内戦下のシリアは、実はアラブ諸国の日本アニメ放映での翻訳拠点だった。ラブライブ、鬼滅、ジョジョ、宇崎ちゃん……日本で流行っているアニメは、シリアのオタクのなかでも流行っている。内戦下でもたくましく、したたかに活動するシリアのオタクたちの日常を通して、知られざるアラブ世界のおたく事情を伝えるレポマンガ&エッセイ。遠く離れたシリアに自分たちと同じオタクがいて、そんな彼らが、自分たちとまったく同じものが好きで、同じアニメを見ていると考えると、なんだか平和が近づいている気がしませんか?
【一言コラム】
日本の学校楽しそう?
以前、あるシリア人オタクがSNS上で、「学園もの」の日本アニメの画像とともに、「学校生活は、アニメの中だけで輝いている」という「格言」を投稿したことがありました。この投稿のことを私に教えてくれたオタクの女性は、ダマスカスで有名な公立女子高の卒業生でしたが、「学校ではいい友達に巡り合えたけれど、学校での良い思い出、というと思いつかない。学校行事と呼べるものが無いから・・。日本の女子高にはお祭り(文化祭)があるというのを、アニメで知ったときは驚いた」と話していました。
シリアの公立学校には、基本的に文化祭や体育祭、クラブ活動がありません。課外活動としてスポーツをやりたい生徒は地元のスポーツクラブに入り、音楽をやりたい生徒は、与党バース党青年部のブラスバンドに入るか、教会のスカウトのブラスバンド・合唱隊に入る(生徒がキリスト教徒の場合)選択をします。全校生徒が参加する学校行事といえば、独立記念日や、戦勝記念日を祝賀する行事ですが、形式通りのスピーチ(現政権を称賛する内容)の後、大統領や軍をたたえる歌を歌うといった内容で、この行事を楽しむ生徒はほとんどいません。
ある仕事で、シリア人の学生と一緒に日本の漫画を翻訳していた時のことです。作業を始めた当初は順調でしたが、「先輩」「後輩」という言葉が出てきたとき、困ってしまいました。「先輩」「後輩」にあたる適当なアラビア語がなかったのです。仕方なく、二語以上を用い訳しましたが、この時共に作業をした学生に「そういえば、学校の『先輩』たちのことをほとんど覚えていない。唯一覚えているのは、同級生のお兄さんぐらいかな」と言われました。
シリアの社会にも上下関係はもちろん存在しますが、学校においては、クラブや委員会活動が無いので、上級生・下級生が接する機会がほとんど存在せず、「先輩」「後輩」の関係が生まれないのです。加えて、同じ学年でもクラスが違うと「同窓生同士」という意識もほとんど生まれないようです。親族や近所同士などでは濃密な人間関係が見られるシリアですが、公立学校における人間関係はドライなもののようです。
シリア人オタク達は、「時に厳しく、時に優しい先輩」の存在に憧れていますが、シリアの学校でもこうした関係が生まれることを望むか聞いてみると、「うーん・・親戚や隣近所同士でいろいろな付き合いがあるから、この上、学校で濃い関係が生まれると結構面倒かも・・」と、複雑な思いを抱いているようでした。
天川まなる
大阪府在住。漫画家。アラブ文化エッセイ漫画を中心に活動。漫画家アシスタントシェアグループPASS代表。漫画講師。アラビア語、アラビア書道、イスラーム全般を勉強中。イスラーム圏のシリア、エジプト、マレーシア、ブルネイなど漫画ワークショップの経験あり。長年の漫画家アシスタント技術を生かし、中田考との共著『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』(サイゾー)、『俺の妹がカリフなわけがない!』(晶文社)。