第18回 見えない未来を生きていく

誰でも「できる」ことと「できない」ことがある。「できる/できない」の間で迷ったり、不安を感じたり、無力感を持ったりしながら生きている。レビー小体病という「誤作動する脳」を抱え、できなくなったことと工夫によってできるようになったことを自己観察してきた著者が、「できる/できない」の間を自在に旅するエッセイ。

「認知症って、いったい何なんだ〜!?」と、一人で何年も叫び続けている私は、人から見たら、ヘンな人でしかない。でも、他でもない自分のことなので、どうにも止まらない。このしつこさを勘弁してほしい。

よし。結論からいこう。結局のところ、「どの人が認知症で、どの人は認知症でない」と区別する明確な定義も尺度もこの世には存在していない。冗談みたいだが、事実そうだ。

そんなテキトーなものが、どんな病気よりも恐れられ、毎日メディアに取り上げられ、「予防!予防!」と追い立てられる。きっと今も日本中で、「認知症だ!」「認知症じゃない!」と親子が言い争っているだろう。そんな変なものが、他にあるだろうか?

確かに病院に行けば、「アルツハイマー病です」「レビー小体病です」と言われるかもしれない。でも、解剖でわかる病名と生前の診断名の一致率は、高くない。[1]

考えてみれば当たり前だ。80、90にもなれば、目、耳、歯、膝、腰、みんな悪い。同時多発的ガタが全身にくる。脳も例外ではいられない。

老化で自然に縮む。タウ、アミロイドβ(ベータ)だけなくレビー小体もその他の要らないものも溜まりやすい。[2]  血管は脆(もろ)い。高血糖、高血圧、歯周病、ストレス、酒、大気汚染……。老化で弱った脳は、日々数々の敵からブローを受けながら、最期まで変化を続けている。

レビー小体病と同様に、アルツハイマー病の中にもいくつもの分類があり、症状や進行速度が違うこともわかってきた。[3]

「この人の脳は赤。この人の脳は青」なんて、幼児の絵のように塗り分けられるものではない。もともと大きな個人差のあった脳の上に、さまざまな色が入り混じり、刻々と変わっていく巨大な万華鏡であるはずだ。それを直接観察する方法は存在しない。

<どこからが認知症なのか>

「認知症介護は突然始まる」とよく言われる。でも、一番多いとされるアルツハイマー病では、20年30年掛けて脳の神経細胞が少しずつ変化し、その結果として「認知症(の状態)」になる。

その長い道のりの、いつ、何をもって「自立した生活が困難になった状態(=認知症)」と決められるのだろう。その明確な定義もない。

生活や家事の能力、同居家族、暮らし方、考え方、性格は、みんな違うから、症状が同じでも窮地に陥る人、ほとんど影響のない人、さまざまだ。いろいろ工夫して困りごとを自分で減らす人たちもいる。

「いやいや。認知症は、認知機能テストの点数が20点以下という線引きがあって……」と言われる。そういう目安はある。でもテストの点数と生活上の困り加減も一致しない。レビー小体型認知症では点数の変動が激しいし、健康な人でも強い精神的ストレスや疲れや薬の影響で一時的に点数がひどく下がることがある。

「認知症だと診断されたが、違っていた」という話は、決して珍しくない。老化で増える痙攣(けいれん)発作のないてんかん、高齢者に多い未診断の発達障害、難聴など、認知症と区別がつきにくいものはさまざまあるそうだ。

一般の人が決定打と信じている脳の萎縮も個人差が大きい。萎縮していても症状が目立たない人もいれば、萎縮ゼロでも症状が強い人もいる。脳の萎縮が特徴のはずのアルツハイマー型認知症でさえ萎縮しないタイプがある。[4] 私の脳も診断時に「萎縮はない」と言われたが、「レビー小体型認知症では珍しくない」とこの病気に詳しい専門医から説明された。

「早期発見、早期治療」という言葉だけが、国民の頭にインプットされたが、結局、認知症を引き起こす病気の早期診断は、一般の人が思うほど簡単ではないし、その病気によっていつ「認知症(の状態)になった」かという線引きもできない。

医師のせいではない。脳の病気は、原因も治し方もその仕組みも、まだほとんどわかっていない。それを知らないと、必要以上につらい目に遭ったり、不毛な恨みを持つことになりやすい。

「病院に行けば認知症かどうかわかる」「認知症については、医師がなんでも知っている」「病気なら、薬で何とかしてもらえる」は、幻想であり、過剰な期待だ。そんな認識のズレが、医療者も患者も家族も不幸にしていると思わずにはいられない。

<認知症は暮らしの障害>

「認知症は暮らしの障害で、暮らしがうまくいくかどうかが、いちばん大事なんだ」「暮らしというものは、周囲の人とのかかわりによっていくらでも改善できる」

故長谷川和夫さんが、自身の嗜銀顆粒性(しぎんかりゅうせい)認知症を公表してから語った言葉だ。

重度の記憶障害があり、認知機能テストの得点は一桁なのに、介護サービスを利用しながら一人暮らしを続けている高齢女性の話を医師から伺ったことがある。

小さな村で、誰もが彼女を知っている。外で迷子になっても、誰かが「あら、◎◎さん、元気?」と笑顔で声をかけ、「じゃあ、一緒に行こうか」と目的地なり自宅なりへ連れて行ってくれる。長年の親しい近所付き合いも変わりなく続いてる。「一緒にご飯食べようよ」と近所の人がよく誘ってくれるし、おかずのお裾分けを持って訪ねてきてくれる人も多いという。彼女自身も若いころからそんなふうに人と接してきたのだろう。

認知症って、いったい何なんだろう? 「自立した生活が困難になった状態(=認知症)」って、何なんだろう? 認知症をこんなにもつらいものにしてしまったのは、病気の症状よりも、そのあまりにも歪められたイメージや社会のあり方や人と人との関係の変化ではないのか。

<自立と孤立>

長年できたことができなくなってきたとき、「バカになった。情けない」と落ち込む人は多い。「人に認知症だと知られたくない」と引きこもってしまう人は、今も少なくない。

でももし屈託なく笑って、周囲にこう言えたらどうだろう。

「私、すっかり忘れっぽくなっちゃった。だから大事なことは、私の代わりに覚えておいて、必要な時に教えてね。頼りにしてるよ」

その人がバカになっただなんて、誰も思わない。周囲もそのほうが、助かるだろう。自分の中にある認知症への偏見や「人を頼っちゃいけない」という自分への縛りさえ捨てれば、症状は消えなくても苦しみは消える。経験者の私が保証する。

「(たくさんの)人の手を借りる」という開かれた、柔らかい心のありようや「いつでも手を借りることができる」人間関係のある地域社会が、私には眩しい。簡単にはできないけれど、そういう形の「自立」が、これからの理想と思う。

「誰の手も借りずに歯を食いしばってがんばるのは、自立ではなく孤立だ」と読んで、ギクリとしたことがある。きっと私だけじゃないだろう。「自己責任」なんて石のように硬く冷たい言葉が飛んでくる今の日本は、いつの間にかすっぽりと「孤立社会」の幕に覆われている。

人間関係は、基本的に面倒で、煩わしさがつきものだ。40年前に故郷を離れ、そんな面倒を避けて生きてきて、辿り着いたのが、この「孤立社会」か。自由で気楽で快適な生活を、誰もが当たり前のように求め、謳歌してきた結果がこれなのか。そう思うと、スーッと体が冷たくなる。2年近く続くコロナ生活の中で、孤独が骨まで沁みてくる。

<不調の波がやってきた>

コロナと共に書き始めたこの連載が、「やっとコロナが終息したように見える」と書いて終わりだと思っていたら、未知の新種株が出てきて、また未来がよく見えなくなってしまった。

ストレスにめっきり弱くなった脳に、トラブルも重なり、不調の波がやってきた。頭痛や倦怠感で布団に潜り込むことが増える。体調と同期して脳もサボる。ワニという字を見て、「ワニって何だろう?」と考えている。途中、カメの姿が頭に浮かんで「ワニ?……違う!これは、カメだ」とうめく。自分が書いたツイートを見て、「語彙(ごい)」という字が読めない。親しい友人の名前が思い出せずに慌てる。忘れるはずのない大事な知識も、いざ頭から取り出そうとすると消えている。

こんな私に未来はあるのか? そう思いながら布団に入り、目を閉じると次々とクリアーな映像が見える。着物を着た女性が歩いていく。なぜ眠ってもいないのに夢が始まるのだろうと以前は思っていたが、入眠時幻覚と呼ぶらしい。昼間には、目を開いた状態で車の中に人が座っていたり、ゴキブリが壁を這うのが見える。幻視にはすっかり慣れている私だが、人やゴキブリは、あまり好まない。心臓に悪い。

調子が悪いときは、自分以外の全員が、立派に見える。自分だけがあちこち欠けていて、中途半端で、頼りにならない存在に思える。自分を攻撃はしないけれど、冷たい雨に濡れて鳴いている捨て猫のような気持ちになる。

でもこのごろ、小さな赤ちゃんを見ると考えるのだ。この赤ちゃんが無事に生き続けるためには、毎日何度もお乳を飲ませ、おむつを換え、服を着せてくれる人間の温かな手が必要だ。記憶はないけれど、私も確かにそうされたんだ。だから、いのちは消えずに続き、こうして生きている。

人の手で世話してもらえなかったら、すぐに消えてしまうほど弱いものとして送り出されたのが、人間だ。弱さは、間違ったものではなくて、人間の通常モードだ。不安も寂しさも、生き延びるための初期設定なのだろう。

人間は、人間の手で世話され、助け、助けられて、やっと生きられるようにつくられている。街ですれ違う赤ちゃんは、そのことを私に伝えてくれる。若く、健康だった時には、わからなかった大切なことを。

<もし今、未来が見えなくても>

山の上の天体望遠鏡で天の川を観たことがある。宇宙を埋め尽くすような星を観ながら、私は、泣きそうになった。見たこともない数の星が輝いている。その1つひとつが、冷たい漆黒の宇宙に孤独に浮かんでいる。私が一生かかっても辿り着けない遠い場所から光を放っている。それは、私が生まれるはるか前に放たれた光だ。その光が千万年も宇宙を旅して、今、地球の上に立つ私に届いている。星と比べたら一瞬にすらならない時間を生きる人間の小さな2つの目に。

無数、一つ。永遠、一瞬。生、滅。光、闇。すべてが、矛盾なくひとつになっている。それは、こんなにも美しい。ああ、これが宇宙の姿なんだ。こんな私もその一部分なんだ。そう思うと涙が出てくる。不安定で、脆(もろ)くて、無力なものとして生まれ落ち、育てられ、また無力な存在に還って消えていくことが、自然な営みに思えてくる。私たちは、みんなこの大きな循環の中にいる。だから大丈夫だと思える。

もし今、未来が見えなくて、不安を抱えていたとしても、衰えていく中にあるとしても、あなたは、大切な人だ。

「あなたは、大切な人だ」

私も自分に繰り返し言おう。どんな病気でも、若さを失っていっても、仕事がなくても、お金がなくても、孤独の中にいても、あなたは、大切な人だ。

だから人に助けてもらうことに引け目を感じたりすることなんてない。いろんな人に助けてもらいながら、どうにかやっていけたらいい。自分もできることがあるときは、手を貸したりしながら。そんなふうに少しずつ、つながっていけたらいいなと、今、思っている。

 

※「間の人」は、今回で最終回になります。さらにボリュームアップのうえ、
来春に単行本化の予定です。ご期待ください。

 


[1] 出典は、新井平伊編集 『プライマリケアで診る高齢者の認知症・うつ病と関連疾患 31のエッセンス』 (医歯薬出版。2019年発行)の中で紹介されているBeachらの論文。
[2] 高齢者に比較的多い嗜銀顆粒性認知症では、脳に嗜銀顆粒というたんぱく質が溜まる。レビー小体型認知症やパーキンソン病の人の脳や全身に溜まるレビー小体(たんぱく質)は、高齢者の約3人に1人に見られる(レビー小体があっても必ず病気を発症するわけではない)。
[3][4]出典は、Neurologyに2020年掲載の論文「Biological subtypes of Alzheimer disease: A systematic review and meta-analysis」 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32047067/

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。41歳でうつ病と誤って診断され、治療で悪化していた6年間があった。
多様な脳機能障害のほか、幻覚、嗅覚障害、自律神経症状などもあるが、思考力は保たれ執筆活動を続けている。
『私の脳で起こったこと』(ブックマン社。2015年度日本医学ジャーナリスト協会賞優秀賞受賞)。最新刊『誤作動する脳』(医学書院 シリーズケアをひらく)。

 

第17回 認知症って何なのよ

誰でも「できる」ことと「できない」ことがある。「できる/できない」の間で迷ったり、不安を感じたり、無力感を持ったりしながら生きている。レビー小体病という「誤作動する脳」を抱え、できなくなったことと工夫によってできるようになったことを自己観察してきた著者が、「できる/できない」の間を自在に旅するエッセイ。

新聞に「認知機能(もの忘れ)を改善する」というサプリメントの一面広告が繰り返し載っている。「今なら千円!!」よっぽど需要があって、売れるんだなぁと思う。みんな認知症になりたくなくて必死だ[1]

雑誌も「認知症予防特集」を次々と組む。近所の本屋の認知症の棚を見ても「予防」や「治」の字の付いた本ばかりだ。私が必読本と思っている本[2]は1冊もない。身がよじれる。

予防本を開いてみると、「食に気をつけ、運動し、頭を使い、人と交流…」と、そのまま健康特集でいける内容だ。高血糖や高血圧は、脳にもダメージを与える。健康的な生活で脳の健康寿命を伸ばす作戦だ。私だって少しでも長く脳を良い状態に保ちたいので、日々、健康道に精進している。

とはいえ、それで「認知症を予防できますか」と、もしも問われれば、「無理です」と私は答える。

ほとんど知られていないが、「認知症」といっても、その原因となる病気は、60種類以上ある。「認知症=アルツハイマー(病/型認知症)」ではないし、アルツハイマー型認知症と診断されていた人を解剖すると半数から3分の1は、違う病気だったという調査もある[3]

一番患者数が多い病気がアルツハイマー型認知症、次に多いのがレビー小体型認知症ということになっていて、それぞれの患者の脳に溜まる不要なたんぱく質はわかっている。でも、病気の原因とされているその余計なたんぱく質が、なぜその人の脳に溜まったのかは、研究者にも医師にも説明できない。当の本人である私にだってわからない。(そのたんぱく質が原因ではないのではないかという説もある。)

病状や進行速度は、人によって変わる。病後の環境はもちろん、病前からの脳の特性や性格、暮らしぶり、その他たくさんの要因が、深く影響しているはずだ。だから同じ病名でも一人ひとり違う。

私は、長年家族のために健康的な食事を毎日つくり、運動習慣があり、さまざまな人と交流し、読んだり書いたりが趣味の健康道模範生だったが、病気を発症した。

不摂生はしない方が、脳にもいいに決まっている。でもどんなに健康的な生活をしていても、人は、病気になるのだ。その人が悪いんじゃない。家族が悪いんじゃない。事故をゼロにできないように、病気だってゼロにはできない。若くたって、それまでどれほど健康だって、原因不明のまま、人は病気になるのだ。そして病気になる確率は、年齢とともに自動的に上がっていく。

<ご長寿とセット>

どれほど高性能の車だって機械だって、50年も動かないだろう。橋だってビルだって、60年も経てば補修工事が必要だ。そう考えると人体は、鉄よりコンクリートより耐久性があるのかと思ってしまう。

心臓が70年も80年も不眠不休で動き続けるなんて、ちょっと信じられない。90年も生きるなんて、天から特別に与えられたギフトだと思う。100歳は、高額宝くじに当たったような奇跡の人と思ってきたが、最近は、奇跡の人が、8万6千人もいると知ってたまげている。(私が赤ちゃんだった1963年には全国で153人だったようだ。)

ただ、長生きをすれば、脳も、体と一緒に必ず老化する。顔にシミやシワができるのに、脳だけピチピチでいられるはずがない。自然に縮む。溜まって欲しくないものも溜まる[4]。90まで生きられたら、認知症(の状態)にならない人の方が珍しいのだ[5]

昔、100歳でテレビCMに初めて出て、国民的アイドルとなった明るい双子姉妹、キンさんギンさんも認知症だったそうだ[6]。認知症は、ご長寿ギフトの箱に同梱されている。いま、認知症がメディアでも盛んに取り上げられるのは、多くの人が長寿になった結果、誰もがいつかは直面する自分事の課題になったからだ。

脳は、必ず老化する。それは自然なことだ。しょうがないことだ。認知症予防を成し遂げるためには、不老を実現するか、長寿を諦めるかのどちらかしかない。

<もうろくした人>

子どものころ、「認知症」という言葉はなく、「痴呆」という言葉はあったが、日常生活では「もうろく」という言葉を聞くことが多かった。今はまったく聞かないから、失礼だということで、消えたのだろうか。黙ってぼんやりしていたり、会話がかみ合わなくなったお年寄りのことを「あのおじいさんも、すっかりもうろくしてね」と大人たちは話していた。(「お年寄り」も今は100歳くらいの人にしか使わなくなった。)

でも「もうろくしてね」には、「まあ、しょうがないよね。年なんだし」という寛容さがあったように思う。幼い私は、「もうろく」という言葉をふんわりした言葉として覚えた。「もうろく」という言葉には、「異常」とか「大変」という嫌悪感や恐怖感がなかった。今の「認知症」にあるような「早く病院に行かなければ…」とか「介護が…」いう悲壮感や脅迫感もなかった。

今とは社会も家族構成も違っていた。私が生まれた1962年の平均寿命を調べると、66歳だ。誰もが認知症になるまで生きられる時代ではなかったし、「もうろく」は医療の対象ですらなかった。

<祖父が倒れた音>

私の実家で宴会中にトイレに立ち、廊下でバ〜ンと倒れた父方の祖父は、そのまま重度の脳血管性認知症になった(のだと今は、思う)。小さかった私は、ご馳走が隙間なく並んだ座卓とバ〜ンという大きな音だけを覚えている。

まもなく祖父は、祖父の自宅の畳の上で亡くなった。74歳だった。紙おむつも、ウエット・ティッシュどころかティッシュそのものすらない時代に、60代だった祖母は、どうやって介護していたのだろう。

母に連れられてお見舞いに行ったときの祖父の様子は、鮮明に覚えている。誰の声かけにも反応せず、一言も話さず、一心にひもを手でこねくり回していた。

「ローマの休日」に出てくるようなスクーターに乗って、頻繁に我が家を訪れていたから、思い出はもっとありそうなのに、まず思い出すのは、中身が入れ替わったような祖父の姿だ。

あの玉音放送の直後に疎開先で寝泊まりしていた馬小屋を出て、一面の焼け野原に一家6人で帰ったという話を、最近になって父から聞いた。そんな決断をした祖父に、そのときのことを聞きたかった。

祖父が亡くなってから半世紀以上が過ぎ、社会はすっかり変わった。

「もうろく」は「認知症」となり、「最もなりたくない病気」、「なるべく早く受診すべき病気」となった。テレビも本も雑誌もせっせとその予防法を紹介し続ける。

それで、私たちの老いへの不安は、薄らいだのだろうか?

私たち一人ひとりは、50年前よりも安心して暮らせているのだろうか?

50年で激変したのは、「認知症」ではなく、家族や社会や医療のあり方だ。私たちは、認知症への不安を煽る言葉や老いを嫌悪する言葉に囲まれて、老い衰えることへの恐怖に怯えながら生きている。

<認知症って何なんだ?>

認知症のことは、自分の病気を疑って以来、ずっと調べ続けてきた。専門書も含めて片っ端から読んだ。でも、深く知れば知るほど、わからなくなる。個人差が、大きすぎる。病状が、対応や環境だけで激変する。教科書通りの人の方が珍しく、目の前の人をいくら観察しても、何型認知症なのか、さっぱりわからない人がほとんどだ。「怒りっぽい」など、今まで「認知症の症状」と説明されてきたことも、本当に症状なのかも疑わしい。

正直に言うと、もう私は、ギブアップしている。私には、認知症がわからない。従来の解説や分類では、説明できないことがいくらでもある。

そもそも「認知症」って何なんだ? そこからして、てんでんばらばらなのだ。

テレビで以前、よく医師が言っていたのは、「もの忘れをする病気です」。

もの忘れが主症状ではないレビー小体型認知症(純粋型)[7]も前頭側頭型認知症[8]もある。若年性アルツハイマー病でも記憶障害が目立たない人たちがいる。

「認知症を引き起こす病気の総称」という説明もあるが、90歳100歳のほとんどの人にある記憶障害を「病気」扱いしていいものだろうか?その世代のマジョリティーがその状態なら、それは「異常」ではなく「正常」ではないか?

「認知症は症状です」と説明する人もいる。でも、レビー小体型認知症の症状の多く[9]は、認知機能の低下が見られない時期から始まる。

「認知機能の低下によって自立した生活ができなくなった状態です」。

一番腑に落ちる定義だとずっと思ってきた。でもそれは、一人では日常生活がままならないほど進行したステージなのだ。実際、「ひと昔前までは、認知症で病院に行く人は、既に重度になった人たちだった」と認知症専門医から聞いた。「認知症の人と家族の会」の元会長さんも「親が認知症と気付いたのは、居間が排泄物にまみれているのを見た時」と話されていた。

今、その段階まで気づかない人はいない。本人も家族も小さなミスですぐに認知症を疑う。心配した本人が一人で受診することも増えていると聞いた。

その結果、多くの人がとても早い時期に受診し、診断されるようになった。彼らは、それぞれに違う「生活し難さ」はあっても、工夫次第で一人暮らしや仕事を続けることができる。仲間に病気のことを話し、趣味のグループなどで以前と同じように活動を楽しむ人も徐々に増えている。

苦手になった部分にだけ、少しの工夫と配慮されあれば、これまで通りできることの方が、はるかに多いのだ。そして通常、認知症の進行はとてもゆっくりで、介護状態になるまでには長い時間がある[10]

そんなふうに上手に認知症と暮らす彼らは、健康な人にしか見えない。認知症のニュースのたびにテレビが映し出す介護施設の高齢者とは、病気のステージが違う。それでも多くの人は、「認知症」と言えば、食事にもトイレにも介助が必要な重度の人を自動的に思い浮かべる。そして言うのだ。

「あなたは、認知症に見えませんね」

「じゃあ、認知症っていったい何なんだ〜!?」と、私は、いつも一人、世界の端っこで叫ぶ。私のへそだけがずれているのか、100%納得のいく説明を見たことがない。これが叫ばずにおられようか。

(この項続く)

 


 

[1] サプリメントのなかには、治験(有効性を人で実験)をして日本認知症学会で結果を発表しているものもある。
[2] 今年刊行された本なら筧裕介『認知症世界の歩き方』(ライツ社)、矢吹知之ら9人による『認知症とともにあたりまえに生きていく』(中央法規)とその共著者らが書いた本。丹野智文『認知症の私から見える社会』(講談社)など。
[3] 出典『プライマリケアで診る 高齢者の認知症・うつ病と関連疾患 31のエッセンス』 新井平伊 (編集) 2019年。医歯薬出版。この本の中で紹介されたBeachらの論文で、正確な数値は、29.2〜55.7%。
[4] アルツハイマー型認知症の人の脳に溜まる「タウ」、レビー小体型認知症の人やパーキンソン病の人の脳と全身に溜まる「レビー小体(αシヌクレインが主成分)」などのたんぱく質。どちらも神経細胞を壊すとされている。
[5] 日本の90歳以上の女性の認知症有病率は71.8%。
[6] 出典『認知症の人の心を知り、「語り出し」を支える』大塚智丈著(中央法規)。
[7] レビー小体型認知症の中にも種類があり、アルツハイマー型認知症 を併発している場合は、「通常型」(高齢者に多い)、そうでない場合は「純粋型」(若年発症に多い)と呼ぶ。
[8] 前頭側頭型認知症は、4大認知症の1つ。症状によって3つのタイプがある。
[9] レビー小体型認知症では、自律神経症状、レム睡眠行動障害、うつ症状、不眠、薬剤過敏性、幻視、パーキンソン症状、嗅覚低下など多様な症状が、認知機能の低下が目立つ前に現れる場合が多い。出る症状、出ない症状、出る順番は、人によって違う。
[10] アルツハイマー型認知症 やレビー小体型認知症が、急激に進行することは、通常はない。もしあれば、せん妄(薬の影響や体調、環境の影響などによって一時的に意識が低下した状態)をまず考える。

 

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。41歳でうつ病と誤って診断され、治療で悪化していた6年間があった。
多様な脳機能障害のほか、幻覚、嗅覚障害、自律神経症状などもあるが、思考力は保たれ執筆活動を続けている。
『私の脳で起こったこと』(ブックマン社。2015年度日本医学ジャーナリスト協会賞優秀賞受賞)。最新刊『誤作動する脳』(医学書院 シリーズケアをひらく)。