scrap book スクラップとは、断片、かけら、そして新聞や雑誌の切り抜きのこと。われらが植草甚一さんも、自分の好きなものを集めて、膨大なスクラップ・ブックを作っていた。ここでは、著者の連載から、対談、編集者の雑文など、本になる前の、言葉の数々をスクラップしていこうと思います。(編集部)

第4回 耐えるしかない日々

精神疾患、自殺未遂、貧困、機能不全家族など、いくつもの困難を生き抜いてきた著者は、あるとき気がついた。じぶんの生きづらさは、女であることでより深刻化させられてきたのではないか。かつて一ミリも疑ったこともなかった「男女平等」は、すべてまちがいだったのではないか。女であることは、生きにくさにつながるのか? ジェンダーの視点を得ていま語る、体験的エッセイ。

兄と私は部屋が別々だ。小学生の時は一緒だったが、夜になって兄から嫌なことをされる日々が続き、その最中に両親が部屋を訪れて兄の悪事が発覚した。その時、私は兄といた部屋から出されて、父と母が寝ている部屋に移動させられた。その後、父と母は兄を怒鳴り、足で蹴っ飛ばした。随分ひどく叱られたようだが、特に警察に突き出されるでもなく、兄だけどこか別の親戚に預けられるなどはされなかった。ただ、寝るときの部屋が別々になっただけだった。

私は一人で眠るようになってから、悪夢にうなされるようになった。お化けが見えたり、脂汗が額を流れ、泣き出したり、騒ぎ出したりした。大人になってからある医師に「複雑性PTSD」だと言われた。複雑性PTSDとは主に家庭内での性虐待を受けた人に付けられる病名だ。まだ十代で、人生がこれからなのに、私は兄によって傷つけられ、精神がおかしくなった。それでも必死に学校へ通っていたが、病気のせいか勉強にあまり集中することもできず、成績は伸び悩んでいた。

そんな私だったが、学校から帰ると兄の部屋に入り浸っていた。兄は部活に入っていて、帰るのが遅いので、その間に兄の部屋にあるゲームをずっとやっていたのだ。兄の部屋にはテレビとビデオがあり、ゲーム機もあるが、私の部屋には何もなかった。兄妹というものは決して平等にはしてもらえない。お年玉も兄の方が倍もらうし、何かと言えば兄が優先だった。兄の部屋でゲームをやって飽きてくると、兄の部屋にある漫画を読んだ。ふと、兄の部屋にある家具の扉を開けてみたら、そこには大量のエロ本が積み重なっていた。子供の頃、兄に探すように言われていたが、当時はなんだか分からなかった。今はある程度理解している。

私は好奇心で一冊を手に取った。「校内写生」というタイトルでエロなのかどうか判断がつかない。ページを開くと女の子がブルマー姿にさせられて、そのブルマーの匂いを体育教師が嗅いでいた。エロというより変態だと思った。性的興奮よりも嫌悪感の方がまさった。他の漫画も開いてみると、胸や下腹部があらわになり、セックスをしている男女の姿があった。私は下腹部が熱くなるのを感じた。自分の中の性欲を感じたのはこの時が初めてだった。それと同時に兄が私にしたことの意味が次第に輪郭を増してきて、私は自分の欲望とうまく付き合うのが難しくなった。汚いことであり、憎むべき行いなのに、私はそれを欲している。もちろん兄に対してではないのだが、性欲があることが汚らしく思えた。

中学二年の文化祭の時、三年生のクラスがお化け屋敷をやった。

「あのクラスのお化け屋敷すごいらしいよ」

クラスメイトたちがそう言っていたので、私は入ってみることにした。クラスの中に仕切りを作り、柳の枝や生首などが飾られていて確かに手が込んでいる。そして、時々、血糊がついた和服を着て仮装した上級生がお化けとして襲ってくるので、思わず声を上げてしまう。そんな感じで歩みを進めていると、自分の足元から男性の顔が出てきた。ライトで照らされた男の顔が真下から私を見上げている。どうやら透明のプラスチックの板を敷いて、その下に隠れていたらしい。相手はお化けとしてこちらを脅かしているのだろうが、私は怒りと恥ずかしさでいっぱいになった。真下から覗いたらスカートの中が丸見えじゃないか。私はこのお化け屋敷に悪意を感じた。クラスの担任やクラスメイトに伝えたのだが、みんなどうってことない表情を浮かべていた。みんな自分のスカートの中を意図的に見られたことに怒りを感じないのだろうか。私は誰からの同意も求められなくて、うんざりして座り込んだ。

文化祭当日の学校はお祭り騒ぎで私の怒りはクラスメイトの嬌声にかき消されてしまった。文化祭が終了して体育館で、出し物の順位が発表された。一位はまさかのお化け屋敷だった。私はちょうど隣にいた担任に声を荒げて話しかけた。

「あの出し物、スカートの中を覗いていたんですよ!」

男の担任は聞こえているのかいないのか、ニヤニヤ笑っているだけだった。この中で怒っているのは私だけのようだった。

三年生になり受験勉強が始まる。私は相変わらずハゲ先生の元に通っていた。苦手な数学で点を取るにはここに通うしかなかった。胸を触られながら勉強を教えてもらう。私は自分の肉体を差し出す代わりに勉強を教えてもらっていた。苦しかったし、情けなかった。しかし、その甲斐あって第一志望の県立高校に合格した。中学ではイジメに遭っていたので、遠くの高校に通えることになってホッとした。同じ中学からは10名に満たない程度しか進学しないのだ。ただ、電車通学と、駅から30分かかる自転車通学が憂鬱だった。

高校生になった。中学校はセーラー服だったけれど、高校からはブレザーになった。少し大人になれたようで嬉しい。そして、高校入学と同時に肩まであった髪をベリーショートにした。切ってくれた美容師さんは「お客さんはショートが似合いますね」と言ってくれて嬉しかった。ショートヘアの私はまるで男の子みたいだった。でも、それがなんだか気に入った。女だけれど男に見える自分に安心していた。思えば私は自分が女であることをずっと嫌悪していたのだ。勝手に触られる胸、勝手に覗かれる体。私の体なのに男たちはまるで自分のもののように扱う。私は男に見られたかった。男に見られれば、女であることで起きる厄災から逃れられるのだと思ったからだ。周りの女の子たちは髪の毛を伸ばし、爪を綺麗にし、うっすら化粧をしているのに、私は真逆をいっていた。

高校に通うようになって、なんとなく、同じ中学出身の子たちと駅で待ち合わせて、通学することになった。髪が長くてとびきり可愛い女の子と、私の卒業アルバムに「ブス」と書いた女の子、中学で友達になった子と通うようになった。朝のホームはとても混んでいる。ほとんどがグレーのスーツを着たサラリーマンで、学生服がパラパラと散らばっている感じだ。私たちは下りの電車なので、電車内はそこまで混んでいなかった。多少の余裕があって、友達とおしゃべりに興じることができた。ある時、中学のクラスメイトにたまたま会って、立ち話をしていたら、その子は家に遊びにおいでよと言ってくれた。中学の時はその子の家に遊びに行ったことがなかったので、ちょっと驚いた。家に上がってジュースとスナック菓子を開ける。

「ねえ、エリコちゃんは電車で痴漢にあってない?」

突然、そう問いかけられた。

「えー、私は友達と通っているんだけど、まだあってないよ」

ポテトチップスを手にしながら答える。

「いいなー。私はもう、毎日だよ! 上りの電車は本当にギュウギュウでさ。そのうち、気がつくと、スカートがどんどん上に上がっていくの。最初なんでなのかと思ったけど、周りにいるおっさんの仕業なんだよね。他にもお尻とか揉まれたりするよ。本当に憂鬱だよ」

サイダーを手にしながら友達が声を荒げる。

「えー! やっぱり痴漢って本当にいるんだ。駅員さんに突き出すとかできないの?」

私は驚きながら答える。

「いやー、それは無理だよね。体が完全に密着する電車の中で、どれが犯人なのかわからないし。やっぱり怖いし。それに、駅に着けば解放されるから。頑張って耐えてるよ」

私は同じ年の女の子が見知らぬ男性から毎日、体を触られていることが怖かった。痴漢の存在は知っているけれど、それが現実として目の前に現れると思っていなかったのだ。痴漢は確実にいる。そして、まだ15歳の女の子がそれに耐えている。理不尽、という言葉が頭をよぎったが、私もずっと耐えてきたことに気がつく。私たち女はとても早い段階から男たちの悪さをずっと耐えてきている。なぜ、耐えなければならないのか、なぜ、我慢しなければならないのか。たくさんの「なぜ」が湧き出て止まらない。それに対する答えは「女だから」という答えにもならない答えしか出てこない。私は憂鬱な気持ちで友達の家を後にした。

それからも電車通学は続けていたが、痴漢の被害にはあわなかった。ただ、一緒に通学しているとびきり可愛い子を別の高校の男子生徒が笑って見ていた。

「なんで、あいつら笑ってのかな」

私がイライラしながら答えると、

「あ…! これだ」

そういって可愛い子はバッグから紙切れを取り出した。それはエロ本の一部で、女が裸になって腰をくねらせていて、背景には下品な文字が舞っていた。多分、あの男子生徒が入れたのだろう。

「超ムカつく!」

私の友達はそれを可愛い子から奪い取ってホームのゴミ箱に捨てた。可愛い子は「あはは」と力無げに笑った。全く知らない男性からの性的嫌がらせ。これを耐え続けるのか。いつまで? 自分に問うたが答えが出ない。

学校での授業が終わり、駐輪場に停めてあった自転車に鍵を差し込む。部活に入っていない中学の友達と待ち合わせて一緒に帰る。学校から駅までは30分近くかかり、人気のない畦道や田んぼの道を延々と漕ぎ続けなければならない。友達と一緒に自転車を走らせながら、くだらないおしゃべりを続けていた。その時だ、突然草むらから男性が現れた。その男性の下半身は素っ裸だった。男性は私たちを見ると大きめの声でこう言った。

「これが君たちのおまんこに入るんだよ〜〜〜〜〜〜〜」

私たちは声を上げることもできず、ひたすら自転車のスピードを上げた。怖い、怖い、怖い。息を切らしながら必死に逃げた。この国の男たちは狂っているのかもしれない。しかし、痴漢や露出行為が男性から女性へのものばかりだと考えると、男性はきちんと頭で考えているのだろう。力の強いものは弱いものをいたぶる。力のない私たち女は男の暴力をただひたすら耐えるしかないのだ。