第4回 4月15日/4月24日

作家・柴崎友香による日誌。「なにかとしんどいここしばらくの中で、「きっちりできへんかったから自分はだめ」みたいな気持ちをなるべく減らしたい、というか、そんなんいらんようになったらええな」という考えのもとにつづられる日々のこと。「てきとうに、暮らしたい」、その格闘の記録。

4月15日

「オンラインの打ち合わせを日付けを間違えていたことに、終了後の時間にメールを見て気づき、慌てて連絡」


オンラインの打ち合わせを日付けを間違えていたことに、終了後の時間にメールを見て気づき、慌てて連絡。日付けを間違えて、というか、平日も休日もない、時間も区切られてない生活をしてるので、今日が何日の何曜日かていうことがわからなくなってたんですね。ご心配をおかけしてしまったみたいで、大変申し訳なかったです。

ちょっと遅れるのはやりがちなのですが(これも大問題なのやけど)、時間を間違えてて大幅に遅れるまたは穴をあけることになってしまうというのは5年に1回くらいで、でも去年も1回あって2年連続になってしまったのは、今の状況で曜日や時間がわかりにくくなってるていうのはあるんやと思う。これは言い訳したいのではなくて、この状況をどうやったらいいかということなんやけども。

前は、圧倒的にテレビで曜日を把握してた。わたしは通常を超えたレベルでテレビを見てて、子供の頃は曜日=アニメのスケジュールで、水曜日は「Dr.スランプ」&「うる星やつら」→「ドラゴンボール」&「めぞん一刻」でいまだにきらきらしたイメージになってる。あまりに長すぎるテレビ視聴時間に、東京に引っ越したときにテレビをなしにしたんやけど(諸事情で3か月で復活)、そのときテレビ見てなかったら天気わからんなーと思った。明後日ぐらいに雨が降るとか、そのへんの天気がわからなかった。一方、ワイドショーネタとか世間の話題は身の回りの人やインターネット経由で入ってくるのがおもしろかった。

こうしてわたしの話は脱線しがちなんですが、5年ぐらいからテレビはほぼ見てなくて、おもにラジオを聞いてるのやけどradikoその他のアプリ経由やから曜日と時間がいっそうずれてるし、家から出てない上に出ても近所の様子は前みたいな平日と週末の感じとはまた違うし、仕事の相手の人もリモートワークが増えてるからかこれもやっぱり以前とはちょっと感覚が違う。

時間感覚、体内時計が少々狂ってる感じになってんのかなあ。そういえばこないだ、コロナ禍での心身の不調みたいな特集を見て、そこで学校が休みになってた期間に夜中も延々とSNSをやるようになって体調を崩した中学生が時間を決めて生活をしていくっていうのを見て、わたしは自分の生活自体は変わってないしなーと思ったのやけど、でもやっぱり直接間接になにかしら変化の影響はあるんやろうなと思う。

今の、職場に定時に行くとか決まった時間に行動をすることがまったくない生活になってもう20年近く経つのやけど、会社を辞めてしばらくのころは、会社に行ってたときのほうが時間あったなー、と思うことがよくあった。時間にめりはりがあって、小説は土日に書こうとか、仕事終わって夜に書こうとか、昼間仕事してるときにそれに向かって構えてるから、集中して書けたっていうのもあったんよね。

辞めてからは「だめな受験生の宿題やってない夏休みが永遠に終わらない状態」と人に説明する生活になってて、それも20年近くも経つと、いつまでもそんなこともないやろ、何浪してんねん、と自分につっこんでしまう感じで、ここまできてる。それがこのところ、リモートワークで自宅にこもる生活がつらかった、という人のツイートやらブログやらをいくつか読んで、そうか、つらい人もいるんやな、わたしはそんなにだめじゃないのかも、とちょっと思った。今までも何度か友人知人から、会社に行かないで仕事できるなんてえらい、と言われたことがあったんやけど、自分にとっては規則正しく会社に通える人のほうが断然「えらい!」と思ってたから、自分はだめっていう気持ちしかなかってんね。

それが、このところの知らない誰かの体験を読んで、そこまでだめでもないんかも、と思えてきた。まあ、わたしの場合、会社に通うんも無理で、家で自分で仕事もするんも大変て、どっちもできへんのかい! て話もあるけども、それも、この何年かはやっと、だめでも20年やってきてんからそれなりにがんばってるんちゃう? て気持ちも持てるようになってきた。

あと、急にリモートワークになってつらい話、それはそうと思う。よほど住環境に恵まれてない限り、会社でもお店でもどこかに勤めてれば、家はそれ以外の時間を過ごす場所として調整してあるのであって、仕事するスペースもないし、昼間は家にいないから日当たり悪くてもいいかとか、買い物は勤め先周辺や帰り道でしてて家の周りにはあんまりお店がないとか、そういうことって生活の中ではすごく影響が大きいよね。もちろん家族いる人はそれぞれの状況が重なると何倍も大変やし。

わたしも東京で最初に住んだ部屋は、典型的な一人暮らし用のワンルームって感じのとこで、一日中同じ壁を見て、食べるのも仕事するのも全部同じ場所やったのはしばらく経つとつらくなって、さらに新築で図面では2口コンロやったのに仕様が変更されて台所が小さくなり1口IHにフライパンも洗えないちっちゃいシンクで、次に引っ越すときは絶対2部屋の2口コンロ! と思い続けた。そして毎回、次はもうちょっとここがこうな部屋がいいというのがあって、やっと難点がない! 快適! てなったのはようやく5軒目の今の家やもんね。

なんの話やったっけ。そや、わたしのスケジュール管理はなにかしら対策を考えてちゃんとやらなあかんということで、それとは別に、いや別でもないけど、生活や行動や世の中の状況が変わってしまって、調子崩してるひと、しんどい人はいっぱいいるやろな。そして、それを自分ではあまり意識してないというか、原因がわかってなかったり、もっと大変な人がたくさんいるのに自分がこんなことでと思ってしまってしんどいことがしんどいままになってたりするんちゃうやろか、と思ったりしてる。

 

4月24日

「SNSでキユーピーのレモンドレッシングがめっちゃいいと言うのを見て、レモンドレッシングを買う」


SNSでキユーピーのレモンドレッシングがめっちゃいいと言うのを見て、レモンドレッシングを買う。買うてから、1年ぐらい前も買った気がする、と思う。確かにおいしいし、キャロットラペはこれだけで作れると書いてはって、こないだこの日誌に書いたごぼうを千切りするのに使ったピーラーで今度やってみようと思う。

緊急事態宣言が再び出ることが慌ただしく決まって、近所のお店も営業時間の張り紙が直されてたり(そうか、「直す」は元に戻すというより「あるべき状態にする」ていう意味合いなんかな)、ツイッターにも、どこが休業になる、ならない、対応が大変、などの情報がどんどん流れてくる。

書店も大型のところは休業要請というのがまず流れてきて、そのあと要請対象じゃないというのが流れてきて、書店は休業にしないでほしい、というのが流れてきて、わたしもその度に反応したり、どうなるのやろうかと思ったり。書店や映画や劇場は、休業や公演中止で大変やっていうのも身近に聞いてるのもあって休業になってほしくない気持ちはもちろんあって、でも一方で、そこで働いてる人で対面でする仕事や通勤がこの状態では不安で休みたい人もいるよね。

わたしは家にずっといるからその不安を実感できてなくてつい「開いててほしい」と思ってしまうけど、って、去年も同じようなことを考えたやん、とこの連載の前身であるnoteに書いてた「てきとうに暮らす日記」を読み返したら、まったく同じこと、書店が休業要請に入ったり、そのあとやっぱり違うてなったり、ここに書いたことがほぼそのまんま書いてあって、なんかこの1年なんやってんやろ、と茫然としてしまった(日記は書いとくもんやな、とも思った)。

1年前のその状況、今のこの状況、どちらも感染の危険が差し迫ってる中で緊急事態宣言も休業もしかたないというか、むしろ3月の宣言をもう少し継続してたほうが連休を前にして一層厳しいこの状態にならんでよかったのでは、と思ってて、そのためには補償や医療体制の充実をやるべきなのに、1年間それはあまり力を入れられず、逆に人に移動や食事を勧めるキャンペーンみたいなのはあって、閉店したお店もたくさんある中で、これはいったいなんなんやろう、と考えずにはいられない。

そういう経緯があるから、休業要請に反対するような声が上がるのやけど(もちろんそこには補償があるべきという意味で)、インターネットとかSNSというのは表面や一部分ばかりが広がってしまうので、この状況で営業するなんて、とか、あっちはこうなのにこっちはこうで、という対立や分断が大きくなる一方で、本来それは政府や行政に向けられるべきものなのに、身近に見えてしまうちょっと違う相手に向かってしまうのは、心底つらいというか、それはますます状況を悪くしてしまうし、責任を取るべき側が問われないことになって、対策が取られないままになってしまう。

その分断や対立を大きくしてしまう中に、きっと自分も加担してて、なにをどう言えば伝わるのやろか、と去年の今頃もうちょっと長い文章でと思って日記を書いてたのやけど、状況も、自分自身も悪化しているように思う。そういうときに、こうして書く機会をもらったので、ちょっと落ち着いて(これは自分自身の気持ちのことね)、少しずつ書いていこうと思ってます。

レモンドレッシングがなにに使えるかなと思って、キユーピーのレシピサイトを見てみた。思ったよりめっちゃあるし、やたら「パワーサラダ」ていうのがあんねんけど、これはたんぱく質多いやつていうこと?

レシピ検索するのに、わたしは食品メーカーのサイトを見る。キユーピーとか味の素とかハウス食品とか。シンプルでわかりやすいし、数も多いし、わたしは調味料の新製品とか試してみるのが好きなので、それを使ってなにができるのか見て、まあ、実際作るよりも見てるほうが多いかな。

しばらく前からしそふりかけの「ゆかり」の仲間の「うめこ」と「なめし」が好きで、それを作ってる三島食品のサイトで調べて、「ゆかり」なんでも使えるなあ、と思ってた。アイスクリームにかけるのもおいしそう。

にんじん買いに行かな。

 

 

1973年大阪生まれ。小説家。2000年に『きょうのできごと』(河出文庫)を刊行、同作は2003年に映画化される。2007年に『その街の今は』(新潮文庫)で織田作之助賞大賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞、咲くやこの花賞、2010年『寝ても覚めても』(河出文庫)で野間文芸新人賞、2014年『春の庭』(文春文庫)で芥川賞受賞。街や場所と記憶や時間について書いている。近著は『百年と一日』(筑摩書房)、岸政彦さんとの共著『大阪』(河出書房新社)、『わたしがいなかった街で』(新潮文庫)、『パノララ』(講談社文庫)など。