第3回 留学生から聞くシリアのオタク事情2

内戦下のシリアは、実はアラブ諸国の日本アニメ放映での翻訳拠点だった。ラブライブ、鬼滅、ジョジョ、宇崎ちゃん……日本で流行っているアニメは、シリアのオタクのなかでも流行っている。内戦下でもたくましく、したたかに活動するシリアのオタクたちの日常を通して、知られざるアラブ世界のおたく事情を伝えるレポマンガ&エッセイ。遠く離れたシリアに自分たちと同じオタクがいて、そんな彼らが、自分たちとまったく同じものが好きで、同じアニメを見ていると考えると、なんだか平和が近づいている気がしませんか?

 

(次回に続く)

 

【一言コラム】日本アニメ専用チャンネル・スペーストゥーン

アラブ圏で最も知られたアニメ専用チャンネルは、MBC3とスペーストゥーンです。MBC3が主に米国製アニメを放映しているのに対し、スペーストゥーンが放映するアニメの多くは日本製です。アラブ圏で大人気の「NARUTO」「ONE PIECE」「名探偵コナン」は、いずれもスペーストゥーンが放映したものです。このスペーストゥーンは現在アラブ首長国連邦等に拠点がありますが、元々はシリアの首都ダマスカスで2000年に設立された会社です(MBC3はサウジアラビア資本)。

スペーストゥーンのアニメのアラビア語吹き替えは、フスハーと呼ばれる正則アラビア語ですが、それでも時々「コナン君やルフィーが、少しシリア訛りになっている・・」と感じることがあります。スペーストゥーンは、日本を含む世界のアニメの買い付け、配給を行なうだけでなく、翻訳、吹き替えも自前で行なっているのです。

スペーストゥーンの前身は、1985年にダマスカスで設立された「マルカズ・ズフラ」という会社です。この会社は、日本製アニメのアラビア語への翻訳、編集、吹き替えを専門に行う会社でした。当時、日本製アニメを日本語から直接アラビア語に翻訳し、吹き替えることのできる会社は、アラブ圏にありませんでした。日本製アニメのほとんどは、英語版から重訳されていたのです。翻訳・吹き替え事業で成功した「マルカズ・ズフラ」の創業者ファーイズ・サッバーグ氏は事業を拡大、自社でアニメの配給を行なうべくスペーストゥーンを設立し、現在に至っています。なお、スペーストゥーン以外にも、シリア国内には、アニメや外国のテレビ番組の吹き替えを、アラブ諸国のテレビ局向けに行なう会社が複数あります。シリア人のフスハーの発音が正確で聞きやすいことに加え、人件費が安いことが、シリア国内の会社に受注するメリットのようです。

スペーストゥーンに所属する声優の大半はシリア人で、俳優と兼業しているケースが多いです。「名探偵コナン」のコナン役をつとめるアーマール・サードッディーンさんは、シリア北西部ラタキア出身の女優で、ある人気ドラマではラタキアの方言丸出しで喋る農家のおばさん役が当たり役になりました。「ONE PIECE」の初代ルフィー役をつとめたジヤード・リファーイーさん(1967年生まれ)は、シリアでは珍しい専業の声優で、「ドラゴンボール」の孫悟空役でも知られていましたが、2009年に交通事故で急逝、現在のルフィー役は3代目となります。3代目ルフィーは、主にドラマで活躍している俳優のファーディー・ウィファーイーさんです。

アラブ圏全域で大人気のアニメの主役をつとめる声優さんでも、その名前は意外と知られていません。オタクを称するシリア人でも「今のルフィー役って誰だったかな?」と考え込むことがあります。日本に来たシリア人オタクが驚くことの一つは、「声優さんがライブを開き、写真集を出版している」ことだそうです。

 


※11 名探偵コナン
青山剛昌により1994年から週刊少年サンデーにて連載されている推理漫画。漫画は25か国で出版され、アニメは40か国で放映されている。身体は少年だが天才高校生探偵の頭脳を持つ江戸川コナンが、少々無理筋な推理を交えつつ事件を解決する。
※12 ONE PIECE
尾田栄一郎により1997年から週刊少年ジャンプにて連載されている冒険活劇漫画。主人公の少年海賊・ルフィと仲間たちとの冒険を描く。全世界累計発行部数は漫画作品として世界最高記録である4億8000万部を突破し、話数は1000話を超えるジャンプ史上2番目の長期連載となっている。
解説:松城 liliput

天川まなる

大阪府在住。漫画家。アラブ文化エッセイ漫画を中心に活動。漫画家アシスタントシェアグループPASS代表。漫画講師。アラビア語、アラビア書道、イスラーム全般を勉強中。イスラーム圏のシリア、エジプト、マレーシア、ブルネイなど漫画ワークショップの経験あり。長年の漫画家アシスタント技術を生かし、中田考との共著『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』(サイゾー)、『俺の妹がカリフなわけがない!』(晶文社)。

 


條支ヤーセル

東京都在住。中央大学卒業。同大学在学中、シリアの国立ダマスカス大学(文学部アラビア語学科)に留学。卒業後に再びシリアに渡り、ダマスカスに8年間居住。日本とアラブ諸国間の貿易業のほか、日本のメディアの取材コーディネート、リサーチ、通訳業務を担当。現在は東京に居を移し、アラブ諸国との間を往来。