう。編集者は上司と仕事することはほとんどない。それより経理と営業と仲良くしておくのがよい。 

    4. 最高のデザイナーに発注する

    一方、この仕事は楽しい。著者から受け取ったテキストデータを本という工業製品に落とし込んでいく。そのために最高!と思えるデザイナーさんに発注をする。

    デザイナーさんとの仕事で最も重要なのは、初回の打ち合わせだ。ここで、担当する企画がどのような企画で、どんな読者を想定していて、どんな本にしたいのか、明確にビジョンを伝える。

    たまに物体としての本にあまり興味がないのか、ざんねんな装丁が出回ることがある。しかし商品である以上、パッケージは大切。できればジャケ買いもしてもらえたほうがよい。また、文字組も本の読みやすさに大きな影響がある。私は文字組が乱れている本を読むと、冗談ではなく頭痛がしてきて、腹立たしい気持ちになる。紙幅と用紙代を削ろうとするあまり、端まできわきわに文字が並んでいたり、行間がつめつめだったりするのは好ましくない。

    デザイナーさんのことはプロフェッショナルとして尊敬しているので、あまり細々したことは言わないが、方向性ははっきり伝える必要がある。編集者が迷ってしまうと、デザイナーさんもどうしたらいいのかわからなくなってしまう。 

    5. 旗を振る

    以上のような工程を経るうちに、担当している企画がどんなものか、どんな本になりそうか、輪郭がはっきりしてくる。この本は何のために刊行されなければならないのか。その目的に向かってチームで走り切るために、編集者は旗振り役となる。

    政治を怠らない

    そのためには、これは本当にたまにうんざりするのだが、社内外問わず、人との駆け引きが必要になることもある。そのジャンルにおいて、キーパーソンになるのは誰か。社内でこの企画を頭を悩ませながら売ってくれるのは誰か。先ほども述べたが、編集者は上司よりも経理や法務、営業と仕事をすることが多い。彼らには日頃から気を配り、リスペクトを示す必要がある。挨拶をする、お土産を配る、愚痴を聞く。編集者がいっぱいいっぱいになって余裕がなくなってしまうと、これらのことはできなくなってしまう。だから編集者はよく休み、常に少しだけ他者が入ってくる隙間を作っておく。 

    6. Twitter(X)で大騒ぎ

    さて、いよいよ私の得意分野、Twitter(X)で大騒ぎ、だ。様々な機能の改悪、独裁的経営者の裁量により、人気に翳りが見えるSNSだが、テキストコミュニケーションをベースとしているという点で、本の広報PRツールとして、現状これ以上のものは残念ながら存在しない。

    Xで大騒ぎは発売日にするだけでは足りない。例えばゲラを読みながら、印象的なフレーズを写真に撮って投稿するなど、編集者しか見れないようなメイキングちらつかせつつ、発売前から発売までの盛り上がりを作っておく。

    四六時中SNSを見ているのは、私のようなツイ廃だけなので、一回の投稿だけではなく、こまめに手入れしてより多くの読者の目に止まり、発売前に「これ気になってた」の状態にしておかなければならない。

    よく「バズる」ことを何か卑しいことのように捉えている人もいるが、アクティビズムとしての商業出版においては、本がバズること、売れること=その思想を届けられる人数になるわけだから、数にはこだわったほうがよい。

    社会を変えるのは、最後は多数決だ。マイノリティのために本を作り、徐々に読者を広げてマジョリティを味方につける。全く正反対の意見を持つ人と対話しても徒労に終わるが、世の中には多くの「どっちつかず」の人たちがいる。その人たちを説得すること。巻き込むこと。そのためのムーブメントを作ろう。

    こういうことを編集者が日頃からやっていれば、編集者にファンがつく。著者の人気や知名度にとらわれずに企画を立てることができるようになる。

    編集者が有名になることが目的ではない。本を売るために、思想を届けるために、編集者が有名になることが必要なのだ。アクティビズムの対象になる、子どもや女性や病者の問題は、必ずしも私が生きている間に解決するとは限らない。捨て石になる覚悟がいる。先人たちもそうしてきた。私はその恩恵を受けている。

    ペイ・フォワード。恩送り。そういう目的をしっかり心に持っておけば、ちょっとやそっとの逆風やクソリプは、なんてことはないように思えるようになるはずだ。

    7. 仲間を作る

    とはいえ、本を作っていると、つらいことがたくさんある。他社の同業者や一緒に本を売る仲間である書店員と自助グループを形成しておこう。支援者支援はどのような現場でも要となる。アクティビズムとしての商業出版においても同じだ。同世代だと共有する悩みも近くてよいだろう。ビジネス上の情報交換以上に、精神的な支えになってくれることが多い。SNSで日頃から自分の思想を開陳していると、それに共感する人が集まってくれる。

    時によい編集者であろうとすることは、よい会社員であろうとすることと矛盾する場面がある。しかしアクティビズムとして商業出版をやるのであれば、あなたが殉じるべきは、会社より大きなコミュティへのコミットメントだ。編集者は思想の乗り物にすぎない。社外に友人を作ろう。

    何のためにその本を出すのか。その本が影響力を持つためにはどんな方策が打てるのか。視野が狭くならないように、少しだけ大きな視点を構えていられるように、セルフケアを怠らないこと。よく寝て、よく食べて、本を読む。資本主義の大きな波に飲まれてしまうと、それらはとても難しい。次なる戦いのために心身を休めること。そのための手段をたくさん持っておく。

    そうして活動を続けた先に、戦友とも言えるような仲間と出会うことができる。読者との出会いと負けず劣らず、あなたの人生を豊かにしてくれるだろう。

     

気の迷いと偶然で飛び込んだ出版の世界。そこで直面した矛盾と葛藤。マイノリティを支援し社会的な課題の解決を目指すことと、商業的に利益を上げることは両立可能か? 毒親もヤフコメ民やアンチフェミニストからのクソリプも飯のタネ。片手で社会的ルールを遵守しつつ、もう一方の手で理不尽な圧には抵抗する。宗教2世、精神疾患当事者、ポリアモリーという特質をそなえた編集者(見習い)による、「我らの狂気を、生き延びる道を教えよ」の叫びが聞こえるエッセイ。
ポリアモリー編集見習いの憂鬱な備忘録
紫藤春香
紫藤春香(しとう・はるか)

某出版社勤務。複数愛者(ポリアモリー)。文筆と編集。寄稿「図書新聞」/『みんなの宗教2世問題』(横道誠編、晶文社)/朝日新聞社「かがみよかがみ」山崎ナオコーラ賞大賞/note「女の子なんだから勉強しなくていいよ、と言った父は死にかけるまで仕事をやめられなかった」他。