偏愛百景

第4回 うちわの少年

東京では作家、愛媛ではお百姓の二拠点生活。毎週やってくる連載の締め切りと愛媛での怒涛の日々を送る。好きなものを残すためなら猪突猛進、実家周辺の景色への「偏愛」から太陽光パネルになる予定の農地を買ったとか。 高橋久美子の原動力は「偏愛」だという。日々の生活が少々不便でも、困ることがあっても、こうしたいのだから仕方ない。 「偏愛」を軸に暮らす様子をつづる、ひとりごと生活記録。

高崎から乗った新幹線は満席で、私はかろうじて三人がけの端っこに空席を見つけて座った。その日、雑誌の企画で編集さんやカメラマンさんと桐生を訪れた帰りだった。猛暑だったこともあり、疲れ果てて座席で目を閉じ休んでいると、
「おかしいわねえ。さっきから連絡してるのに、お父さん電源切ってるのかしら」
隣席の人たちの会話が聞こえる。
隣に座る60代くらいの女性二人は、一人は真っ赤なワンピースを、もう一人は目が覚めるようなピンク色のシャツを着て一際目立っていた。
「えー、おかしいわねえ。私の携帯でかけてみる?」
友達の電話を借りてかけてみても、やっぱり繋がらない様子。

「あのう、もしかしてauですか?」
私は声をかけてみた。夕方の6時を過ぎているというのに今まで、通信障害のニュースを知らないはずないだろうと思ったけれど、話すと本当に二人とも知らなかった。目を丸くさせて新鮮な驚きを見せるのだった。
それにしても、この時代に朝から今まで携帯を全く見てないというのもなかなかツワモノじゃないか。電波を切ってなにかに熱狂していたに違いない。私は知っている。さっきから上の荷物台に置かれたリュックから、うちわの赤い柄が出ているのを見逃していないぞ。
「あの、もしかして新潟でやってたライブに行ってました?」
「え! どうして分かるの、あなたも行ってたんですか?」
いえ。そういうわけではないんですけど……。

今朝7時の上信越新幹線の車内が異様なほど満席だったので、これはただごとじゃないなと思った。しかも見渡すと若い女子ばかりなのだ。斜め前の女の子などはコテを出して、真剣に髪の毛を巻いてるじゃないか。ガールズコレクションでもあるのだろうか。新潟で? まさかなあ。しばらくすると新幹線内で放送が入り、その列車が臨時列車であることを知った。新潟で、一体なにがあるのいうのだ。

そんなことより、朝の私は携帯が壊れたと思いこんで焦っていた。買い替えたばかりというのに、料金の滞納でもしてしまっただろうかと頭をかかえた。
よりによって、その日は初めて会う編集者と東京駅の上信越行きの改札前で待ち合わせ、新幹線に乗ることになっていた。しかし、出発の10分前になっても彼女は現れなかった。携帯を持ってなかったときはどうしてたっけ? 駅員さんに尋ねると、どうやら改札がもう1ヶ所あるという。私は言われた改札を目指し走った。そういえば、90年代のドラマは、いつもすれ違いで、こうして主人公たちは常に走っていた気がする。
こんなスリルは久々で、少しわくわくしている自分がいた。私が海外旅行へ携帯なしででかけるのは、予定通りにいかないことを心の奥底では待っているからなのかも知れないな。
土壇場の勘を取り戻してどうにか携帯なしで、私は編集者と巡り会えた。あの感動といったら、これからロケがはじまるというのに、もうゴールテープをきったような朝だった。
もったいない。私たちは安心や便利と引き換えに、日々のトキメキみたいなものを捨てていたのだ。久々のしびれる経験は私たちに忘れていたことを思い出させて、でもまた静かに何もなかったように戻ってしまったんだけれど。

「うちわ、見ます?」
彼女は、立ち上がり大きなリュックサックから、大きなうちわを引き出した。瞳の中がきらりと光った少年の顔がプリントされていた。ジャニーズのアイドルグループの一人なんだそうだ。この子が推しで、息子のようにかわいく思えるんだと言った。このグループのいわゆるおっかけをしていて、今回は運良く3会場もチケットが取れたのだと嬉しそうに話した。ジャニーズは朝と夕方の2公演あるというのは聞いたことがあったが、朝の公演が当たったから前日から泊まりで新潟へ行ったのよねと、隣に座るピンクのシャツの友人に話をふる。彼女は、それまで全く興味を持ってなかったけれど、今回はじめてコンサートに同行したんだそうだ。
「どうですか? はまりそうですか?」
「そうねえ、でもやっぱり私はYOSHIKIの方が好きね」
ほお!
昨日から新潟観光をして、それからライブに行って、携帯なんてひとつも見てなかったわねと二人は少女みたいに笑った。

新横浜駅に着こうとしたとき、
「見て、横浜アリーナよ。今度はここに来るの」
と赤い服の女性が目を輝かせる。
「でも、実は私ファン歴そんなに長くないのよ。3年前になんとなくYouTubeを見たの。そしたら、息子くらいの年の彼らがきらきら踊っていて、いいなあ応援したいなって思って、それで急に追いかけはじめたの」
東京駅に着く間際、照れくさそうに彼女は言った。

それから、
「あなたは、追いかけている人はいないの?」
そう聞かれて、私はここまで誰かを好きになって追いかけたことがないなと思った。自分が作ることに夢中だからかもしれない。いつか、自分ではない誰かに胸焦がし、追いかけるのもいいな。でもそういうのはやろうと思って始めるのでなくて、彼女のように急に始まるのだ。恋のように。
一時間の間、名前も知らない二人と話して、また私たちは別れた。うちわの赤い柄が飛び出した大きなリュックサックを背負って、二人は雑踏に消えていった。

同じ景色をみても同じ道を歩いても、人によって見えているものや感動のポイントは違ったりする。でも、アイドルであれ相撲であれ盆栽であれ、なにかに胸をときめかせている人の情熱や眼差しは、同じだ。何かに夢中になっている人の話を聞くのが私は好きだ。深く掘り進めた人にしか到達できないボーナスステージ。そこに立つ人はみんないい顔をして、一様に愚痴や文句を言わなかった。そんな暇はないのだろう。そして、前しかみていない。
自分の知らない分野であればあるほどかっこええなあと、尊敬の眼差しになる。やっぱり、そういう人と一緒にいたいし、自分もずっとそんな目を持ってたいなと思うのだった。

 

 

高橋久美子作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、アーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。主な著書に小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。近著に、エッセイ集『その農地、私が買います』(ミシマ社)がある。