第6回 日本に来てオタクになる

内戦下のシリアは、実はアラブ諸国の日本アニメ放映での翻訳拠点だった。ラブライブ、鬼滅、ジョジョ、宇崎ちゃん……日本で流行っているアニメは、シリアのオタクのなかでも流行っている。内戦下でもたくましく、したたかに活動するシリアのオタクたちの日常を通して、知られざるアラブ世界のおたく事情を伝えるレポマンガ&エッセイ。遠く離れたシリアに自分たちと同じオタクがいて、そんな彼らが、自分たちとまったく同じものが好きで、同じアニメを見ていると考えると、なんだか平和が近づいている気がしませんか?

 


【用語解説】
14 母をたずねて三千里
1976年1月4日から12月26日までフジテレビ系列にて放映されたアニメ。全52話で、世界名作劇場第2作目にあたる。9歳の少年マルコが母アンナを訪ねてイタリアからアルゼンチンへ旅をする物語。原作小説があるのだが短編のため情報量が少なく、テレビアニメ向けに魔改造された結果見ごたえある物語になっている。
15 アンデス少年ペペロの冒険
1975年10月6日から1976年3月29日までテレビ朝日系列で放映されたアニメ。全26話。アンデスを舞台に、インディオの少年ペペロが少女ケーナと共にエルドラドを探す旅を描く。なおオープニング曲の作詞はなぜか漫画家の楳図かずおが担当している。
16 サスケ 
1968年9月3日から1969年3月25日までTBS系列局で放送されたアニメ。全29話。白土三平による同題の漫画を原作とし、江戸時代初期を舞台に甲賀流の少年忍者・サスケの活躍と成長を描く。現代日本のエンタテイメント界における忍者観を打ち立てた金字塔的作品。
 17 文豪ストレイドッグス
朝霧カフカによる同題の漫画を原作とする、2016年から放映中のアニメ。孤児の中島敦を主人公とし、超能力を持つ異能者たちの戦いを描く。作中に登場するキャラクター名にはすべて実在の作家の名前が使用されており、能力の一部にも作家の特徴が参照されているが、容姿や性別には本人との関連性がほぼない。
18 戦国BASARA
CAPCOMによる同題のビデオゲームシリーズを原作とする、2009年から2014年にかけて放映されたアニメ。伊達政宗を中心に戦国時代の武将たちの戦いを描くが、基本的には史実に捕らわれない自由な描写が行われている。
解説文 松城(liliput)

【一言コラム】

日本にてアニメオタクになる

・そもそもなぜシリアに?

私が中東に興味を持ったのは、高校生の時でした。当時日本古代史に関心があった私は、東京都内の博物館を見て回っていたのですが、古墳の出土品の中に、中東から伝来したガラス器がいくつもあることを知り、シルクロードを通じた東西交易史を調べ始めたのです。調べていくうち、このガラス器が作られた中東に行ってみたいと思うようになりましたが、テレビや新聞で伝えられる中東の近況は、紛争のニュースが主。かつて様々な文明が栄えた中東で、なぜ今も紛争が絶えないのか?古代のみならず、近現代の中東の歴史にも興味が湧いてきた私は、中東に関する色々な本を読み漁りました。

入学した大学では日本古代史を専攻しましたが、中東への関心は止まず、2年生の時に、アラブのどこかの国に1年間語学留学しようと決めました。行くならば、シルクロードと縁の深い国に・・と、シリアかパレスチナ自治区を留学先の候補に選びました。パレスチナ自治区は、その後しばらくして情勢不安になり、普段からお世話になっていた東洋史学の先生から「シリアはアラビア語もフスハー(正則)に近い。それに安全な国ですから」とアドバイスを頂いたこともあり、シリアの首都ダマスカスにある、国立ダマスカス大学のアラビア語学科への留学を決めました。2001年4月のことです。

シリアには卒業後、もう一度留学しました。留学期間が終わる頃、以前から付き合いのあった現地の貿易商社の社長に雇い入れられ、シリアに定住することになるのですが・・同じ頃、私の妻と知り合いました。シリア在住の日本人と結婚したシリア人男性・女性は、以前日本語を勉強していた、あるいは日系企業で働いていたという場合が多いのですが、妻はこれまで、日本との関わりがほとんど無く、唯一の日本との接点は、日本人留学生の友人が一人いた、ということだけでした。その日本人留学生と私とは、1度目の留学の時以来の知り合いで、ある時彼女から妻を紹介されたのがきっかけでした。

 

・日本に来て、アニメにはまる 

2013年の暮れ、私達家族は東京に移り住みました。その1年以上前にダマスカスの家を引き払ってシリアを出国し、アラブ圏内で仮住まいをしながら、これまで通りシリアやイラク、アラブ首長国連邦向けの貿易の仕事をしていましたが、この機に東京を拠点にして独立開業することに決めたのです。

妻はそれまで短期で来日したことは何度かありましたが、日本に住むのは初めてです。ダマスカスにいた頃、私は家で日本語を話さなかったので、彼女は日本語もほとんど話せない状態でした。彼女は来日してすぐに、近くの日本語学校に登録し、勉強を始めました。

東京での生活を始めて数か月後、妻はアニメをよく観るようになりました。ダマスカスにいる弟や友人に触発されたようでした。このころはちょうど、インターネットの違法動画サイトでシリア国内でもほぼリアルタイムで日本のアニメが視聴できるようになり、「オタク」を名乗るシリア人が急増した時期です。フェイスブック上のシリア人オタクのコミュニティーでは、妻は数少ない日本在住者として重宝され、ダマスカスや周辺国に暮らす彼らから、「秋葉原の現況」「コミケの最新レポート」を要望されるようになりました。

妻が「オタク」を自称するようになるまで、1年もかからなかったと思います。この頃の彼女は日本語で話したり、文を書くのは未だ苦手だった一方、リスニングがかなり上達、彼女自身は「アニメを沢山観たおかげ」と言っていました。それを聞いた私は、「次のステップでは、アニメの男子キャラのような口をききはじめるのか・・」と予想しましたが、幸い(?)そうはなりませんでした。

 

※この連載をもとにした書籍『戦火の中のオタクたち』が発売になります。1月26日発売。定価1760円です。

天川まなる

大阪府在住。漫画家。アラブ文化エッセイ漫画を中心に活動。漫画家アシスタントシェアグループPASS代表。漫画講師。アラビア語、アラビア書道、イスラーム全般を勉強中。イスラーム圏のシリア、エジプト、マレーシア、ブルネイなど漫画ワークショップの経験あり。長年の漫画家アシスタント技術を生かし、中田考との共著『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』(サイゾー)、『俺の妹がカリフなわけがない!』(晶文社)。

 


條支ヤーセル

東京都在住。中央大学卒業。同大学在学中、シリアの国立ダマスカス大学(文学部アラビア語学科)に留学。卒業後に再びシリアに渡り、ダマスカスに8年間居住。日本とアラブ諸国間の貿易業のほか、日本のメディアの取材コーディネート、リサーチ、通訳業務を担当。現在は東京に居を移し、アラブ諸国との間を往来。