第3回 「タトゥーお断り」は法令違反?

世界中で伝統文化として認められ、ファッションとしても受け入れられているタトゥー。ひるがえって日本ではどうだろう。 彫り師は相次いで摘発され、タトゥーを入れた芸能人は容赦ないバッシングにさらされる。他人の身体やアートの領分なのに、激しい感情が噴き出すのはなぜなのか? タトゥー批判を読み解けば、お節介で過干渉な日本社会の歪んだ「優しさ」が浮かび上がる。新聞とネットをまたにかけてサブカルチャーを追い続けてきたジャーナリストが提示する、窒息寸前社会のためのYESでもNOでもない第3の選択肢。

入浴施設では「タトゥーお断り」。半ば常識のようになっているが、実は業界の自主ルールに過ぎず、法律的な裏付けがあるわけではない。それどころか、タトゥーを理由にした入浴拒否を「法令違反にあたる可能性がある」と指摘する専門家もいる。

公衆浴場法には、次のような規定がある。

4条:営業者は伝染性の疾病にかかつている者と認められる者に対しては、その入浴を拒まなければならない。

5条1項:入浴者は、公衆浴場において浴そう内を著しく不潔にし、その他公衆衛生に害を及ぼすおそれのある行為をしてはならない。

5条2項:営業者又は公衆浴場の管理者は、前項の行為をする者に対して、その行為を制止しなければならない。

4条は伝染病にかかっている人を「拒まなければならない」とする施設側の義務を定めている。また5条1項は利用者に対して浴槽の衛生を害するおそれのある行為を禁じ、2項でそうした行為を制止するよう施設側に義務づけている。

 

意外な閣議決定

こうした規定を踏まえ、民進党(当時)の初鹿明博衆院議員は2017年2月、公衆浴場の「タトゥー拒否」について質問主意書を提出し、政府の見解をただした。

「一部に入れ墨がある人の入浴を断っている公衆浴場があります。入れ墨があることのみで公衆衛生に害を及ぼすことはないので、法律上入浴を拒むことはできないと考えますが、政府の見解を伺います」

この質問に対して、政府が閣議決定した答弁書の内容は「入れ墨があることのみをもって、対象者がり患者に該当し、または当該入浴が当該行為に該当すると解することは困難である」というものだった。

短い割に、随分と持って回った言い回しである。要するに「刺青・タトゥーがあるという理由だけでは、施設側は入浴を断ってはいけない」と理解してよいのだろうか。

厚生労働省生活衛生課は取材に対し、「基本的にはおっしゃる通りです。刺青があるだけでは、感染症にかかっているとか、浴槽を著しく不潔にするとは言えず、公衆浴場法上は入浴を拒むことはできません」と回答した。

 

厚労省の見解は……

ということは、公衆浴場のタトゥー拒否は法律違反? 重ねて問うと、「ただ……」と担当者が続けた。

「極端な例をあげれば、酔っ払っている客や危険行為に及ぶ客もいます。ですから、条文を反対解釈して『それ以外の場合は拒否してはいけない』という風にも取りづらい」

「危険な人や泥酔者の入浴を拒否するのは、法律ではなく社会通念上の判断。事業者の方が個々に(タトゥー禁止などの)取り決めを設けていますが、法令違反というわけではありません」

法律上の根拠はないけれど、施設側が自主ルールでタトゥー客を断る分には勝手にどうぞ、といったところか。しかし、言うまでもなく飲酒や危険行為は、それぞれタトゥーとは別個の問題だ。

しらふのタトゥー客とタトゥーなしの酔っ払いでは、どちらが危険か。身ぎれいなタトゥー客とオムツが外れたばかりの幼児では、どちらが「浴そう内を著しく不潔」にする可能性が高いか。

幸いタトゥーはお湯に溶けないし、一緒に入っても「うつる」ことはない。不快だ、怖いと思ったら、目を背ければあっという間に視界から消すことだってできる。

法律の趣旨に基づき、予見される「実害」に基づいて客観的に判断する方が、理にかなっているように思うのだが。

 

「法令違反の可能性」指摘も

公衆浴場のタトゥー拒否は「社会通念上の判断」であり、法令違反には当たらないとする厚労省。

だが、「タトゥー医師法裁判」の一審・二審で主任弁護人を務めるなど、タトゥーをめぐる法規制に詳しい亀石倫子弁護士は、この見解に真っ向から異を唱える。鍵となるのは二つの最高裁判決だ。

最高裁は1955年、公衆浴場の配置に関する距離制限をめぐる憲法裁判の判決で、「公衆浴場は、多数の国民の日常生活に必要欠くべからざる、多分に公共性を伴う厚生施設である」と述べている。

また、1989年の別の裁判の判決も「公衆浴場が住民の日常生活において欠くことのできない公共的施設であり、これに依存している住民の需要に応えるため、その維持、確保を図る必要のあることは、立法当時も今日も変わりはない」としている。

亀石弁護士は「公衆浴場法の4条と5条、そして公衆浴場が『国民の日常生活に欠くことのできない公共的施設』であることを踏まえると、現実に『公衆衛生に害を及ぼすおそれのある行為』をしていないにもかかわらず、公衆浴場がタトゥーがあるという理由だけで入浴を拒否するのは、公衆浴場法の趣旨に反する、つまり法令違反となる可能性があると考えます」と指摘する。

 

公共性と優遇措置

銭湯は自治体からの様々な補助や、水道料金の減免を受けている。両判決のいう「公共」的な施設だからこその優遇措置だ。

東京都や都水道局によると、こうした補助や減免を受けられるのは銭湯などの「普通公衆浴場」に限られ、スーパー銭湯や健康ランドなどの「その他の公衆浴場」は対象に含まれないという。

銭湯を暮らしに欠かせないライフラインと捉えるなら、病気や衛生の心配がないのにタトゥーだけを理由に利用を拒むことは「不当な差別」ということになるかもしれない。

時代の変化によって内風呂が普及した結果、いまや銭湯がなくても入浴には困らなくなった。外で風呂に入るのはむしろ贅沢なレジャーであり、公衆浴場の公的な性格は薄まりつつある。だからタトゥー客を拒否するのも自由だ――。

こんな反論もあり得るだろう。その場合、公的な優遇措置の是非をどう考えるかが、ひとつの焦点になりそうだ。

もし、タトゥーを理由に入浴拒否された人が銭湯を相手取って裁判を起こしたら、2020年の裁判所は一体どんな判断を下すのだろうか?

1983年、埼玉県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2005年に朝日新聞社入社。文化くらし報道部やデジタル編集部で記者をつとめ、2015年にダンス営業規制問題を追った『ルポ風営法改正 踊れる国のつくりかた』(河出書房新社)を上梓。2017年にBuzzFeed Japanへ。関心領域はサブカルチャー、ネット関連、映画など。取材活動のかたわら、AbemaTV「けやきヒルズ」やNHKラジオ「三宅民夫のマイあさ!」にコメンテーターとして出演中。

第2回 グロテスクな「おもてなし」

世界中で伝統文化として認められ、ファッションとしても受け入れられているタトゥー。ひるがえって日本ではどうだろう。 彫り師は相次いで摘発され、タトゥーを入れた芸能人は容赦ないバッシングにさらされる。他人の身体やアートの領分なのに、激しい感情が噴き出すのはなぜなのか? タトゥー批判を読み解けば、お節介で過干渉な日本社会の歪んだ「優しさ」が浮かび上がる。新聞とネットをまたにかけてサブカルチャーを追い続けてきたジャーナリストが提示する、窒息寸前社会のためのYESでもNOでもない第3の選択肢。

「みなさんと銭湯に入れて嬉しいです。 WELCOME TO KUMAMOTO」

くまモンのイラストに、こんなメッセージをあしらったシールが、熊本県の銭湯で配られた。

タトゥーを入れた外国人客への「おもてなし」をうたう県の事業の一環で、ラグビーW杯と女子ハンドボール世界選手権が開催された2019年9〜12月の間、熊本市内の1施設に限って配布されたものだ。

県のホームページには、次のようにうたわれている。

・熊本を訪れた外国人の方の中には、家族愛などの理由でタトゥーを入れた方もおられます。

・今期間中は、このような外国人の方を熊本のおもてなしの心でお迎えしようと、〇〇湯でのご利用に限り、タトゥーのある外国人の方に「“おもてなし”シール」を貼って入浴していただきます。

シールの大きさは縦11センチ×横9センチ。タトゥーを隠すために使ってもいいし、それ以外の場所に貼っても構わないという。

 

やさしい踏み絵

報道で取り組みを知り、うすら寒いものを感じた。「おもてなし」と言いつつ、踏み絵を迫るようなやり口。やさしさの皮をかぶった柔らかな管理と同化。慇懃なお目こぼし。

寛容のポーズこそとっているものの、結局のところ「郷に入っては郷に従え」の婉曲話法に過ぎないのではないか? これならいっそ、全面禁止の方がすがすがしい気さえする。

ネット上では「いい取り組み」と評価する声の一方で、「シールを貼る人の心を勝手に代弁するようなメッセージ」「ここまでグロテスクな『おもてなし』なかなかない」など、反発も広がった。

次回以降に後述するが、タトゥー客向けに無地のシールを配る試みはほかの宿泊施設や温浴施設でも行われている。官主導の事業であること、そして「みなさんと銭湯に入れて嬉しいです」という文言が炎上を加速させた面は否めないだろう。

 

日本人差別?

シールの配布対象者は外国人のみで、日本人のタトゥー愛好者は期間中も変わらず利用禁止。「タトゥー差別」を緩和するために、新たに「日本人差別」を引き起こしてしまったのだとしたら皮肉なことだ。

そもそも、外国人かどうか、どのように見分けたのだろうか。

熊本県の広報グループは「実施場所の銭湯にはもともと外国の方もある程度来ており、『かなりわかる』と自信を持っていたので、ご判断はお任せしました。おもてなしシールは、お互いに気持ちよくお風呂を楽しむためのツール。入り口のところで『証明するものを出して』とギリギリ詰めると、おかしくなってしまうので……」と説明する。

映画『テルマエ・ロマエ』の阿部寛のように「古代ローマ人」と言っても通りそうな日本人もいれば、彫りが浅く日本人のような顔立ちの外国人もいる。「平たい顔族」は何も日本人ばかりではないのだし。

国籍で区別するという発想自体がナンセンスだが、それをいったん脇に置くとしても、対象者の選別基準の不透明さには疑問が残る。

 

利用者はたった1名

県によれば、期間中この銭湯を訪れた人は2557人で、前年の約1.4倍。このうち外国人は132人で、フランス(48人)、香港(20人)、中国(11人)、台湾(11人)、マカオ(11人)からの客が多くを占めた。

しかし、実際におもてなしシールを利用したのはたった1名。イギリス人の女性だけだった。

おもてなしシールを含む、「銭湯くまモン」事業に投じられた予算は約900万円。事前に300枚ほどのシールを準備していたというだけに、随分と寂しい結果だ。

県の担当者も「想定よりも少ない」と認める。タトゥーを入れた外国人観光客にシールの存在が十分浸透していなかったか、知ってはいたが利用するには至らなかった、ということだろう。

ネットでの批判は県も承知している。「あくまでも国際スポーツ大会に合わせた試行的な取り組みであり、永続的なものではありません。今回の結果を民間の銭湯や温泉でも参考にしていただければ」(広報グループ)

 

銭湯は原則OKのはずが……

もうひとつ、私が違和感を抱いたのが、もともと銭湯は基本的にタトゥーOKのはずではないのか?ということだった。

これには説明が必要だろう。日本の公衆浴場は一律「タトゥー・刺青NG」だと思っている人も少なくないが、実は街場の銭湯は原則的にタトゥー客も受け入れている。

2200軒あまりの銭湯が加盟する「全国浴場組合」は取材に対し、こう回答した。

「当組合に加盟している施設では、基本的に刺青のある方もお断りしていません。サウナやスーパー銭湯では刺青お断りの店もあるため、銭湯もそうだろうと思われがちですが、以前から同様の対応です」

「ただ、過去のトラブルなどを理由に個別にお断りしているお店もあるかもしれないので、できれば事前に電話で確認していただけると安心だと思います」

 

方針のねじれ

ところが、熊本県の公衆浴場業生活衛生同業組合は、おもてなしシールが配られた銭湯も含め、加盟する11施設すべて「タトゥーお断り」だ。

全国浴場組合と熊本県の組合とで、方針に「ねじれ」があることになる。

県組合によれば、都道府県によって対応は異なり、熊本の場合は各浴場の判断に任せているとのこと。以前はタトゥーOKの施設もあったが、廃業してしまったそうだ。

「大阪など下町文化が根付いている地域では、刺青をした人が銭湯に来ることも日常的にありますが、熊本は違います。お客さんあっての銭湯なので、『怖い』という人がいる以上、お断りするしかありません」

客商売としてクレームを意識せざるを得ない施設側の心情は理解できる。だが、銭湯は公衆浴場法に規定されたライフラインでもある。

果たして「怖い」「不快」といった苦情を理由に、客を拒否することは許されるのか。次回は「お風呂とタトゥー」をめぐる法律面を掘り下げてみたい。

1983年、埼玉県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2005年に朝日新聞社入社。文化くらし報道部やデジタル編集部で記者をつとめ、2015年にダンス営業規制問題を追った『ルポ風営法改正 踊れる国のつくりかた』(河出書房新社)を上梓。2017年にBuzzFeed Japanへ。関心領域はサブカルチャー、ネット関連、映画など。取材活動のかたわら、AbemaTV「けやきヒルズ」やNHKラジオ「三宅民夫のマイあさ!」にコメンテーターとして出演中。