第23回 青春はおでんのつゆ
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部活帰りだろうか、お揃いのTシャツを着た高校生くらいのグループを見て、友人が「青春だね」といった。「戻りたいね」とも。
え、本当に戻りたいの? と思う。あんなに自意識にまみれたハードな時期を繰り返す気力は自分にはない。生き延びられたのは「たまたま」だと思っている。もう一回となったら死んでるかもしれない。
「戻って何するの?」と一応尋ねる。
「部活ばっかりだったからも学校帰りに遊んでみたいかも。あと普通に勉強。なんかないの? したいこと」
えーなんだろう、とわたしはしばらく考え、答える。
「コンビニのおでんのつゆの値段を確認したい」
高校生のころ、わたしは異様にローソンにいた。ローソンのイートインスペースに。
わたしが入っていたのは吹奏楽部で、マーチングバンド(演奏をしながら行進したり形を作ったりする)のコンテ、通称「コマ表」を何人かで作っていた。きっと今ならアプリなどで書けるだろうが、わたしたちは定規や分度器、コンパスを片手にひたすら手書きで作っていた。
当然時間がかかり、誰かの家に泊りがけでお邪魔して作業をしたり、ファミレスのドリンクバーで粘っていたりしていたのだが、4、5人の高校生が泊まりに来るのはその家にとっても負担になるし(お腹を空かせたわたしたちは、その家の食糧を食い尽くしたこともあった)、ファミレスも毎回行くとドリンクバーの費用もそれなりかかる。さらに一人でもドリアだとかパフェだとか何か食べ物を頼むともうだめで、結局全員で何かを食べていたということもままあった。青春とは空腹との戦いでもある。
そうした折に見つけたのが、学校の近くのローソンだった。そこはイートインスペースがあり、おまけに通学路とは離れていて先生にも見つかりづらい。一応寄り道禁止の学校だったのでこの立地は都合がよかった。
しかし本当に迷惑な存在だったと思う。吹奏楽部だったわたしたちはおそらく人より多くの肺活量を持ち、大人になった今でも集まるとお店の外にまで笑い声が聞こえるほど声が大きく、しかも笑うときはサルのおもちゃのように手を叩くクセまであったが、店員さんが優しかったのかよほど不憫に思われたのか追い出されることはなく、わたしたちはひたすらイートインスペースで粘った。ひどいときは17時から22時くらいまでいた。わたしたちはそこで大声で笑いながらコマ表を書き、ときどき喧嘩をし、手が空いた人は翌日の小テストに向けて漢字の勉強をしたり、「山川一問一答 世界史」を読んだりしていた。12月のコンビニでは気が狂いそうなほどマライアキャリーの「All I Want for Christmas is You」が流れることを知ったのもあのローソンだった。あと、「冬」つながりでいえばレミオロメンの「粉雪」もよく流れ、わたしの中は今でも「粉雪」はローソンのイメージソングだ。
そしてわたしたちは、よく食べた。コンビニはファミレスに比べて値段設定がやさしく、わたしたちは飲み物に加えてお菓子やおにぎりなどをよく食べた。夏はアイスやゼリーを、冬は肉まんやおでんも食べた。さあ、ここでおでんの登場である。
冬場のおでんは救世主だった。当時の食欲はとどまることを知らず、中には昼食と称して菓子パンを一人で10個くらい食べる者もおり、それでも体重が増えないのが思春期の代謝と運動量だが、高校生活も後半に入るとさすがに食べ過ぎているかもしれないという意識も一応芽生えてきた。温かく満腹感が高いおでんは比較的カロリーが低いうえに具材を選ぶ楽しさもあり、わたしたちは「うち、白滝と卵」「じゃあこっちはちくわぶ」などと言い合いながら財布を持ってレジカウンターに向かった。そんな中、一人が言った。
「わたし、つゆ」
え、と思った。それ、ありなの。
でも考えてみればわからなかった。おでんにおいて大根(80円)や卵(90円)などの具材を頼むと何も言わずともたっぷりのつゆを入れてもらえるが、あれは無料のサービスなのだろうか。そうだとしたらつゆだけなら無料でもらえるのだろうか。いや、けれどそうすると容器の分だけお店は赤字ではないか。それとも表記されている値段は「大根+つゆ」「卵+つゆ」の値段で、本当は10円くらいでつゆを買っているのだろうか。それならつゆのみを購入することはできるのだろうか。
どうなんだろう。
ここで文章の歯切れが急に悪くなるのは、わたしがその結果を覚えていないためだ。果たして彼女はおでんのつゆだけを頼むことはできたのか。できたとしたらそれは無料なのか、有料なのか、確かめたいのだが、彼女はずいぶん前に海外に移住したらしく、部活の同期の中でも連絡をとっている人がいない。
わたしは今でもローソンを見るたびにおでんのつゆの値段を知りたいと思う。確認したいと思う。しかし、その勇気はない。大人がおでんのつゆだけを頼むことは非常識だと思っている。何かの「ついで」に買うのだとしても恥ずかしいと感じてしまう。もちろん高校生にしても、それが常識的か非常識かと問われれば非常識の部類には入るのだろうが、それでも臆せずやれてしまうのが青春の特権だと思う。文化祭の後夜祭よりも、先輩に会えそうな渡り廊下よりも、わたしにとって青春はおでんのつゆである。
「おでんか」と友人は答える。「冬だね」
「そうだね」
めちゃくちゃ冬の話を書いてしまいましたが、暑さが厳しいとにかく折、みなさまどうぞご自愛くださいませ。