scrap book スクラップとは、断片、かけら、そして新聞や雑誌の切り抜きのこと。われらが植草甚一さんも、自分の好きなものを集めて、膨大なスクラップ・ブックを作っていた。ここでは、著者の連載から、対談、編集者の雑文など、本になる前の、言葉の数々をスクラップしていこうと思います。(編集部)

第17回 作ることの喜び、背負うことの怖さ

全感覚祭――GEZANのレーベル十三月が主催する、ものの価値を再考するインディペンデントフェス。GEZAN マヒトゥ・ザ・ピーポーによるオルタナティブな価値の見つけ方。

出演していた波の上フェスティバルの帰り、那覇空港の荷物検査場で手こずっている田さん(田我流)に会う。
「ライター四つ持ってたよ」笑った1分後同じ理由でスーツケースを開けているわたし。その後もメンバーが一人一人スーツケース開けていく要領の悪いチーム、名をGEZANという。わたしの以外のメンバーはアフターパーティで朝まで踊っていたらしく、半開きの目にぐったりとした足取りでギターやドラムを引きずっている。
離陸。
AirPodsの電池も切れたし、読もうと思っていた若松孝二の本も間違えてスーツケースに入れてしまったから、久しぶりコラムでも書こうかと赤ちゃんが泣きわめく声がBGMの機内でこの文字をタイプしている。唸るエンジンと共鳴する赤ちゃんの声、もっと泣いていいんだよとやっぱりわたしは思うな。鉄の塊がうなりをあげて空を飛ぶなんて理解できるわけもない。わたしももっと思うがままに上手に泣きたい。

田さんとは沖縄にいる間、よく話をした。宇宙人の話や出演した空族の映画の話、お互いマネージャーがいなくて、メールの返信とか大変だよねなんて話から、いつか有能なマネージャーがついたらケータイ持つのもやめたいなんて話。本当にそう思う。コバルトブルーの空や海に気づかずに画面の中で夢中に何かを探している。遊んでるつもりかもしれないがAIにもう遊ばれてるのだと思う。自分で選んでいるつもりな分だけそれらはウイルスよりも強力で、ネット依存は深刻に血に溶け込んでることをフロアにいる若い子たちの音楽の聴き方を見ていて思った。
だけどケータイを置ける日ははるか先だろうな。DIYなんて聞こえはいいけど、中身はどうしようもないわたしたち四人が機内にいるだけだ。

ここ最近のわたしたちはちょっと疲れていて、だから少し長めに沖縄にいられる時間を作って久高島で魂を洗おうなんて計画だった。
DVDの特殊ジャケの梱包からオンラインで買ってくれた人500枚の発送。映画に音源制作、企画からデザイン、打ち合わせに立ち会わないことなんてないから毎日毎日タクシーで走り回る。ディッキーズとの十三月のコラボレーションは恥ずかしい話、現在でも300万以上の赤字だ。作る喜びと背負うことの恐怖、一つの夢だったので作れてよかったとは思ってるけど、GUAYSのヒロシと一年以上デザインを組み温めてきての今の現状はなかなかこたえる。でもそのケツを拭くのが付け焼き刃ではないDIYってやつだよね。

時代は確かに変わってはきているが、今でも大きな事務所がないと基本的に決まらないものも多い。
「なんでチェンソーマンの曲、GEZANがやらないんですか?」とか数人に言われたけど、CMやドラマやアニメの曲は事務所がお金を払っていることがほとんどで、バジェットの高い映画の主題歌なんかも夢のない話、総予算の10%くらいで購入され監督の選択とは無関係に売り飛ばされるケースも多い。だからそういったプロモーション感の強い媒体とは基本的に無縁だ。
例外で大きな動きに見えるRIZINなんかでGEZANの曲が使われるのは、本当に心ある個人に選ばれているだけだ。本当だけで関わるのは何にも変え難い喜びで感謝している。思えば今までもずっとそうで、会社の正門から何かが決まることなんて稀で、いつだって自分は個人の情熱に情熱でこたえてきた。今GEZANを選ぶということはもれなく強い意志なのだと言い切れる。
動く金額も増え、リスクも稼動も上がり事務所やマネージャーなど少しずつ何か座組みを変えていかないといけない時期なのかなとか考えないこともないけど、難波ベアーズの頃から何一つ変わってない座組みのこれがGEZANの血肉の通った剥き出しの現在地です。

感じたことを感じたまま表現する時に間に入る人が増えれば増えるほどぼやけていくものが、世界の急速な混乱に向き合えるのかとわたしは疑問を持っている。例えば新宿で行った「NO WAR 0305」だって、間に立つ人が増え、コロナ禍に人を集めることに歯止めがきかなかったら?とかリスクの話でひよっていたとしたら五日間で開催などできなかったと思う。ずっと怖かったけどね。
自分の意志で動ける人であるかどうか、そんな仲間が周りに集まっているかどうかはプロモーションや数字では到底測ることのできない評価だと思う。過剰な資本主義の加速はわたしたちをふるいにかけるけど、どうやっても消し去ることのできない体温や血に選択する機会を残して欲しい。別にお金を頭から否定するつもりなんてなくて使い方次第でそれが愛に変えられることも、その恩恵だって知っているつもりだ。抱えたディッキーズの負債だって年明けにリリースするアルバムで倍返しで取り返すさ。作ることの喜び、背負うことの怖さ。わたしたちは東京に戻り、翌日から最後のミックスに入る。

そんなことを思っていると飛行機が降下し始め、泣き止んでいた赤ちゃんが違和感にまた泣き出した。16:30雲の上の夕暮れが綺麗だ。こんなに綺麗な街にいること雲の下にいる時はすぐに忘れてしまう。わたしも初めて出会ったことのようにいちいち驚きたい。うまくいかなくて悔しいことはちゃんと悔しいと思いたい。当たり前のことなんてなくなった世界で。

 

 

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    美術史家。ニューヨーク大学で西洋美術史を学んだのち、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。現在、東京大学経済学研究科特任研究員。ルネサンス期における芸術家のイメージと、その社会的・政治的背景を研究。ルネサンス以降の芸術家像も研究対象。著書に『ジョルジョ・ヴァザーリと美術家の顕彰』。壺屋めり名義で刊行された『ルネサンスの世渡り術』も好評発売中。

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      長野生まれ。個人的な体験と政治的な問題を交差させ、あらゆるクィアネスを少しずつでも掬い上げ提示できる表現をすることをモットーに、イラストレーター、コミック作家として活動しつつ、エッセイなどのテキスト作品や、それらをまとめたジン(zine,個人出版物)の創作を行う。