scrap book スクラップとは、断片、かけら、そして新聞や雑誌の切り抜きのこと。われらが植草甚一さんも、自分の好きなものを集めて、膨大なスクラップ・ブックを作っていた。ここでは、著者の連載から、対談、編集者の雑文など、本になる前の、言葉の数々をスクラップしていこうと思います。(編集部)

第5回 海外パック旅行で見えてくるもの 後編

ひとり旅は第二の人生の必修科目

もう幾つのパック旅行に参加したのか分からないが、毎回多くの人々の人生を見て来た。

母娘でイタリア旅行に参加したのは、娘の結婚前に二人でできる最後の旅行だと参加したという。両親の仲が良くないので、自分が家から出たあとの母が心配だとこぼしていた。この旅行が二人の人生でどれだけ大切なものになるのか、鈍感な私でも想像がついた。

ひとりで参加していた80を過ぎた老婆は明らかに痴呆の気配があった。トイレや食事の記憶もあやふやで、今日は何を見たのかはもちろん、どこの国にいるのかも忘れてしまう。都内の高級住宅地にマンションを3棟持っている資産家だが哀しい顔をしていた。どうも、旅の間だけ家族がこの老婆の面倒を見なくてすむので、パック旅行に積極的に参加させているようだ。ツアーがていのいい姥捨てになっているのだ。少々つきまとわれて困っているところを見かねてか、この老婆の面倒を見てくるようになった中年女性がいた。お優しいんですね、と言うと、自分の母親の面倒をきちんと見られなかったから、罪滅ぼししていると言った。

がんの闘病を終えて参加した人もいた。これから5年間楽しいことを山ほどして笑顔で過ごしがんの再発に隙を与えないようにするんだと言っていた。ぎゃくに福島からの歯医者さんは末期がんに冒されていて、自らの死は既に受け入れているようだった。残していく妻に重い病が見つかり長期の闘病をしなくてはならないので、死ぬに死ねないと言っていた。東日本大震災を生抜いたのにこんなことになるなんてと旅の最後に、重たい話をしてゴメンネといいながら語ってくれた。

80過ぎの姉妹は共に旦那を見送ってから、毎年参加しているという。この間だけは掃除も洗濯も炊事もしなくていい。思い切り二人で話すの。死んだ亭主の悪口を言っていたが、お姑さんの間に一度だけ入って守ってくれたことを大切な思いでとしていると、愛おしいエピソードを吐露してくれた。そしたら、二人で亡くなった夫の自慢話になった。

何でこんなことまで赤の他人の自分に話すのか?と思ったが、旅の参加者はお寺や神社で手を合わせるときに心の中で呟いていることを口に出しているようなものだと言う。それも、旅で出会うつい数日前までは名前も知らない赤の他人は、ああ、うんと答えてくれる。話もしてくれる。何泊も一緒に行動するから、だんだん話も深くなっていく。それでも、最後には日本の空港で、また赤の他人に戻っていく。それがいいのだ。だから、嘘もないし、隠すこともない。思い切り吐き出せる。

旅の終りに、別れを名残惜しそうにしている人は多い。

「本当に良かった、楽しかったわ。ありがとう」そうやって赤の他人に戻っていく。

もちろん中には旅で出会って、それから旅友になる人もいる。いつもはまったく別の世界で生きていて、旅の時にだけ一緒に行動するツアーメイトだ。前の旅の終りから、今度の旅の初めまでにあったいろんなことを旅の間にずーっと話している。

海外旅行は多いと40人近く、少なくとも10人程度の人がいる。それだけいろんな人生を垣間みる。きっと私もいろんなことをさらしている。多くの不満と後悔とに押しつぶされそうになっていた40代に入ったばかりの私は、海外を気軽なパック旅行で巡りながら、いつしか自分の人生を肯定し受け入れるようになっていった。

人生は旅だとは良く言ったものだ。そして、パック旅行は、いろんな人生という旅をする人のショーケースだ。各地の観光地を廻り、食事を楽しみながらも、ツアーメイトから毎回いろんな事に気づかされ学んでいる。私がとくにおすすめしたい幸せのための旅の形がある。

それは、退職して毎日の多くを共に過ごすようになった夫婦には、時おり長めの一人旅をすすめたいのだ。8日から10日ほど家をあけるような欧米の旅に出かけると、離れてみてお互いの大切さに気づかされる。ネガティブなところでなく、ポジティブな部分も見えて来るはずである。例えば、夫は妻がしてくれる日々の家事がどれだけ多技に渡り大変なのかが分かる。もちろん、ひとりで何日も過ごすのだから、簡単な調理、洗濯、掃除などにも挑戦しなくてはならない。

「おい、あれどこにあったかな?」そんな言葉ひとつで魔法のように何でも揃えてくれる妻の大切さに分かるはずだ。そして、もしも妻に先立たれたら自分がすべてのことをしなくてはならない現実を知るだろう。私は、45才を過ぎた男の人生の必修科目は、家事だと思う。妻の介護をしている夫は何でもっと早くから妻の負担を共有しなかったのだろうと思うだろう。

生命保険や介護保険の保険料を払うのも、老後のいざという時の備えかもしれないが、それは金の問題しか解決しない。日々の生活は自分で一通りのことはできる家事力をつけることが生きていく力になる。妻が旅行に行ってる時は学んだことの実地試験のようなものなのだ。

夫がひとりで旅に行けば、多くの女性が経験する夫が逝った後の我が家が驚くほど静かすぎる空間になることを知る。統計的には多くの女性が14~15年くらいのおひとり様生活を送る。その予行演習だ。さて、その時間をどう過ごすのか。やはり考えるだろうし、自分にとっての夫の存在が見えてくる。夫が無事に旅行から帰ってくるときに、夫の好物の料理を作って帰宅を待っているだろう。そして、お互いに旅先でいろんな人の人生を見ながら、自分は思ったより恵まれていることに気がつくはずだ。

そして、夫婦ともにまだ一緒に過ごせる時間を与えられていることに感謝するだろう。

また、いつもの生活に戻り、小言も小競り合いもあるかもしれないが、すぐに矛を収めるようになる。もちろん、人間なんて勝手なもので、いつもの日々が続けばまた元に戻る。だから、またひとり旅をする。もちろん、この一人旅のすすめも、旅に参加されていた65才過ぎの女性から教えてもらった受け売りだ。夫がちゃんと洗濯できてるか、食事をしているか、心配しながら、高校時代のクラスメートと旅をしていた。

夫にひとり旅をしてもらった妻が「いなくてせいせいした。命の洗濯をした」と言う場合もある。苦笑する私に「でも、時々ああやってお互いにひとりにならないと、これから10年、いやそれ以上かもしれないけれど、持たないわ。ひとり旅いいわね」と言っていた。夫は元気で留守がいい。そんな流行言葉があったことを思い出した。