第1回 いまこのからだで目に映るもの

やさしい夫がいて、かわいい子どもがいて、食卓には笑いがたえなくて。実家の両親はたのしく暮らしているし、おばあちゃんも気丈で元気だ。なのにどうしてこんなに不安で怖いのだろう。明日あの角を曲がると、奈落が待ち構えているのかもしれない……。誰も死んでほしくない。死なれたくない。なにげない日々の出来事から生の光と死の影が交錯する、おだやかで激しい日常の物語。

夫が家族葬のチラシをしげしげ眺めている。

「こんなにたくさんプランあるんだ」「海洋散骨もできるって」などあてのない旅行の計画みたいに、へらへらそんなことを言う。月曜の朝、本来なら出勤しているはずの夫がダイニングを挟んで向かいに座り、ぼさぼさの頭でのんびりコーンスープを啜っている。
 よく晴れて、窓から入り込む光がインスタントのカップスープの湯気をあかるく映し、その光の白っぽさに冬は終わったんだな、と思う。新聞には、昨日わたしたちの住む地域に春一番が吹いたことが記されていた。閉めた窓の向こうから踏切音が聞こえ、ベランダの洗濯物は気持ちよさそうに風に翻る。
 「そんなじっくりお葬式のチラシ見ないでよ、死ぬ予定あんの?」と言うと、夫は意味ありげにちょっと笑う。笑うなよ。夫は昨日から熱を出し、今朝になっても引かず、それで珍しく仕事を休むことになった。いっぽう子どもは今朝も元気に保育園に行った。だからこうして二人で朝をのんびり過ごすことなんていつぶりだろう。妙な、落ち着かなささえある。

 がんばり過ぎるから熱なんて出すんだよ、出ちゃうんだよ。そして、そう言ってみる。これからの人生の目標は「いかに楽して生きるか、にしなよ」と。
 でも、めちゃくちゃがんばってるアスリートとかいるじゃん、そんな人たちに比べたらなんでもないのに。そう夫は言い、でもそんなの個人差だ。めちゃくちゃがんばれる人の方が特殊なんだよ。がんばって疲れちゃう人は、休んだらいいんだよ。言葉は浮かんでくるけれど、言わないでいた。無言のまま、夫が週末に買ってきたバゲットを齧る。このパン、ものすごく固い。
 「パンに集中してんの?」と聞かれ、目線だけ返す。つねに周囲に気を配り、人の仕事もやってのけ、それでもまだできることはないか、そうやってがんばり過ぎてしまう人は、疲れてしまう。疲れてよれよれになって、こうして熱を出す。そんなの、本末転倒なんじゃないの。そんなに人のためにがんばらなくていいじゃん。自分の身体を大事にしなよ。

だって、夫が死んだら困る。困って、途方に暮れる。困る、というより嫌だな。子どもと全力で遊ぶ、あの大きな口で笑う、今の夫のまま死なれたら、嫌だ。

 五年後、十年後の自分たちを想像することはいつも難しい。わたしは人一倍ネガティブで、暗い未来を予測することにかんしては、人に負ける気がしない(だれと競うものでもないのだけど)。夫と、子どもと、自分と。実家の家族、義理の母、二人の祖母。五年後、みんな生きているだろうか。友人、知人、みんながみんな、元気かどうか。五年後はなんとかなったとして、じゃあ十年後は。そこまで考えて、スマホに文字を打ち込む手を止めて、窓を見る。ベランダの向こうの、戸建の黒い屋根に反射する日光がまぶしい。晴れた日の海面みたいだなと思う。目を細めて、エアコンの温風はなまぬるく、大きく開いた吹き出し口の表面には埃が見えている。埃? と思って近寄ってよく見ると、埃じゃない、カビだった。どうするんだこれ、取れるんだろうか。指で拭っても取れそうにない。室内の洗濯吊りにはバスタオルが引っ掛かったまま、床にはさっきまで子どもが遊んでいたミニカーが散らばっている。

 夫が熱を出したからといって、それがすぐに死につながるわけじゃない、ということくらい分かっている。それでも考えてしまうのは、この「いま」が失われることが、しんそこ怖いから。夫や身近な人、あるいは自分に何かが起こったら。あるとき急にすべてがひっくり返されて、なくなってしまうかもしれないことが、そのことを想像することが、ずっとたまらなく怖い。

わたしたちの築き上げたささやかな暮らし。ふかふかの絨毯を用意して、あたたかいお茶を飲む。夫がおどけて子どもが笑う、わたしも笑う。やにわに、床が揺れる。ものすごい力で、だれかがこのやわらかい絨毯を引っ張っている。テーブルクロスが一気に引っ張られるように、すべてがめちゃくちゃになって、ひっくり返り、気づけばそこには何もない。夫も、子どももいない。わたしたちがそれなりに悩み、改良をかさね、築きあげてきたはずの暮らしは、そのすべては、おままごとだったのかもしれない。シルバニアファミリーのお家が、片付けの時間になればうさぎも家具も仕舞われてしまうように。だから急に、こうしてすべてなかったことになったって、文句は言えない。そんなこと、あるんだろうか。
 でも、怖いのだ。ほんとうには、これから起こりうるあらゆることに抗えない。ほとんど無抵抗のまま、わたしたちはいつまで笑っていられるのだろう。奪われたあとで茫然とするのなら、先んじて不安を背負い込むほうがいい。だからいつも、わたしは先手を打とうとする。

 暗くした寝室で子どもを寝かしつけながら、ふと寝そべった自分の左胸の端のほうに、かたく触れるものがあるのに気づく。以前はなかったしこりに、確かに指先が触れる。あー、やだな。気づかなきゃよかった。これでまた、吐くほど悩む毎日が始まってしまう。
 自分の身体の不調や異常を見つけては、これはがんではないか、大きな病気ではないか、だとしたらわたしはあとどのくらい――そんなことをおりおり考える。笑われるかもしれないが、そうやって思春期あたりから今に至るまでを、「病気かもしれない」自分として、生きてきた。
 中学生の頃にはたまたま読んだ赤川次郎作品だったか、白血病を患う主人公に感化し、微熱が数日あると、自分もそうなのだと思い込んで絶望した。ずっといつも、芸能人のがん公表が怖い。闘病もののドラマが怖い。身体に見慣れぬ痣はないか、しこりはないか。いつも、変化を恐れながら、つい、探してしまう。かつて『つげ義春日記』を読んでいて似たような描写に出会ったが、がん恐怖症とか、つげ義春自身はそれで不安神経症と診断されたらしいが、自分の抱えるものがそこまでのものかは、分からない。
 もしも、本当に一刻を争う病気だとしたら。けれどそれが明らかになるのはもっといたたまれないので、病院に行く気になどなれるはずがない。夫にも言わない。だからずっと「病気かもしれない」自分でいることを、選んで生きてきた。デート、旅行、自分たちの結婚式、もっとささやかな、たとえばあたたかな昼の散歩にも、どんな楽しみのうちにも、死ぬかもしれない自分をぴったりと、付き添わせてきた。笑いながら、よろこびながら、それと同じ分だけ、暗い気持ちで過ごしてきた。
 不安でいることで、いっそ不安にまるごと覆われることで、わたしはたしかな安寧を得ていたのではないか。なんて逆説的な、けれど、こんなこと、ほんとうにわたしだけなのだろうか。みんなは、みんなはどうやって死ぬ不安を飼い馴らしているのか。どうやって、いつか死んでしまう不安と向き合っているのだろう。「わたしは重篤な病気かもしれない、って思いながら生きることでなんとか自分の生にしがみついて、それで安心できたんだよね」なんて、恥ずかしくて不謹慎で、いままでだれにも話せたことはない。

 「良性の繊維腺腫ですね。大きくならないかだけ、経過観察しましょう」と医師にあっさり言われ、拍子抜けする。
「あの、ほんとにここ最近ずっとすごく不安で、これでもう大丈夫なんでしょうか」

向かい合った医師は瞬間ちょっと間をおいて、「そんなに不安なら大学病院で細胞診しますか? 紹介状書きましょうか?」と重ねてきた。いや、あの大丈夫ならいいんです、大丈夫ですって言ってほしかったんです。そこまでは言えず、いえ、先生が平気と思うなら信じます、すみません、と控えめに返した。
 なんだ、と思う。なあんだ。わたしはいま知りうる限り、健康だった。そのことを、よろこびたかった。ほっとして、しんそこうれしいはずだった。いまだってうれしい、診察室を出て、会計を待つ間は涙が出るほど、ただ安堵して力が抜けた。期末テストの日、午前で一度抜けた職場に自転車で戻り、いつもより丁寧に生徒の答案を採点した。サインペンの赤、生徒の走り書きの字の汚さ、雑さ。職員室を忙しなく往きかう教員たち。窓の外の曇り空。すべてがいままで通りでなんてことなく、そのことにどこまでも伸びてゆくよろこびと、そして途方もないつまらなさを感じていた。と同時につまらなさを感じる自分のことが、恐ろしくもなった。

いつもなら身体に違和感を覚えても、すぐに病院に行くことなどできなかった。気のせいかも、でもやっぱり病気なのかも、そのどちらかをうろうろしながら悩むことで自分を保ってきたはずだった。なぜ、今回すぐに行動に移せたのか、いまも分からない。こんなことで「生きている」実感を得ようとする自分に、ついに愛想が尽きたのか。死を恐れたって、恐れなくたっておそらくはこのままつづいてゆくはずの平凡な日々をちゃんと受け止める。それでいいはずだった。そうしたかった。死に引っ張られることで、そのとき見つめるなんでもない景色に意味を見出すなど、悪趣味だった。わたしは、いま健康なこの身体で、目に映るものをそのまま、捉えればいいはずなのに。

 夫の熱は、そのうちに引いた。熱が引くと同時にくしゃみや猛烈な目のかゆみを訴え出し、それは毎年この時期にある花粉症開始の合図だった。重症の夫はシーズンの始まりにこうして熱を出す。そんなことあるのか、と毎度驚いて、けれど翌年にはすっかり忘れておろおろする。なんだ、花粉症か。心配して損した気持ちと、安堵と、空を厚く覆っていた雲がみるみる捌けて、急に光が射してくる。さっきまであんなに暗かったはずの室内が一気にまぶしくなる。光が入ればそれだけで安心しきって、すべてを肯定された気になっている。なんだ、よかった、やっぱり大丈夫なんだ、わたしたちは。そうだよね、そうそう恐ろしいことなんて起きない。ただ今日が、このいまが気持ちのよい晴れなだけで、うれしくなる。それでよかった。でも、ほんとうに?
 夫が買ってきためちゃくちゃ固いパンはまだ食べ切れずに、いったいどうしたものだろう。一晩牛乳に浸けてフレンチトーストにでもしたらいいのだろうか。わたしは、何かを抱えていたかった。抱えているつもりで、ここにいたかった。信じられるものだけを目に入れて満足しているのだとしたら、それはほんとうには、とても恐ろしいことだった。日が陰ればまたすぐに不安はやってくる。ずっと変わらないことなんてない。知っている。知っているけど、そのことに気づかないふりをして、固すぎるパンの行く末をいまはぼんやり考えている。

 

堀静香

1989年神奈川県生まれ。山口県在住。歌人集団「かばん」所属。
中高非常勤講師のかたわらエッセイや短歌をものする。著書に『せいいっぱいの悪口』(百万年書房)、連載に「わからなくても近くにいてよ」(だいわlog)、「うちにはひとりのムーミンがいる」(晶文社)がある。