吾輩は僕である
-
吾輩は僕である。僕は文章を、一人称単数の主語で書くことにこだわっている。昔はそうでもなかったのだが、たとえば「僕たち」「私たち」「我々」といった主語はその範囲が明確ではない限り使わないよう、あるときから決めた。前著では「ぼく」という主語を用いた。「ぼく」がすべての責任を負いたいと思ったからだ。しらじらしく、恣意的な文章にはしたくなかった。
もちろん、文章の種類によっては一人称複数を使うのが作法の場合もあるし、表現によってはそっちのほうが馴染むケースもある。しかし、とくにエッセイやコラムでは、気を抜くと一人称複数の主語を無意識に使ってしまう。「たち」を特定しないまま使ってしまいがちになる。そうすると、なんだか人ごとのように感じてきてしまい、思ってもいないことを書いたり、文章の精度が下がったりすると気が付いた。人それぞれ考え方の違いがあるから、一人称複数を使っている文章がダメなわけではない。好みの問題であると同時に、ただ単に僕が愚鈍で無責任な人間なので気を付けているというだけのことである。レトリックとして「我々人類は」などと、大きな主語をわざと使ったりもする。
書評する際も、同様に気を付けている。自分の評は自分で責任を持ちたい。ところが、これは掲載される媒体にもよるのだが、「僕」や「私」という主語が馴染まない場合がある。だから、最近では「評者」という主語を使っている。「筆者」と書くのが一番しっくりくる一方、「著者」と見分けがつきにくいため(あくまで字面の問題だ)、今のところは「評者」に落ち着いている。最終的には、編集者の判断をあおぐことになる。
僕がなぜこんな原稿を書いたのかというと、「僕」「ぼく」はいつまで使っていいのかと、ふと思ったからだ。もうすぐ40歳なのだから、よりしっかりしたイメージがある「私」をそろそろ使うべきだろうか。この連載の主語は「僕」のわけだが、「私は犬と赤子が好きである」だったらどうだろう。ちょっと印象が変わってくる。「吾輩は犬と赤子が好きである」だと、それこそ夏目漱石の小説みたいになってしまう。
小生は筋トレが大嫌いだ。拙者の朝顔が、ついに咲いた。儂(わし)はこの前、ラジオ番組に出演したのだが……。どれもこの連載に出てきそうな文章である。どうもしっくりこない。僕は普段、親しい友人には、「俺」という一人称を使っている。最近、俺がモヤモヤするのは、と書いてみたものの、やっぱり「らしく」ないなと思った。僕は僕のままでいいのだろうか。80歳になっても僕でいいのだろうか。
なんとも悩ましい。80歳まで生きることができてから考えればいいのかもしれない。しかし、すでにもういい年齢である。僕は僕であり続けていいのだろうか。哲学問答のような話にもなってきてしまった。ちなみに、愛犬ニコルは「あたし」という主語を使っているのではないかと、僕は勝手に思っている。なんとなく、「わたし」ではなく、「あたし」という感じがしている。夏目漱石の猫は「吾輩」だったけど、ニコルは絶対に違う。でも犬だから、「ワン」とか「ワゥッ」とか「クゥン」としか言わない。
Back Number
-
第1回高級な蜜柑
-
第2回犬と人
-
第3回インタビュー
-
第4回洋式トイレ
-
第5回眠れない夜
-
第6回ルーティン
-
第7回大晦日の大晦日感
-
第8回彦
-
第9回遅刻の理由
-
第10回管理人さん
-
第11回心の余裕
-
第12回サイン
-
第13回パブリックな顔
-
第14回尻が痛い
-
第15回不意打ち
-
第16回僕は断固として
-
第17回高級な蜜柑(2)
-
第18回小田君
-
第19回管理人さん(2)
-
第20回絵文字の解釈
-
第21回緊急事態宣言
-
第22回お調子者
-
第23回編集の竹村さん
-
第24回バンドマン
-
第25回薄毛の広告
-
第26回雪
-
第27回ソーセージは美味しい
-
第28回偉い犬
-
第29回偉くない人
-
第30回インタビュー(2)
-
第31回それはちょっと
-
第32回サイン(2)
-
第33回自信
-
第34回カレーは辛え
-
第35回バレンタインデー
-
第36回自己宣伝
-
第37回幼馴染の言い分
-
第38回犬大好き
-
第39回子どもの頃の夢
-
第40回三つ子の魂
-
第41回赤子の将来
-
第42回拝啓、週刊誌様
-
第43回King Gnuの新井さん
-
第44回読書ができなくなった人へ
-
第45回受験シーズン
-
第46回巣篭もり旅行
-
第47回東京都出身ふたたび
-
第48回大酒飲みの親戚のおじさん
-
第49回犬を洗う日
-
第50回大酒飲みの親戚のおじさん(2)
-
第51回クレーム対応
-
第52回高級なドライヤー
-
第53回10年前
-
第54回「誰かが褒めていなければ褒めにくい問題」
-
第55回3月生まれ
-
第56回断酒
-
第57回「愛犬家はみんな、うちの犬が一番可愛いと思っている説」
-
第58回3つ目のブルガリアヨーグルト
-
第59回マスクは大事
-
第60回春はすごい
-
第61回本の片付けについて
-
第62回角さんの分類
-
第63回目黒の秋刀魚
-
第64回桜ばな
-
第65回コンプレックス
-
第66回やる気
-
第67回イノベーション
-
第68回原稿の提出方法
-
第69回キャズム超え
-
第70回白くて丸いやつ
-
第71回お洒落な部屋着
-
第72回双子のライオン堂の竹田さん
-
第73回人生で最高に幸福な時間
-
第74回スマホの充電ケーブルが溜まる件
-
第75回「されている」
-
第76回ナ、ノ、ハ、ナ
-
第77回うぐいすの初鳴日
-
第78回英雄・コービー
-
第79回ピアノを習っている男子
-
第80回サークルの夏合宿
-
第81回ニコルのこと
-
第82回やさしくなりたい
-
第83回赤子はすごい
-
第84回ダンゴムシを見つける達人
-
第85回人間は弱い
-
第86回気圧のせい
-
第87回読書
-
第88回運転免許
-
第89回連休明け
-
第90回応援しがい
-
第91回赤いカーネーション
-
第92回あいみょん
-
第93回「まだ生きている」
-
第94回断酒(2)
-
第95回慎重さ
-
第96回朝一の僥倖
-
第97回寝てない自慢
-
第98回1時間10分のモヤモヤ
-
第99回筋トレ嫌い
-
第100回目出度い
-
第101回怪談タクシー
-
第102回生まれて初めて
-
第103回最高の海外旅行
-
第104回神隠しの犯人
-
第105回駄目さが希望
-
第106回心のなかの仄暗い場所
-
第107回朝顔観察日記
-
第108回祝日がない月
-
第109回朝顔観察日記(2)
-
第110回雨のことば
-
第111回バンドマン(2)
-
第112回風邪予報士
-
第113回紫陽花
-
第114回ニコルの人気
-
第115回弱音
-
第116回犬の帰還
-
第117回冷房の設定温度
-
第118回ためらい
-
第119回ラーミアンでバーメン
-
第120回朝顔観察日記(3)
-
第121回マリトッツォ
-
第122回歴史の分岐点
-
第123回本の片付けについて(2)
-
第124回赤子の躍進
-
第125回未来からの前借り
-
第126回計画の大切さ
-
第127回朝顔観察日記(4)
-
第128回1年の折り返し
-
第129回家賃の支払い
-
第130回名選手、名監督にあらず
-
第131回気になる投票所
-
第132回ありのまま、今、起こったことを書くぜ
-
第133回七夕の願い事
-
第134回あるひとつの日常
-
第135回朝顔観察日記(5)
-
第136回ワクチン接種1回目
-
第137回ワクチン接種1回目(その後)
-
第138回ワクチン接種1回目(3日目)
-
第139回回復
-
第140回早朝の散歩
-
第141回本物を見ること
-
第142回文字入りTシャツ
-
第143回4連休
-
第144回日傘がほしい
-
第145回髪を切りたい
-
第146回退屈さ
-
第147回赤子はすごい(2)
-
第148回ニコルゾーン
-
第149回ワクチン接種2回目
-
第150回ワクチン接種2回目(2日目)
-
第151回ピスタチオ
-
第152回腰が痛い人
-
第153回ワクチン接種2回目(5日目)
-
第154回ある夏の思い出
-
第155回朝顔観察日記(6)〜あきらめない
-
第156回二代目・朝顔観察日記(1)
-
第157回父と中原中也
-
第158回文化系トークラジオLife
-
第159回あいつは?
-
第160回痛いと言っていい
-
第161回マスクチェーン
-
第162回二代目・朝顔観察日記(2)
-
第163回黒マスク
-
第164回高身長
-
第165回凪を生きる
-
第166回二代目・朝顔観察日記(3)
-
第167回自分の声
-
第168回優しい死神
-
第169回フィルムを貼る仕事
-
第170回ダンス動画
-
第171回コロナ以後
-
第172回下北沢
-
第173回偶然の駄洒落
-
第174回スティーヴ・アオキ
-
第175回親に似る
-
第176回二代目・朝顔観察日記(4)
-
第177回最近のニコル
-
第178回今日からおじさん
-
第179回赤子の苛立ち
-
第180回赤子が強い
-
第181回彼岸花
-
第182回犬の誕生日
-
第183回メロトッツォ
-
第184回筋トレ嫌い(2)
-
第185回怪談プリンター
-
第186回モテとは何か
-
第187回二代目・朝顔観察日記(5)
-
第188回二つ名
-
第189回やりたいことリスト
-
第190回犬年齢
-
第191回二代目・朝顔観察日記(6)
-
第192回家賃の振り込み(2)
-
第193回勉強
-
第194回地震
-
第195回偶然の駄洒落(2)
-
第196回観光地のマグネット
-
第197回マスクチェーン(2)
-
第198回二代目・朝顔観察日記(7)
-
第199回狭い街
-
第200回行けたら行く
-
第201回観光地のマグネット(2)
-
第202回徹夜について
-
第203回寒い季節のアイス
-
第204回小さな一歩、大きな一歩
-
第205回覚え違いタイトル集
-
第206回観光地のマグネット(3)
-
第207回前髪のこと
-
第208回出口がある街
-
第209回動物園
-
第210回疲れを知ること
-
第211回積読くずし
-
第212回前髪のこと(2)
-
第213回千葉の沼
-
第214回3日前の晩ご飯
-
第215回好き嫌い
-
第216回赤爆
-
第217回老い
-
第218回シックスマン
-
第219回なにもない世界
-
第220回駄目貯金術
-
第221回ウニについて
-
第222回読書の悦楽
-
第223回大学を卒業できない夢
-
第224回僕が走った
-
第225回文学フリマ
-
第226回育児について
-
第227回二代目・朝顔観察日記(8)
-
第228回本の片付けについて(3)
-
第229回今日は何の日
-
第230回書籍化
-
第231回ロクちゃんのぬいぐるみ
-
第232回電話で伝える氏名の漢字
-
第234回風船トレーニング
-
第235回コンビニのKさん
-
第236回褒めて伸ばす
-
第237回短眠
-
第238回赤子の習い事
-
第239回ビニール傘
-
第240回二代目・朝顔観察日記(完)
-
第241回年末進行
-
第242回懐かしさ
-
第243回クリエイティブ迷子
-
第244回僕が好きだったもの
-
第245回手紙
-
第246回犬と赤子
-
第247回はじめてのサンタクロース
-
第248回コーヒーの香り
-
第249回人生の杭
-
第250回高級な蜜柑(3)
-
第251回大晦日の大晦日感(2)