第1回 心理療法家の友ヒッピアス

美とは何か?――芸術家でも、女優でもないわたしたちにとって、それはどこか遠い世界の問いのように感じられるかもしれません。だけど実際には、日々わたしたちは美しさや醜さに右往左往しながら暮らしています。ふと駅のトイレで自分の顔が鏡に映ったとき、わたしたちはそれがいつもより少し疲れて見えただけで、恐ろしく動揺します。また、なかなかイケメンではないか、といい気分になったりもします。実は自分たちが思っている以上に、美醜の問題は生きていくことを支えてくれたり、困難にしていたりするのです。 心理療法家として、美をめぐって苦悩する人との話し合いを行ってきた著者。本連載では、人がいかに見かけに傷つけられ、見かけに救われるのか。生きていくうえで、美醜とは心にとっていったい何なのか?といったことを考察していきます。

生き延びるための美学。

編集者から「タイトル、堅苦しすぎ的な気もするんで、ほら、もっと、若い世代にアピールするよ的な、感じがあれば、とか的な」と言われて、ムカついたので、ジャラジャラした感じに直してみる。

「この超タフでデスパレートな世の中を、ギリギリでいつも生きていたいから、美について考えてみるんだ、俺たちは」的なのでどうですかね?

だめ?ちょっとジャラジャラしすぎか。そうか。じゃあ、KAT-TUN的な要素を完全に脱臭してみますか。女子高生風にしてみる。

「ぃきるのはまぢ、っらぃときもぁったから、かぁぃぃにつぃて、ほんきだしてかんがぇてみたょ。。。ぁたし。。。」

だめだ。これは自分でもわかる。頭がおかしくなりそうだ。読みにくい。もっと普通にいきましょか。

「生きづらい世の中をサバイブするために、美について考えてみませんか?」。

うん、これくらいの感じがちょうどいいのではないか。ビジネスセミナーっぽいのがちょっと気になるけど、まあいいか。なにもかもがビジネスになってしまう世の中なんだから、ちょうどいいのかもしれない。

じゃあ、そうしよう。「美をサバイブする」。これがテーマだ(だけど、やっぱりタイトルはカッコいい方がいいから「生き延びるための美学」にしてほしいなぁ)。

 

とまあ、いろんな文体を試しているのには理由がある。先取りして結論に触れてしまうと、生き延びるための美学では、「何を語るか」ではなく、「いかに語るか」が重要だからだ。

喋っている中身ではなく、その喋り方にこそ美は宿る。そういうことを考えてみたいんだけど、まあゆっくりいこう。ということで、文体がときどき変わるけど、お付き合いのほどよろしくお願い申し上げますです候。

 

美をサバイブする。

なんだそりゃ、と思われるかもしれない。「美術館って牛の化け物がでてくるような迷宮だったっけ?」とか「音楽会って楽器の中に機関銃が混じっていて、ハープの音色と共に乱射してくるっけか?」とかと思われるかもしれないけど、勿論そんなことはない。

美術館も音楽会も安全だ。たまには実存的な稲妻に打たれる人もいるかもしれないけど、防弾チョッキを着ていくべきところではない。

だから、この連載で扱われるのは、そういうところで陳列されていたり、鑑賞されたりする美ではない。というか、そもそも、そういうことを語ることは、私にはできない。

だって、タイトルに「美学」と入れてはみたけど、私は美学者ではないからだ。ごめんなさい。「看板に偽りあり」だ。とは言え、世界には看板以外には何もない、というのも本連載のコンセプトなので、美学者じゃないのに美学を語ってみます。その点、ご承知おきくださいませ。

じゃあ、お前は何者なのだ?と聞かれちゃうだろうから、先んじてお教え差し上げよう。

私は心理療法家だ。

「ぇ。。。しらなぃ。。。っらぃ。。」と先ほどの女子高生の声が聞こえる。確かにあまりメジャーな仕事ではないかもしれないね。ほら、世間的にはカウンセラーと呼ばれている職業のことですよ。

いいかな、そこの女子高生。心理療法家って、心の治療を行う仕事なんですよ。毎日ね、小さな面接室で、クライエントと二人きりで話をするんです。他では話せないシリアスな話を聴くんです。それで、私も理解したこと、思ったことを伝えるんですよ。そうやって、色々な困りごとについて、一緒に考える仕事です。結構大変ですよ。楽な仕事じゃないからね。いいかな?

 

とにかく、私は心理療法家だから、フロイトとかユングとかの深層心理学は学んできたけど、美学を学んだわけではない。

だから、「初期ルネサンスにおけるジョット的人間」とか「シャガールにみるロシア農村的イマジネール」みたいなことは一切わからない。

そうじゃなくて、もうちょっと生々しくて、危険で、不安に満ちた美しさや醜さが、私の関心事だ。クライエントたちが、自分の人生を苦しめたり、癒したりする美しさや醜さについて語るからだ。

そう、私たちが生きている毎日の中にある美が、この連載のテーマだ。そして、それは実は美学以前の問題を扱うことを意味している。

どういうことだろうか?

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