偏愛百景
東京では作家、愛媛ではお百姓の二拠点生活。毎週やってくる連載の締め切りと愛媛での怒涛の日々を送る。好きなものを残すためなら猪突猛進、実家周辺の景色への「偏愛」から太陽光パネルになる予定の農地を買ったとか。 高橋久美子の原動力は「偏愛」だという。日々の生活が少々不便でも、困ることがあっても、こうしたいのだから仕方ない。 「偏愛」を軸に暮らす様子をつづる、ひとりごと生活記録。
第13回

焼肉のタレ

2026.04.07
偏愛百景
高橋久美子
  • ツッピンツッピンツッピンという鳥の声で目を覚ます。朝5時だった。最近、この鳥よく鳴いてる。あまり東京で聞いたことない鳴き声だった。

    めっちゃよく寝た。私は東京も好きだなと、ぼんやりした脳みそで思った。暑くも寒くもない春だった。東京は私の故郷だった。

     

    東京と愛媛の二拠点生活をして5年。農業をするというのは実は口実で、新鮮な眼でいたいがために行き来しているようにも思える。

    愛媛に帰ると、いつも東京を思う。東京に帰ると、いつも愛媛を思う。

    「ふるさとは遠きにありて思うもの」

    室生犀星の詩の一節が、この頃脳内を一人歩きしている。

    実際に親に会えば喧嘩ばかりだし、東京にいれば人の多さに辟易してくる。どちらの「故郷」も、遠くにありて思うものだった。

    まだ街が眠っている時間帯の東京は、大地の匂いがする。コンクリートで塗り固められる前の、恐竜たちがのっしんのっしんと歩いていた大地の気配。

    どんどん平均化されていく街で、そのいびつさは生命線のようにも思えた。

    朝が来て、昼になってしまえば、それらは消えて、いつものギッチギチの建物たち。愛媛の山が恋しいのだった。

     

    電話で母に焼肉のタレの作り方を聞く。

    焼肉のタレなんて使わない。だいたい、家で焼肉をしないので、タレはいらないですよ。でも、冷蔵庫の中でレンガのように横たわっている古味噌をどうにかしたかった。一旦、思い切ってゴミ箱に2キロのブツを投げ込んだ。ごんっという無様な音を立てて、味噌は顔色一つ変えなかった。自分で作ったものを捨てるのはやっぱり何か暗い。ジップロックを2つ拾い上げて開けた。熟成した味噌の匂い。

    庭のコンポストに入れるかな。いい感じに他の物の発酵を促すだろう。

    が、ここへきて味噌が「俺は塩分すごいっすよ」としゃべった。

    そうね、ただの発酵大豆じゃないわよね。畑になんて入れちゃ土がダメになっちゃうね。

    第一、腐らせないために2年も冷蔵庫の底に眠らせていたのだ。捨ててしまえばその2年は本当にレンガを入れていたのと変わらない。あまりに悔しい。私は変なところで負けず嫌いのレンガ頭だった。

     

    わかったよ、わかったよー。やりますよ。もう。この際冷蔵庫の片付けをしてやらぁ。

    ずっと入ったままのマンゴージャムや、一昨年の糖蜜や、三センチだけ残ったソースや、ラー油、もろみ、ニンニク醤油、瓶と言う瓶を引っ張り出してきて、味噌を入れた鍋に何もかもぶち込んでいく。

    母から送られてきたレシピの最後に、「今はこの通りになんて作っていません。味見しながらなんでも勘で入れてください」と書かれていた。へいへい。わかっていますよ。瓶に入ってる甘いと辛いを放り込めば美味しくなるんすよ。

     

    私は、そろそろこの家を出たかった。

    どんどん溜まっていく自分の分身みたいなもの。冷蔵庫にも食器棚にも、部屋中に私がこびりついて取れない。それは横たわる古味噌と同じで、黒黒と熟成されて、味わい深くなっていた。全く知らない新しい街に引っ越すことは、数年間旅に出るということなんだなと思った。

    というのは、かっこいいふうで、本当は仲の良かったお隣さんがついに家を買って借家をオサラバするというのだ。うちのユーカリの木に憧れて、お隣さんもユーカリの苗を植えて、それがどんどんでかくなって、今年はもう2階のベランダまで届く高さになって「うちと一緒くらいやんか! 成長はえー」と騒いでいたのに、愛媛から一ヶ月ぶりに帰ってきたら、そのユーカリの木が消えていた。モリゾーとキッコロやねーと言ってた、もしゃもしゃの木も無くなっていた。造園屋さんが間違って一緒に抜いてしまったそうだ。

    寂しい。そして、どこか別の場所に行けるって、羨ましいよ。

    これは、「ばけばけ」でいうと、おさわちゃんの気持ち。

    長家を一抜けたされたような寂しさと残念さがある。

     

    とはいえ、私たち夫婦は共有の家を一生買わないという誓いを立てている。根っこは生やさない主義だった。でも気づけば7年この家にいる。生えかけじゃない?

     

    30代のある日、引っ越しをしたばかりの私は、40代の知人と買い物に行った。その人は見てるだけだった。

    「もうね、このくらいになると全部揃っちゃって、入れる隙間がないのよ」と言った。へえ……。と聞いてたけど、正直つまんないなと思っていた。でも今、なんかとても分かるようになった。また、こんなことも言った。この頃、夕方になると目が霞むのよね。徹夜では飲めないのよ。月を見た方がいいわよ。朝日を浴びた方がいいわよ。生理が重くなってきてねえ。風邪でなくても咳出るのよ。

    あの時の、あの人たちの呪文みたいな言葉の一つ一つ、不安が、今、全部身に染みてくる。なぜ労わってあげなかったのか、なぜ茶化してしまったのか。そうして順番が回ってきて、やはり、食器棚もテーブルも、何もかも揃ってしまった家、夕方、目は確かに霞む、風邪でないのに咳が出る出る。私はより生物だった。そして、愛おしさとは窮屈さだった。

     

    散り際の桜の潔さを浴びながら川沿いを歩く。ピンク色の絨毯が、コンクリートに塗り固められた川に流れていく。桜の美しさに、なんかもう耐えられない。桜だけがジュラ期の恐竜のようにいびつだった。私本当は80歳くらいなのかもしれない。が、この桜はもっと年上だろう。

     

    そういえば我が家は焼肉のタレとか、ゆずぽんとかを買ったことがなかった。柑橘は腐るほどあるのでゆずぽんは分かるが、焼肉のタレって、まあ家で普通作らないものなんだなと、友達とBBQをして知る。

    母に聞くと、私の行っていた幼稚園で習ったのだと言った。食事のことも、教室を開いて熱心に母たちに教えてくれる園長先生だった。みんなの愛情がここまで繋がっていることを知って、私は味噌を捨てなくて良かったと思った。

     

    あったものをぶち込んだだけなのに、美味しい焼肉のタレができてしまっていた。でもちょっと砂糖が足りないかなあ。まあいっかな。

    母と一緒に愛媛で米味噌を仕込み、夫と一緒に東京で豆味噌を仕込む。そして、東京味の焼肉のタレが一升瓶に二本もできてしまった。どうすんのこれ。こびりついた私が、液体になっただけじゃんか。

     

    旋風が桜の花びらを巻き上げて、辻へと運んでいく。

    追いかけて辻を曲がると、何やら騒がしい。消防車が出動して訓練が行われている。

    え、ここで!?

    この間、近所に住む編集者と缶ビール片手にお花見をした、ごくごく小さな公園に自治会の人たちが集まって、フェス状態になっている。

    「さあ、どうぞ。甘酒は無料ですよ」

    「あ、ありがとうございます」

    早速ウェルカムドリンクをもらってしまった。生姜入りの甘酒を飲みながら、特設された地域の写真コーナーを見て回る。土の上に建てられた簡易的なパネルボードに貼り付けられた写真は、とんでもないいびつさで、私以外誰も見ていない。その間を子供らが走り回っていく。廃品回収の写真やお婆さんたちの生き生きサロン、防災訓練。写真には丁寧にキャプションが添えられている。この日のためにこれを作り、パネルを土に建てた人がいるのだと思うと、この地域への愛と忠誠心を感じてしまった。

    あっという間に私もこの世代の悩みがわかる年になってしまうのだろうか。ここで、暮らして仲間になって、みんなに甘酒を振る舞う人生もきっと素晴らしいだろう。

    鉄板の上では、ジュワーと威勢のいい音を立てずに、おじいさんたちが静かに焼きそばを混ぜている。100円、安すぎだよ。何も持たず来たが、ズボンのポケットに手を突っ込むと、100円玉が2枚入っていた。ラッキー。200円で焼きそばとみたらし団子を買って、もう、ここに自分の居場所はねえわと察知して、帰ることにした。でも、それぞれが、それぞれに、いびつなままでここにいていいのだと思える、そんな昼下がりだった。

     

    帰り際、甘酒ブースの横を通ると、大鍋3杯が満タンで余っていて、おばあさんたちがしょんぼりしている。高級住宅街ゆえ、この辺の人は無料でもらうのに慣れてないのかもしれないなあ。姉と姪っ子なら3杯はいくだろうよ。

    この甘酒どうするんだろう。捨てられるんだろうか。

    うちからボールを持ってきて、分けてもらいたい。めちゃくちゃ甘かったから、辛い焼肉のタレに入れたら、生姜も効いて丁度よくなるだろうに。言えるわけないなあと思いながら、消化訓練の体験をする母子を横目に、家に帰った。

東京では作家、愛媛ではお百姓の二拠点生活。毎週やってくる連載の締め切りと愛媛での怒涛の日々を送る。好きなものを残すためなら猪突猛進、実家周辺の景色への「偏愛」から太陽光パネルになる予定の農地を買ったとか。 高橋久美子の原動力は「偏愛」だという。日々の生活が少々不便でも、困ることがあっても、こうしたいのだから仕方ない。 「偏愛」を軸に暮らす様子をつづる、ひとりごと生活記録。
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高橋久美子
高橋久美子(たかはし・くみこ)

作家・作詞家・農家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、アーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。現在愛媛と東京を行き来し、愛媛では農業をしている。近著に、エッセイ集『いい音がする文章』(ダイヤモンド社)、絵本『こくとう ぴょ〜』(あかね書房)。著書に、小説集『ぐるり』、エッセイ集『一生のお願い』(以上、筑摩書房)、農業ノンフィクション『その農地、私が買います』『わたしの農継ぎ』詩画集『今夜凶暴だからわたし』(以上ミシマ社)など。