第1回 バリ島のゲストハウス

いつも旅が終わらぬうちに次の旅のことを考え、隙あらば世界中の海や山に、都会や辺境に向かう著者。とは言っても、世界のどこに行っても自己変革が起こるわけではなく、それで人生が変わるわけでもない。それでも、一寸先の未来がわからないかぎり、旅はいつまでも面白い。現実の砂漠を求めて旅は続く。

クロボカンのゲストハウスからは歩いて3分でビーチに着いた。そこは波に侵食された平らな岩が広がっていて、泳ぐのには適しなかったが日光浴には最適の場所だった。車で10分も走れば、スミニャックにもっと華やかなビーチがある。そのせいか昼間はほとんど誰もいなくて、僕は全裸で太陽に温められた岩に寝そべったり、沖まで泳いで海底の深さを確かめたりした。

夕方になると、目を光らせた野犬たちがビーチにやってきて、きまって遠吠えを始める。初日は怖ろしくなって退散したが、2日目からは素肌に上着を羽織って彼らのようすを観察することにした。(何かあれば上着を振り回して防戦しようと考えていた。)彼らは沈む太陽に向かってしきりと咆えていたが、太陽が沈んでしまうと同時に町の中に消えていった。羽織った上着は濡れた水着に触れた部分だけじっとりと濡れて色が濃くなっていた。

その小さなゲストハウスには玄関を入るとすぐに食堂があって、朝晩は他のビジターといっしょに食事をとった。ゲストたちからパッキンと呼ばれる宿主がいて、滞在初日から「ジャパンはいい国だね」「君もそうだけどジャパンは人もいいよ」と見つめながら変に褒めるので、少し気味が悪かった。経験的に海外でジャパンをことさらにほめる人と関わっていいことはないのだが、その予感が部分的に当たることをこのときの僕はまだ知らない。

最初の夜、表面がパリパリに乾燥したオムレツを食べながら会話したのは、旅慣れた雰囲気をまとったオランダ人の老夫婦。食堂に入ってきたパッキンが言う。「この夫婦は奇跡なんだよ。」

ふたりは78歳と76歳の夫婦で、夫のダーンは筋骨逞しく、70代どころか60歳くらいにしか見えない。「なんて若く見えるんですか!」とふたりに言うと、横にいたリサが「ただ人生を楽しんでいるだけよ。」と言う。「あなたは何歳なの?」

僕が「39歳」と答えると、ダーンがいきなりドーンと机に手をついて立ち上がり「なんてことだ、君は22歳くらいに見えるよ!」と叫ぶ。パッキンはじめ周りで食事を取っていた人たちもしきりにそうだそうだと頷く。

「日本人は若く見えるんだよ。」

日本人らしい見かけの若い男性と、それよりは10歳くらい年上と思われる白人の男性が部屋に入ってきた。

「はじめまして。日本のどこに住んでいるの?」

日本人かと思われた男性は流暢な英語を話す。日本人ではないのかもしれない。

「福岡です。日本の主要な4つの島のうち、最も南にある島の九州にある、南日本では最大の都市。」

「福岡なら知っているよ。僕は釜山出身で、福岡には何度も行ったことがあるから。」

彼は韓国人だった。だとすると、もうひとりの男性とはどういう関係なんだろう。そう考えながら、僕は話を続ける。

「釜山、近いですね! 僕も釜山は何度も行きましたよ。近くの慶州も何度か。」

「慶州。確かに韓国の中ではいいところだけど、京都のほうが何倍も素晴らしいよ。」

京都か。僕は彼ほど京都のことを好きじゃないかもしれないし、そもそもよく知らないかもしれない。話題を続けることに少しだけ引け目を感じる。

「京都は何度も行ったことがあるの?」

「何度も。日本で、いや世界で一番好きな場所だから。」

彼は色白で僕より少し背が高く、そしてはにかんだ笑顔が素敵な人だ。抑揚のあるくっきりとした英語を話す。彼には京都に大切な友人がいるらしい。京都大学の学生らしく、僕の元生徒の中にもいま京都大学に通っている子がいるよと話をする。

「僕にとっても京都は印象深い場所のひとつです。数年に一度は訪れます。でも、京都は整いすぎていると感じることがあります。」

「どういうこと?」

「日本の文化には移ろいを楽しむところに核心があります。それが西洋の文化との違いであり、石の文化と木の文化の違いです。でも、いまの京都を見ていると、例えば、東福寺の完成された庭園や建物を見ていると、移ろいを楽しんでいるようには見えません。それは整いすぎていて、変化よりも完全な美を求めているように見えて、それは私にとって少し堅苦しく感じるものなんです。その点、京都の山奥や奈良はいいですよ。」

「それは興味深い話ですね。私はやはり完全な美が好きです。ただ、それが完全ならば一瞬のものでもいいのだけれど。」

「言っていることはわかる気がします。」

もう一人の白人の男性は、彼と僕を交互に見ながらうっすらと笑みを浮かべてただ話を聞いている。話し始めて10分くらい経ったころに、彼らはふたり揃ってじゃあねと部屋に入っていった。彼らともっと話してみたいなと思う。

「実は彼らはゲイなんだ。」彼らが去るのを見届けたダーンが言う。僕はさもありなんと思う。「この場所は、魂をありのままに解放していい。だから彼らはここにくるんだ。僕たちだってそうだろ。」

次の日の夜も食堂に行くと、ダーンとリサが座って楽しそうにパスタを食べていた。「ハロー!」と巨体のダーンに包まれるようにハグされた僕はたじろぎながら「サンキュー」と口走ってしまい、何を言ってるんだとひとりで赤面した。

ダーンに「今日はどこに行ったの?」と尋ねると、彼は「ここだよ」と床を指して笑った。長期滞在に慣れた彼らは、ゲストハウスの小さなプールのそばで、どこにも行かずにのんびりと過ごす日が多いのだ。

この日は乾いたパンをグァバジュースで押し込んでいる最中に、60代くらいの見覚えがない男女ふたりが玄関から入ってきた。彼らは豪州のパースからやってきた夫婦らしい。「バリ島は何回目?」と尋ねるとウフフと笑って「20回目よ」とジェニファーが答える。回数の多さに驚いていると、ウブドに別荘を持っていること、いまは数日ビーチで遊びたいからここに滞在していること、バリは豪州から最も近い楽園だから、年に少なくとも3ヶ月は滞在していることなどを話してくれた。

「日本と言えば……」ジェニファーの隣に座っていたジャックがいきなり「キッキッキッ」と床がきしむような笑い声を出しながらおもむろにごそごそとバッグをあさり始めた。そしてタブレットを取り出して、画面にうつる写真を僕に見せた。

「以前、東京に行ったときにカプセルホテルに泊まったんだ!」「見てよ!こんなに狭いんだよ!!」どこかのアクション俳優のような声で言うジャックは、最高に楽しそうだ。

「カプセルホテルでは、妻と別のフロアに泊まらなくてはならなかったんだ。部屋に入ったとき、妻との別れが寂しくて涙が出たよ。」そう言いながら夫婦で目を合わせて笑い始めた。「私も寂しくて死ぬかと思った。」「そう、50年間たった1日も欠かさずに朝に訪れていたイレクションがその日に止まったんだ!なんてことだ日本!」もう涙が出るくらい夫婦で笑い合っている。幸せなふたりだ。

彼らはタブレッドでいろんな写真を見せてくれた。ブログを書いているらしく、パース近郊のベストビーチだよと言って見せてくれた写真の中で、ふたりは全裸で突っ立ったまま大笑いしていた。彼らはヌーディストらしい。ふたりはウブドの安くて美味しいフレンチを教えてくれたので、おかげで次の日には絶品のランチを食べることができた。

食べ終わって、そろそろ部屋に戻ろうかなと思っているころに、昨日話した韓国の彼と白人の彼氏が入ってきた。ふたりはバリで2週間前に出会ったばかりらしい。クタでダイビングツアーに参加し、そこで意気投合したそうだ。

「バリにもきれいな海があってうれしかったよ。」
人懐っこい笑顔で話すヨンジュンは素潜りからダイビングまで、とにかく海で泳ぐことが好きで、これまでも世界中のいろいろなところで潜ったらしい。ヨンジュンの白い筋肉が海の中でひらひらと漂う姿を想像する。パラオやサイパン、タイのクラビなど、互いに行ったことがある場所がたくさんあって、おのずと話は盛り上がる。そして、僕とヨンジュンが見出した結論は、何といってもフィリピンのパラワン島にあるコロンのビーチは最高だということだ。

「でも、バリ島のビーチはベストだとは思えない。」ダーンが言う。

「僕もそうだとは思います。」ヨンジュンが答える。

「あなたにとってのベストビーチはどこ?」僕が尋ねると、ダーンは「いい質問だ……」と考え込む。

「カリブの海はよかった。特にジャマイカのビーチは。カリビアンブルーだよ。限りなく美しくて透明なんだ。でも、ベストとなるとカナリア諸島かな。カナリアは特別な雰囲気がある。自然がダイナミックで美しいし、そして食べ物もすごく美味しい。ハワイとイビサ島のいいとこどりだよ。」

それにしても、旅先で旅についての情報交換をすることほど楽しいことはない。こういう旅慣れた人しか泊まらないゲストハウスだと相手も間違いなく旅好きだから、何の遠慮もいらない。

「韓国もチェジュはいいじゃない。」ヨンジュンの隣に座っている彼、アントンが言う。ちなみにアントンもオランダ人らしい。インドネシアの旧宗主国だからオランダ人がよく来るのか、たまたまなのかは分からない。アントンは骨格の全てがヨンジュンよりひとまわり大きい。

「いいよチェジュは。確かノースショアにいいビーチがあったよ。」すかさずダーンが同意する。彼はきっとどこにだって行ったことがあるのだ。

「チェジュは山もいいですよね。ハルラ山。」私が言うと、「そう、チェジュの山はフォルムが独特で美しい。」今度はアントンが相槌を入れる。

「でも、沖縄がすごいじゃない!」ヨンジュンが言う。

「沖縄の海は本当に美しい。珊瑚もあるし、ダイビングもできる。」

「メインアイランド(本島)は珊瑚があまりないでしょう。もしかして慶良間まで行ったの?」

「そうそう、ケラマ。最高だった。僕は人生で最も美しい珊瑚を見たんだ。トバさんが他におすすめの沖縄の島をひとつ私に教えてほしい。」

僕はうーんとしばらく考えてから答える。

「慶良間もいいし、宮古もいいけれど、僕は西表島が一番好きだよ。僕は美しいビーチがあるだけでは満足できなくて、雨水を十分に蓄えられるくらいの山がある島が好きなんだ。西表は山や滝がほんとうにダイナミックですごいんだ。イリオモテヤマネコという謎めいたネコもいる。気候はメインアイランドに比べてかなり暖かい。真冬でも晴れたら泳げるくらいだから。」

ヨンジュンはさっそく西表島についてサムソンのスマホで調べながら、「絶対に行くよ」と言って目をきらきらさせている。

「西表島はとてもよさそうだけど、歴史的な場所はあるの? メインアイランドにはグスクだっけ、古いキャッスルの跡がたくさんあるじゃない? 沖縄独特の歴史的な場所にも僕は興味があって。」

「うーん。西表はその点、メインアイランドとは事情が異なるんだ。確かに僕らはふつう、その場所の「歴史」を見に行く。僕たちはその土地に歴史や伝統、そして文化のようなものが当たり前のように存在すると考えて、それに出会うことを期待して出かける。でも、西表に行くと、それ自体がひとつの偏った見方であることに気づかされるんだ。西表にあるのは一言で表現すれば、断絶の歴史。継承すべきものが、マラリアの惨禍によって、ときには猛烈な台風や津波によって幾度も途絶えた凄絶な歴史。歴史化されなかったことが呻き声となって響いているような場所がいくつもあるんだ。島の南西部地域は、ひとつの集落だけを残して、あとの集落は全て廃村になってしまった。いまだ僅かに生活の痕跡が残る場所もあれば、すっかりジャングルの森の中に姿を消してしまった集落もある。そこで僕たちが見出すことができるのは、歴史というよりは人々の流浪そのものと言ったらいいのかな。西表に行ったら、もちろん美しい海を見てほしいけど、それだけじゃなくて、どうしようもなく足場の悪いジャングルの道を3,4時間歩いた末にようやく辿り着く滝や、船でしか訪れることができない船浮集落、そしてマングローブの中に埋もれている炭坑跡などに行ってみるのをお勧めするよ。」

僕の話をじっと真剣に聞いていたヨンジュンは、少し頬を紅潮させて真っ直ぐに僕の方を向いて話し始める。
「そう言われてみれば、韓国にも歴史というよりは、断絶の歴史、つまり歴史になり損なったような場所がいくつもある。でも、そういう場所に、無理に歴史性を作り出そうとするんだよ。韓国という国は、きっと日本以上に歴史をやり損なった部分に対してトラウマのようなものを抱えている。だからほとんど暴力的に何でも歴史化したがる。いまの話を聞いて僕は、あらゆる歴史というのは、元々は流浪でしかない気がして、いま僕がこうしてバリ島に辿り着いたのも、ひとつの流浪の表現だという気がした。僕のような(ゲイという)セクシャリティは特に、定住せずに流浪するというライフスタイルで生きざるをえない部分があるんだよ。でも、矛盾するようだけど、僕たちは歴史化しなければ、きっと生きていけない。それは生き延びていくために必要なことだよ。そう思いませんか、トバさん。その意味で、歴史をやり損なったために強力な歴史化を進めようとする韓国という国家に、僕は深い慈しみを感じている。」

そこまで話したところでヨンジュンは背を向けてトイレに行く。僕は食べ損なってすっかり冷えたポテトフライを口に煩張りながら、ヨンジュンの言葉を反芻する。「僕たちは、歴史化しなければ生きていけない。」とても切実な言葉だ。

「バリにいいゲイビーチはあったかい?」ダーンがヨンジュンに尋ねる。

「ゲイ専用というわけではないけれど、スミニャックのほうに、雰囲気のいいビーチバーがあって楽しかったよ。」

「バリはゲイの人たちにとっていい場所なの?」僕はヨンジュンに尋ねる。

「うん、とてもいい場所だよ。みんな寛容だし。韓国は…日本もそうだと思うけど、どんなに性的マイノリティへの理解を社会的なトピックとして扱ったところで、根っ子のところで寛容さがないんだ。ゲイがゲイのまま社会で生きていくことは難しい。インドネシアはイスラム圏だけど、バリはヒンドゥーだからね。みんなおおらかだから、自然なことだと見てくれる感じがする。そういえば、意外にイスラム圏も最悪ではないんだ。トルコやイラン、パキスタンに行ったけれど、別に大丈夫だった、というか、壁を作られる感じがないというか……。北欧とかって、すごく寛容なイメージあるじゃない? でも違う。セパレートするためのシステムが巧妙なだけなんだよ。韓国や日本がこれから目指す方向なんだろうけど。」

ヨンジュンの話は本当に面白い。彼はちゃんと体で物を考えている感じがする。

「トバさんはどこかのビーチに行ったの?」とヨンジュンに尋ねられたので、僕はここから歩いて3分のビーチが案外お気に入りなんだと話した。

「トバさん、あのビーチは沖まで泳いではいけない。潮の流れのせいであっという間に沖合に流されてしまう。そうなったら一巻の終わりだよ。」パッキンは僕に言い聞かせるように言う。僕は危険なことはしないと、パッキンと小指を掛け合わせて約束をする。

「夕方になるとビーチに野生の犬が来て怖ろしいんだ。」
僕がそう言うと、パッキンは「野生というより、あれはビーチの犬だ」と答える。「ビーチの犬」という彼の言葉に要領を得ない顔をしていると、「きっと、所有というステレオタイプの概念が君を混乱させている」とアントンが言う。

アントンの説明によるとこうだ。そもそも犬などのペットを所有するという考え方がこの島では優勢ではない。町の中にいる犬たちは、そのほとんどが放し飼いで飼われている犬だ。飼い主がひとりとは限らず、村の犬、ビーチの犬というかんじでなんとなくその場所で飼われているから、責任の所在が明らかではないことのほうが多い。というか、責任の所在なんて小難しいことを考えている人がそもそも少ない。その犬たちは野犬(wild dog)ではなくて、野良犬(stray dog)ともちょっと違う。彼らは単に人間と同じ生活圏を生きていて、良いところも悪いところもある仲間なんだよ。

すぐ隣では、ジェニファーとジャックが例の笑い声を出しながら、今日の昼間、運転中に突然レンタルバイクのハンドルが左方向だけ動かなくなったというトラブルについて語っている。

「バリ島は丸いから、右にしか曲がれなくてもいつかゴールにたどり着けると思って進もうとしたんだよ。でも知ってた? 完全にまっすぐな道はないんだよ。だからちょっとしたカーブで曲がれずに大きな車とぶつかりそうになってね。」

そんなウソみたいな話を激しいジェスチャーつきでパッキンに話すジャックの隣でジェニファーは「左に動かなくたって、あなた、右を3度繰り返せば左になるわよ!」と言いながら声を上げて笑っている。ふたりはいつもこんな感じなんだろうなと思う。

5日目の朝、ゲストハウスを発つときには、ダーンとリサが部屋から出てきてお別れのハグをしてくれた。ヨンジュンとアントンはたった30分前に発ったらしく、「ヨンジュンはしきりにトバさんとビーチに行きたがっていたよ」と、パッキンはいかにも惜しかったねという表情で言った。

「ところで、パッキンというのは本名なの?」と僕が尋ねると、

「違うよ、パッキンというのはアンクルキム(キムおじさん)という意味だよ。もう十年以上前にゲストの誰かが呼び始めて、それからずっとゲストの間で呼び名が引き継がれているんだよ」と彼はちょっと誇らしげに答えた。

チェックアウトの支払いも終わって「バイバイ、アンクルキム。スクスモー、アリガトー!」と玄関を出ようとする僕をわざわざ引き留めて、「こまったときはおたがいさま」とパッキンは唐突に日本語でしゃべって僕を驚かせた。

彼から突然メールが来たのはそれから3か月後である。そのメールには、「いま僕は日本に来ているが、お金をなくしてしまい手持ちのお金がなくなってしまった、ここに8万円送金してほしい。困ったときは互いに助け合う気持ちが大切だ、僕を助けて!」とあり、メールの最後には振込先の銀行口座が英文で示されていた。

彼はおそらく同じようなメールを宿泊者たちに送っているんだろうと思いながら、「いま日本のどこにいて、どのような状況か詳しく教えてくれ、送金以外の方法で助けられることがあると思う」とメールしたが、そのメールに対する返信はなかった。

僕がもし再度あのゲストハウスに行くことがあれば、最初にやるべきことは「あのとき、日本で大丈夫だったかい?」「誰かあなたに送金してくれたの?」とパッキンに尋ねることだ。

ゲストハウス近くのビーチ

 

1976年福岡生まれ。専門は日本文学・精神分析。大学院在学中に中学生40名を集めて学習塾を開業。現在は株式会社寺子屋ネット福岡代表取締役、唐人町寺子屋塾長、及び単位制高校「航空高校唐人町」校長として、小中高生150名余の学習指導に携わる。著書に『親子の手帖 増補版』(鳥影社)、『おやときどきこども』(ナナロク社)、『君は君の人生の主役になれ』(ちくまプリマー新書)、『「推し」の文化論』(晶文社)など。連載に「ぼくらはこうして大人になった」(だいわblog)、「こども歳時記」「それがやさしさじゃ困る」(西日本新聞)など。朝日新聞EduA相談員。