第6回 6月6日

作家・柴崎友香による日誌。「なにかとしんどいここしばらくの中で、「きっちりできへんかったから自分はだめ」みたいな気持ちをなるべく減らしたい、というか、そんなんいらんようになったらええな」という考えのもとにつづられる日々のこと。「てきとうに、暮らしたい」、その格闘の記録。

6月6日

「6月6日にUFOが来なくて、鳩が来る」


6月6日にUFOが来なくて、鳩が来る。

3日前に、出かけようとする間際、台所の換気扇から妙な音がすることに気づいた。
少々古い建物なので、風が強い日はばたばたと鳴りやすい換気扇だ。そういえば、昨日かおとといも、音がする、と思った覚えがある。いつもの風のときと、ちょっと違う音だったから、「音がする」と意識したのだ。
違う。ばたばた、ではない。かちゃかちゃ、ともっと軽い音だ。その瞬間、わたしの頭の中で、いくつかの考えがつながった。慌てて、リビングの窓を開け、換気扇のフードを見た。
枝が出てる!!!
激しい恐怖に襲われたわたしは、台所に戻り、コンロに置いてあった鍋を握りしめて内側の換気扇フードを叩いた。ばたばた、と羽音がした。もう一度リビングの窓から外側のフードを見てみると、鳩が慌てて飛び出したからか細い枝が引っかかって垂れ下がっている。
ぎゃー!!!
わたしが突如ここまで恐怖を感じたのは、そして小さな音ですぐになにが起きているかわかったのは、ちょうど1年ほど前に、ツイッターでフォローしている人がベランダに鳩の巣を作られてしまった経過を詳細に報告していたからだった。それを見ながら、わたしは鳩について検索し、鳩は一度目をつけた場所には強く執着し、塞がない限り絶対に戻ってくる、もし鳩に巣を作られて卵を産まれてしまったら野鳥保護の法律のために勝手に除去することはできない、登録している業者に依頼しなければならない、鳩の糞や羽根には細菌や寄生虫が含まれ肺炎などの病気を引き起こす、1年に何回も繁殖する……。恐ろしいことばかりだった。
以後、ベランダのほうは鳩が好みそうな陰を作らないように気をつけていたが、換気扇とは! しかし、検索の成果で換気扇もよく鳩に目をつけられることを知っていたので、早期発見に至ったのは幸いだった。
困ったことに、換気扇の外側のフードは、中を見ることが難しい位置にあり(リビングの窓から顔を出すと横のほうに見える)、触ることもできない。まだ枝を運び込んでいる段階で、卵は産んでいないはずだ。とにかく産卵される前に追い出さなければ。
気は焦るが、出かける時刻も迫っている。とりあえず妨害のために換気扇を強で回し(しかし換気扇を回すと病原菌が入ってくるのではないかとの不安もあり)、家を出て用事の場に向かったが、気が気ではない。地下鉄でもスマホで「鳩 巣 換気扇」「鳩 対策」など検索し続けていたら危うく乗り過ごしそうになった。

用事が終わって急いで帰り、検索結果のとりあえずできそうなことをやる。煙と、あと薔薇のにおいが鳩は嫌いらしい(棘が刺さることが脳に刻まれているそうな)。気休め程度だとは思うものの、蚊取り線香と消臭スプレーの薔薇の香りを買い、蚊取り線香売り場にはアロマの蚊取り線香セット(ローズ、ジャスミン、ラベンダー)もあったのでそれも買い、やはり部屋に戻ると換気扇からはまたもやかちゃかちゃと鳩の足音がするので鍋で換気扇を殴って脅し、換気扇を強にした下で蚊取り線香の普通のとローズのをたき、薔薇のスプレーを換気扇に向かって吹き付け、物音がするたびに鍋で換気扇を殴って、夜になったらとりあえず来なくはなった。

6月は夜が明けるのが早い。朝4時過ぎ、ぱたぱた、と羽ばたきの音で目が覚めた。瞬間、カーテンを開けると、向かいのマンションの廊下手すりに鳩が止まっている。
ぎゃー!!!
と、わたしは飛び起きて台所に行き、燃え尽きた蚊取り線香を取り替え、換気扇をがんがん叩いた(早朝なので控えめ)。
とにかく不動産屋に連絡してどうにかしてもらわないとならないのだが、運悪く定休日。すぐに業者が来てくれるとも思えないから、数日はなんとか乗り切らなければならない。寝られないまま、また「鳩 換気扇」「鳩 対策」「鳩 業者 料金」などで検索する。賃貸なのでたぶん料金は負担しなくていいとは思うが、どうなるかわからない。換気扇の場所からして、上下の階にもネットを掛けるようなわりと大規模な作業になってしまう。
鳩にびびっているのは、1年前のツイートのせいだけではなく、前に住んでた部屋の近くのマンションで鳩の巣窟になってしまったところがあり、建物全体にネットがかかっていたのだが、そのネットの隙間に鳩が入り込んで暴れているというホラーな場面を目撃したこともあるし、それよりもっとまえに関西のとある大規模団地の1棟がV字型をしていたためにそこがやはり鳩の巣窟になって大変だというニュースを見たこともあった。外敵(まあ、カラスやね)に襲われないために陰になる場所を好むのだ。
検索したところによると、最終段階として、鳩の1つがいが居ついたあと、他の鳩もやってきて大集団で一大繁殖場所にされてしまう。駅などですごいとげとげの鳩よけを設置しているにもかかわらず鳩がその隙間に停まっている光景なども思い出し、ひたすらに恐怖が増す。ともかく、家にいるあいだは、鳩の気配がしたら換気扇を叩いて追い出すぐらいしかできる事がない。
翌日も、朝4時に鳩のはばたきと鳴き声で目が覚め、戦いが始まる。10時ごろに不動産屋に電話してみるが、なぜか留守電でつながらない。このまま連絡がとれなかったらどうしようかと不安になる。自分で直接対策業者に連絡するしかないのか、など考えながら、「鳩」で検索しつづけるも、ネットで塞ぐ以外に有効な対策はないっぽい。飛んでくる前やごくごく初期なら、忌避剤の入ったスプレーだとか、キラキラしたものをぶら下げるとかなんやらいろいろあるが、どれも鳩が慣れると効果がない。
油断すると、台所の小窓の外に鳩がとまる。そこを足場に換気扇に入ろうとするようだ。磨りガラスに鳩の影が映る。怖い。めちゃめちゃこわい。窓を叩くと飛び立つが、またすぐ戻ってくる。
追い立てた直後、リビングの窓を開けて様子を見ると、上の階の窓際や向かいのマンションの手すりに止まって、こっちを見ている。じっと見ている。
こっち見んなや!!!
怖いやんけ!!!
と、わたしも見返すが、鳥のあの無表情な目ってなんであないに怖いのか。
翌日も早朝から鳩との戦いが始まり、昼過ぎにようやく不動産屋の担当者と連絡が取れる。やはり、専門業者に頼まないといけないし、その前にマンションの管理者に頼まないといけないし、今は鳩のハイシーズンなので時間がかかるかもしれない、とのことだった。
話しぶりからすると、少なくとも1週間はかかりそう。ネットでふさいでもらうまでにはもっと日数がかかるか。卵産まれてまうやんけ!
内側から換気扇を解体してどうにか入れないようにするしかないかと、説明書を見る。なかなか難しそう。そのあいだにも、だんだん慣れてきた鳩がやたらと台所の小窓に居つくようになってきた。しっぽが窓に当たって、影がくっきり見える。怖い。怖いっちゅうねん!
できることをやるしかないが、できることは限られている。早朝に目が覚めるため、睡眠不足でもある。

そして、2日後、またもや出かけなければならない。気配があり次第追い払う、ができないと居つかれてしまう。
ふと、台所の小窓は叩くといなくなるので、スピーカーを置いて大きめの音量で人の声を流せばいいのではないか、と思いついた。Bluetoothの小型スピーカーをガラスにくっつけて置き、ラジオを流してみた。来ない。どうも効果があるようである。1時間ほど経過したが、来ない。
出かける時刻が迫ってくる。このままつけっぱなしで出かけてもいいものだろうか。つないでるiPadがなんかの拍子に音量MAXとかになって近所迷惑になったりしないだろうかなどと不安要素はあったものの、鳩に居つかれる恐怖が勝ち、ラジオを流しっぱなしで出かけた。
帰宅すると、スピーカーの充電が切れて静かだったが、夜になっていたこともあり、鳩はいないようである。効果があったのだろうか。
しかし、翌朝4時、正確に鳩はやってくる。鳴き声で飛び起きて、台所を見ると、やはり小窓に鳩の影が。ホラーやな。まじで完全にホラーやで。
充電したスピーカーを置いて、ラジオを流す。まだご近所さんは寝ている時間なので音量は控え目にするしかない。が、とりあえず来ないようである。
それからは、毎朝4時に起き、ラジオをつけ、一日中ラジオかけっぱなし。鳩対策業者がいつ来てくれるか、まだ目処はたたないようである。ラジオをかけていれば、鳩は来ない。しかし、すでにかなりうちの換気扇に執着しているようで、向かいのマンションからじっと見ている。そしてラジオをかけっぱなしにしてると、わたしは仕事ができない。わたしは、無音じゃないと仕事できないのだ。特に、言葉がはっきりわかるような音が聞こえていると、なんにもできない。そろそろ、仕事も切羽詰まってきている。
と、いう状況が続いて1週間ちょい。しばらくラジオを消してみて、鳩が来ないのを確かめ、仕事をしていない時間はラジオをかけ続けていたところ、どうやら、あきらめて他の場所へ行ったようである。鳩も、卵産まなあかんし、ここにこだわっていられなくなったのだろう。
とりあえず、鳩は去り、今のところ平穏である。換気扇は、屋上から作業員の人が下りるという大規模な作業が必要になるため、とりあえず様子見。
鳩は去ったものの、わたしは、これをきっかけに睡眠障害っぽくなってしまうのであった。

思えば、東京に来てから住んだ5軒の部屋、最初の1軒以外は生き物の侵入との戦いがあった(最初の部屋は蟋蟀(こおろぎ)が何回か入ってきたけどそれぐらい)。
2軒目は、入居前に鍵をもらって家具を置く場所のサイズを測りに行ったら、ベランダに卵が落ちて潰れていた。なにだったのか確かめてないが、カラスは木に巣を作るので、やはり鳩だったと思う。入居前だったし、不動産屋さんに連絡してなんとかしてもらった(でもめっちゃイヤそうやった)。
3軒目は、裏手に敷地の広い長らく放置されている古い謎の家があったため、それはもういろんな生物と戦った。まず、一瞬でも網戸に隙間があるとわたしが生活上いちばん怖れているGが入ってきた。2年間で3回ぐらいだったけど、わたしはGの死体を片付けるのも無理なので、昨今はいろんな殺虫剤スプレーが開発されているために殺すまではなんとかなったものの、毎回人を呼んで捨ててもらった。シャッター式の雨戸がついていたのだが、その戸袋にアシナガバチの巣を作られた。夜中にハクビシンの絶叫で目が覚めたこともあったし、朝、小鳥の断末魔で飛び起きて外を見たら、ノスリ(猛禽類。調べました)がシジュウカラをがっちり足でつかんでこっちを見ていて、あれはいまだにトラウマです。駅から徒歩4分の物件やったのに、世田谷区、大自然すぎ。
4軒目は、風呂場に窓があって、それが明るくて風通しもよくていいなあ、と思ってたのだが、その外側に植物を植えているスペースがあって、そこから蟻が大量に風呂場に侵入した。窓の横のヒビから侵入してきて、テープで塞いでもその隙間からどんどん入ってきて、一度道ができるとさらに増えるし、風呂場から部屋にも勢力を伸ばしてきた。蟻の巣コロリ的なやつを置いてみたけど、1日でその中で大量の蟻が死んでるし、そんなんどうもないぐらい何百匹も入ってくるようになって、結局大家さんが窓の外の植物を土ごと全部撤去するまで収まらなかった。

けっこういろんな生物と戦ってきたことになるが、街は人間だけのものではない、というのはいつも思っている。

直接見かけるのでない動物やら虫やらようさんおるやろうし、植物の生きる場所でもあるし(東京は放置空き家が大変多く、植物が茂りすぎて大変なことになっている場所がたくさんある。あの隣に住んでる人、災害やな、って思うぐらい、ほんまに植物のカオス。3軒目の家がそうやったように、あれだけ植物がすごいと、生き物もいろいろ出るし)、彼らにしてみれば、勝手に人間がどんどん入ってきて殺虫剤やらなんやら使ってくるわけで。それに、人間が建物を次々建てて、それも昔みたいな庭木とかもないひたすらにコンクリートの塊にすることで、生き物の多様性が失われて(自然が豊か、というのは、生き物の数が多いということではなくて、種類が多い、ということ。数だけなら、東京のど真ん中にも虫やらネズミやらようさんいる)、かえって人間がいやがる生き物しかいなくなってるわけで。
1年ぐらい前に、渋谷のコンビニがネズミに占拠されてる動画が流れてて騒ぎになってたけど、そういう環境を作ったのは人間のほうなんよね。

そういうようなことを考えつつ、今日も一日を暮らしている。

 

 

1973年大阪生まれ。小説家。2000年に『きょうのできごと』(河出文庫)を刊行、同作は2003年に映画化される。2007年に『その街の今は』(新潮文庫)で織田作之助賞大賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞、咲くやこの花賞、2010年『寝ても覚めても』(河出文庫)で野間文芸新人賞、2014年『春の庭』(文春文庫)で芥川賞受賞。街や場所と記憶や時間について書いている。近著は『百年と一日』(筑摩書房)、岸政彦さんとの共著『大阪』(河出書房新社)、『わたしがいなかった街で』(新潮文庫)、『パノララ』(講談社文庫)など。

第5回 5月3日/5月12日

作家・柴崎友香による日誌。「なにかとしんどいここしばらくの中で、「きっちりできへんかったから自分はだめ」みたいな気持ちをなるべく減らしたい、というか、そんなんいらんようになったらええな」という考えのもとにつづられる日々のこと。「てきとうに、暮らしたい」、その格闘の記録。

5月3日

「連休って最初は長い感じがするけど、半分過ぎるとすごく短く感じる」


連休って最初は長い感じがするけど、半分過ぎるとすごく短く感じる。これは旅行もいっしょ。5月で天気がよくて、夕方も明るくて、このくらいのが続いたらええのになあ、と思って本とか読んでいる。曜日とか関係ない働き方をしてるけども、仕事の相手である出版社は土日や連休は休みなんであり、締め切りや連絡がないんでゆっくりできて、年末年始とかゴールデンウィークとかお盆休みとかそういう時期に集中して仕事するというのが20年今の仕事をしてきてのスタイルとなっており、たいていは休み明けに締め切りが何個かあるのでひたすら仕事やけども気持ち的には普段より落ち着く。フリーランスの人が何人かツイートしてはったけど、休み明け締め切りっていうのは休み中に働けってことなんですかね、とまあ、そういうことになるよなー、でもわたしは平日遊びに行けるし、などと思いつつ、ともかく仕事。

わたしの母は美容師で自営業で、休日は月曜日であり(東京に来てから東京は理美容は火曜休みと知った! 今は年中無休とかいろんなとこが多いけど、以前は地域の理美容組合で定休日が決まってて、大阪は月曜で、東京は火曜。ほかのとこは何曜日やってんやろ)、それゆえに土日が休日、家族で出かける、という感覚がわたしにはあまりなく、連休も年末年始も母はずっと仕事、むしろ忙しい時期であり、そうすると家族も仕事モードであり、テレビのニュースなんかでみなさんおやすみはどう過ごしますか、連休は楽しまれましたか、的な呼びかけをずっと遠いもののように聞いてて、でも平日と土日では出かけた先の人の多さは全然ちゃうし、いろんなとこの営業時間とか受付時間とか土日休みを基準に世の中は回っていて、それがいつまでもなんかちょっと不思議というか、ずっとなじめないでいる。

大勢の人が土日に遊びに行くってことは、そこまで行く電車は動いてるのであり、お店も開いているのであり、ということは働いている人もようさんいるのやけど、そして年中無休な店はわたしが子供のころから比べても格段に増えたから働いてる人もそれだけ増えたんやけども、さらには夜遅い時間に働いてる人も増えたのやけど、平日9時5時で働いて土日休みでっていう前提のまま動いてること多いというか、そのイメージの刷り込み大きいなあ、と思う。それでときどき、土日が休みじゃない人ようさんいてるのにそれ困るやん、てことがちょいちょいあるねんけど、ごめん今ちょうどいい例が思いつかへん。それに、平日仕事の人は病院なかなか行かれへんかったり、連休は旅行代金も高いよね。

混雑してるとこが苦手やから平日に自由がきく仕事は自分には向いてるとは思う。

ところで何年か前に、こんなような静かにひたすら仕事の連休の最終日にお昼の短いニュースを見てたら定番の成田空港で帰国した家族連れとして担当の編集さんがインタビューに答えており、どちらに行かれましたか? マレーシアです、と真っ黒に日焼けしていて、わたしは仕事してたのにマレーシアかよ、などということはまったく思わず、ほんまに連休に海外行くんや、成田でインタビューに答えることあるんや、となんや感心して見ておりました。あとで編集さんに聞いたら、週刊誌記者の経験もあるので、ああいうときに答えてくれる人がなかなかいないつらさがわかるので答えました、とのことで、街頭インタビューに答えてる人の中にはそんな事情がある人もおるんかも知らんな、と、ほんま人にはいろいろ事情があるよね。

ということをつらつら書いたのは、まあなかなか世の中、現実は多様で複雑なのに、イメージとしてはわかりやすくステレオタイプな事象が流通する根強さは動かしがたいものがあり、でもなんかわたしはその多様で複雑でわかりにくいほうのことを考えたいし書きたい気持ちがあるねんな。

去年の連休のあたりの記憶はわりと鮮明で、緊急事態宣言で飲食店の営業は難しかってんけど、店頭でテイクアウトを販売したりしていて、連休に遠出できない家族とかが商店街にはすごくたくさん歩いてて、なんかちょっとしたお祭り感のようなものがあり、というのは、これが終わったら状況がよくなるというような期待感もあったんやなと、1年後はもっとみんな疲れてて、先が見えなくて、こんな感じやとはあのときは予想してなかったもんな、などと考えながら1年前と同じ道を歩く。

と書きつつ、実はわたしは去年のちょうどいまごろ、連休の時は10年以上懸案であった下の親不知2本をこの機会にと思って口腔外科で骨をちょびっと削り歯を砕いて取り出したのやけど、2本目のほうが抜いたあとがうまく塞がらず(気になる方は「ドライソケット」で検索)、連休で病院開いてないから激痛で死にそうになっていたのでした。

7年前の連休明けには尿道結石で救急車に乗ることになったし、この爽やかな季節の青空と激痛が結びついてしまってるなあ。痛さの種類が違うけど、人生痛い経験の1位と2位、甲乙つけがたいです。今年は平和に過ごせてよかった。

わたしは偏頭痛があり、他にも痛いことがちょいちょいある身体で、ちょっと出かけるにも鎮痛剤を持ってないと不安になるくらいやねんけども、痛いときは痛くないときのことが不思議で、痛くないときは痛いときのほうが不思議やなと思う。痛いときは痛くない感覚をうまく思い出せないし、痛くないときは痛いときの感覚をうまく思い出せない。鎮痛剤で痛みが収まってきたときに、痛くないって幸せやなあ、と心底思って、その短い時間が、痛いのと痛くないのの両方を思い出せてるときな感じがする。

痛くない、というだけで、一日は穏やかやな。

 

5月12日

「このあいだのキャロットラペ作りやすそうなスライサーの話の続き、にんじん買ってきてやってみてんけど、にんじんって円錐型してるやん?」


このあいだのキャロットラペ作りやすそうなスライサーの話の続き、にんじん買ってきてやってみてんけど、にんじんって円錐型してるやん? ごぼうのときはほぼ一定の太さでまっすぐですごいやりやすかってんけど、円錐型やとはたして太いほうからやったほうがええのか細いほうからやったらええのか、どっちにしても不均衡になるしなかなか難しい。いや、普通に包丁で千切りするよりは全然速いしきれいにできるねんけどさ。

わたし、料理自体は苦手ではないねんけど、物事が全般に雑で、高校の調理実習で千切りしてたら友達が「しばちゃん、それは千切りじゃなくて拍子切りやで」って。なのでスライサーとか、そういう便利な道具はなんでもありがとう、作ってくれた人すごいなあ、って思いながらやってんねんけど、こないだも「ぶんぶんチョッパー」ってやつを入手して、これは小型で手動のフードプロセッサーっちゅうか、ボウル部分に食材を入れて蓋に仕込まれてる紐を引っ張ったら刃が回転してみじん切りできるという代物で、これで玉ねぎのみじん切りで泣かんでええやんという便利な道具。大変助かってるねんけど、こないだ洗うときに刃に指がかすったら結構鋭く切れまして、見た目よりも切り裂き能力あるねんな、だって一瞬でみじん切りなるもんな、と感心しつつ、指先はちょっと切れただけでも痛いし不便やし、こういうときはすぐキズパワーパッドやね。

キズパワーパッドを初めて知ったのはもう15年以上前、子育て中の友達が授乳してると赤ちゃんに噛まれてその傷にちょうどいいこういうものがあると教えてくれたのやけど、それまでは防水のバンドエイドでもやっぱり水仕事したらふやけるし水はいるしやったのが、すごいやんこれ貼りっぱなしで2、3日いけるし、全然水入らへんし。以来、特に指先の怪我には重宝してるのですが、そうかあの「画期的や!」から15年も経つのか、もっとかも、と思ったり。

こういう細々した便利なものを日々研究開発して製造販売してくれる人々がいるおかげで、わたしたちの生活はとても快適になっているのであり、わたしはそういう新製品とか電化製品とかが大好きで、カタログ見たり別になにを買う予定もないのにビックカメラとかヨドバシカメラとか行って調理家電を見比べたりしてしまう。

2016年にアメリカのアイオワ大学のプログラムに参加してたとき、2泊3日のシカゴ旅行があって、ホテルの近くに朝ごはん食べに行った帰りに(脱線するけど、アメリカのホテルって朝ごはんないか、あっても大変に貧弱でこんなそこそこ高級そうなホテルでもお菓子みたいなシリアルがセルフであるだけ? みたいなこと多くて、その分、だいたい朝ごはんが名物みたいなダイナーやカフェをホテルのフロントの人に聞いたら陽気に教えてくれてそこに食べに行くことになるねんけど、あの文化はなんか不思議やな。このシカゴのときに行ったダイナーは老舗の人気店らしくて、2日連続で行ってパンケーキもエッグベネディクトもおいしかった)、よくいっしょにいた香港のヴァージニアとスーパーマーケットに寄って、大きめのちょっとおしゃれ高級スーパーやってんけど、野菜の専用カッター、アボカド用、にんじん用、りんご用などが何十種類と並んでて、ヴァージニアが、こんなにたくさんあるのってアメリカはキッチンが広いからだよね、香港の狭いキッチンじゃ置くところない、と言って、せやね、日本でも難しいわ、と答えたんやけど、こういうのはほんま家にモノが増える原因やんな。

あと数年で生きてきて半世紀という、それなりの時代の変化を目撃してきた身からすると、とにかくなんでも種類が増えたよな。昔は今みたいにいろんな調味料なかったし、野菜も最初は物珍しかったようなんが普通に売ってるもんな。わたしはアボカドを初めて食べたのって25歳ぐらいでそのときの友達との会話もはっきり覚えてて、向田邦子の料理本見たら1980年ぐらいやのにアボカドもパクチーも使ってて、これは場所的なことなのか文化的なことなのかと非常に驚いたものやけど、ともかく、和洋中エスニック、食べもの関係だけでも種類がとにかく増えてる。

そこからここで導くことは2つあり、1つはモノが増えすぎて家の中が片付かへんの当然やで、と2つめは日本の人いろんなもの食べ過ぎと思う。

片付かへんほうは、たぶんこの日誌の通奏低音になるのでここでは置いといて、日本の人いろんなモノ食べ過ぎ問題について今回は書いとこう。って、去年の「てきとうに暮らす日記」でもたぶんちょっと書いてるねんけどな。外国に何回か行ったり、文化を知ったりして思うのは、日本の食卓は1回分も種類多いし、毎回違うもの食べなあかん観念が強すぎでは、と思う。アメリカとかたいていの家は朝はシリアルに牛乳だけやろうし、ドイツ行ったときは、朝と夜はパンだけで、火を通したおかずはお昼だけみたいなこと言うてはった(もしくは、夜にがっつり食べるときは昼はパンだけ)。「朝から温かいものを食べるのは変な感じがします」て大学院で日本文学勉強してる女子が言うてて、1月やったらこんなに寒いのに! って思ったけど。前にラジオで中米のどこかの国にしばらく住んでた人が一般家庭の晩ごはんはだいたい2種類しかなくて交替でそれが出てくる、みたいなはなしをしててへえーと思ったんやけど、昔の日本もみそ汁と魚や漬物ぐらいやったしね。

ほんでなんの話かというと、料理が好きで楽しくて苦にもならない人は作っておいしくて家族がよろこんでたらそれでとてもいいことで、そうでなくて献立考えるのしんどいなーという人はそんなにプレッシャー感じへんでいいのでは、本来は、という話。雑誌とかにワーキングママの一日のスケジュールが載ってて、5時に起きてお弁当と朝ごはん、え、白ごはん炊いたりみそ汁作ったりするん? すごくない? って思うのは、わたしは育った家が、どちらかというと「朝から温かいものを食べるのは変」に近い、変ではないけど、ない家で、小学生の時から基本各自セルフ、食パン焼いて、わたしはティーバッグの紅茶入れる、それだけやったので、朝からそんないろいろ作ってるのめちゃめちゃすごすぎるで、と思うのよね。

コロナで家族が在宅のことが多くなったら、三食全部作らなあかんくて大変とか、中には夫がオンライン飲み会のときにつまみを作るのが面倒っていうのをラジオに来たエピソードで聞いて、え、そんなことまで? と、めっちゃびっくりしたこともあってんけど、それは大変やで、しんどいで、って思う。わたし、会社を辞めて実家にいた4年間、家事を全部やっててんけど、ごはんはなにがめんどくさいって作るのよりも何作るか考えることで、晩ごはんだけでも3か月で飽きてしんどなったのに、三食全部、しかも毎日違うもん作らなあかんかったらそれはしんどいし、毎日毎食違うのは当たり前じゃないで、と思う。

今の状況になってから、かえって売れるようになったものみたいな記事がよくあって、それこそ家電とか、料理をするようになった人も増えてるみたいで、そこにはたいてい「巣ごもり需要」という見出しがついてて、たぶんそういう感じで家の生活を楽しんだり、ゆっくり時間が取れて家族と話せたとか自分の暮らしを見直せたという人もたくさんいて、それはいいことと思う。でも、生活が変わってしんどい人も、家にいる人数が増えて逆に自分のための時間がなくなったという人もようさんいて、それはDVが増えたという統計にも出てて、「巣ごもり」「おうち時間」みたいなやさしくてやわらかい表現は、そのしんどいほうの現実を見えにくくしてしまう面があると思ってて、自分では使わない。前向きに楽しもう、と思って楽しめることもあるし、全然そんな問題じゃないことようさんある。全然そうじゃないほうのことを、「気の持ちよう」な言葉で覆いたくない。

もっと大変な人がたくさんいるから、自分はなにも言わずにがんばらないとという気持ちもよくわかる。だけど、自分がこれだけ大変なんやから、大変な人はどんだけ大変なんやろう、と考えることもできるし、誰かのじわじわと長く続く大変さも、別の誰かのもうほんとうにぎりぎりな大変さも、優先順位はあるかもしれないけど、どれもしんどさで、しんどいと言ってよくて、そこから、できることがあると思う。

 

 

1973年大阪生まれ。小説家。2000年に『きょうのできごと』(河出文庫)を刊行、同作は2003年に映画化される。2007年に『その街の今は』(新潮文庫)で織田作之助賞大賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞、咲くやこの花賞、2010年『寝ても覚めても』(河出文庫)で野間文芸新人賞、2014年『春の庭』(文春文庫)で芥川賞受賞。街や場所と記憶や時間について書いている。近著は『百年と一日』(筑摩書房)、岸政彦さんとの共著『大阪』(河出書房新社)、『わたしがいなかった街で』(新潮文庫)、『パノララ』(講談社文庫)など。