第7回 第一次夫人小説ブーム到来

真珠夫人、感傷夫人に黄昏夫人……明治以来、数多く発表されてきた「夫人小説」。はたして「夫人」とは誰のことか? そして私たちにとって「夫人」とは? 夫人像から浮かび上がる近代日本の姿!

3回にわたって紹介した「鎌倉夫人」はのちに自然主義作家の代表格とされる国木田独歩の作品だったが、明治半ばから自然主義の台頭とほぼ同時進行するかたちで盛り上がっていたのが「家庭小説」である。

「家庭小説」とは、おもに家庭を題材とし、一家で読むことで団らんに寄与する趣味のいい上品な小説のこととされるが、実はその定義、どうも実態に即していない。

少なくとも当初の読者は男性であり、内容も誘惑、堕胎、自殺などの不道徳な挿話が多く、とても家族で読む上品な小説と言えないものが多いのだ。

また、通俗性のせいで近代文学批評の世界では無視もしくは批判され続け、ここ20年ほどでやっと真正面から論じられるようになったという曰くもある。

どうにも厄介な鵺(ぬえ)的ジャンルなのだが、なぜこうもこじれてしまったのかその経緯を見ていこう。

「家庭小説」の語が文学ジャンルとして語られた嚆矢は明治39年1月『早稲田文学』「彙報 小説界」というが(『「家庭小説」と読者たち』)、遡ること10年前に既に「今の文学者の眼中、果たして社会ありや否や、家庭ありや否や」「社会の一分子として、家庭の趣味を高め、家庭の和気を図る幾分の労を分てよ」(「家庭と文学」『帝国文学』明治29年12月号)として、その存在が待望されている。

背景には、日清戦争ごろから盛り上がった「観念小説」(社会批判を加えた作品。代表的作家に泉鏡花、川上眉山など)や「悲惨小説」(悲惨な題材を扱った作品。代表的作家に広津柳浪など)に変わる「社会小説」の提唱と挫折がある。

「社会小説」は政治、宗教、下層社会など前者2つのジャンルより題材をさらに広くとられた作品とされるが、『国民之友』誌が明治29年10月号に「社会小説出版予告」を掲載したが発刊に至らなかったことで、是非論が白熱した(ちなみに、やたらと「○○小説」と言いたがるのは、文芸誌の勢力争いの所産である)。

またもうひとつの背景として、この頃文芸誌が相次いで廃刊し、文学衰退論が浮上、再興のための新たな読者、つまり女性や中流以下の人士などの本を読まない人々を取り込む必要性が叫ばれたということもある。

その救世主として『帝国文学』誌が主張したのが「家庭小説」だった。

その論理としてはこうだ。

小説は人間を描くもので、人間は社会を成すものだが、社会は家庭の集合体で、健全な家庭から健全な社会が作られるのだから「家庭小説」が必要である。

現代の目から見ると芸術の一ジャンルに社会改良や家庭の啓蒙まで背負わせるのは無茶な気がするが、小説は新しく期待される分野であり、啓蒙、感化がとかく大好きな明治の世ではそこのところに違和感はないらしい。

しかし、驚くことに「家庭と文学」が書かれた時点で、「家庭小説」にあたる国内の実作はほとんど無かった。

というか、今では「家庭小説」の代表作品とされる尾崎紅葉『金色夜叉』(『読売新聞』明治30~35年)や、菊池幽芳『己が罪』(『大阪毎日新聞』、明治32~33年)などの連載があったにも関わらず、少なくとも『帝国文学』では一顧だにされなかった。

低俗な講談まがいの新聞連載の類いは小説として認めないという、厳然たる態度を崩さなかったのだ。

では、いつからそれらが「家庭小説」と認められるようになったのか。

キーとなる作品は菊池幽芳『己が罪』(「大阪毎日新聞」、明治32~33年)だと鬼頭七美は指摘する(『「家庭小説」と読者たち』)。

この作品は前編(明治32年8月17日~10月21日)と後編(明治33年1月1日~5月20日)に分かれており、とくに後編では幸福な家庭や夫婦の愛が語られ、読者の投書でも「屡々(しばしば)東京の文壇に叫ばれて未だ実現し来らざる家庭小説のこの関西文壇に現はれたるものにあらず、(引用者注:著者の菊池)幽芳子の想と筆とを以てして空前の喝采を博しつつある事決してその偶然にあらざるを認む(沈黙文士、明治33年2月27日付)」と、『己が罪』=「家庭小説」の図式が語られている。

また、紙面でも乗ずるかたちで、健全なる文学が家庭に必要であるといった言説を掲載し始め、新聞小説は「刊行小説」より影響力が大きく『己が罪』は読書趣味の教育や感化を担っているとし『己が罪』こそ待望の小説であると社説を掲げるなど、半ば既成事実化していく。

とはいえ、この時点でもまだ「家庭小説」とはカテゴライズされておらず、さらに言えば「家庭」という語も父兄や子弟を指す言葉で、婦女子はあくまで子弟を教育する役割を振られた脇役にすぎなかった。

女性が「家庭小説」のメインターゲットとして認められるのは明治30年代後半だが、それにはメディアミックス戦略が関係する。

具体的には舞台化である。

言うまでもなく新聞小説は続き物であり、回毎の終わりに次回への興味を引っ張らなければならない。

すれ違い、偶然の多用、ドラマティック・アイロニー(劇中人物が知らない事柄を読者や視聴者が知っている状況)などの演劇的手法が用いられるため、芝居と相性がいいのだ(『金色夜叉』に至っては執筆時から劇的構成が意識された)。

明治31年の『金色夜叉』をはじめ、明治33年『己が罪』、明治34年『不如帰〈ほととぎす〉』と人気新聞小説の新派劇(歌舞伎を旧劇とし、現代劇を新派劇と称した)化が相次ぎ、世の紅涙を絞った。

つまりこの辺りで、通俗的、メロドラマ的な内容と「家庭小説」がなし崩し的に繋がってしまうのだ。

さて、この頃『帝国文学』の「家庭小説」に対する態度はというと、「温室の中に蒸さるゝスヰートホームの謳歌者」「堕落し行く傾向」、つまり低俗だとして批判する。

『帝国文学』があんなにも待望していた「家庭小説」が、想定外の方向に盛り上がり既成事実化してしまったために、理想的な「家庭小説」論を振り回すのでは追いつかなくなり、「家庭小説」ごと否定してしまうのだ。

そして、明治39年にやってきた「新気運」(『早稲田文学』「彙報 小説界」明治39年10月)、具体的には島崎藤村『破戒』、国木田独歩『運命』、夏目漱石がたちまち文壇を席巻し、文芸誌の関心はそちらに移っていく。

さて、「家庭小説」の代表作といえば、先に挙げた『金色夜叉』『己が罪』『不如帰〈ほととぎす〉』のほかに、菊池幽芳『乳姉妹〈ちきょうだい〉』(『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』、明治36年)、田口掬汀『女夫波〈めおとなみ〉』(『万朝報』、明治37年)などがあるが、ほかにも大量にある。

そしてまた、「家庭小説」ブームと軌を一にして「大漁」に渉猟されるのが「夫人小説」である。

明治30年~末までのおもな作品を列記してみても、

1898(明治31)年
井田金洞『竹夫人』
1899(明治32)年
半井桃水『竹夫人』
1903(明治36)年
尾崎紅葉『令夫人』、小杉天外『新夫人』、田口菊汀『伯爵夫人』、篠原嶺葉『伯爵夫人』、小林蹴月『賢夫人』
1904(明治37)年
徳田秋声『前夫人』、泉斜汀『真珠夫人』
1905(明治38)年
田口掬汀『帰省夫人』、草村北星『露子夫人』、小自在庵『竹夫人日記』
1906(明治39)年
小栗風葉『麗子夫人』、魯庵生『慈善夫人』
1907(明治40)年
廣津柳浪『新夫人』、羽化仙史『財婚夫人』、生田葵山『富美子夫人』、伊藤政女『長官夫人』
1908(明治41)年
泉鏡花『沼夫人』、小栗籌子『賢夫人』、竹迂道人『狂言右夫人』、嵯峨の屋主人『露西亜夫人』、無記名『禁煙夫人』
1909(明治42)年
柳川春葉『雪子夫人』、島崎藤村『伯爵夫人』、小栗風葉『博士夫人』、なにがし『夫人の自白』、人谷生『竹夫人録(一)(二)』、後藤秀穗『築山夫人』、無記名『萬歲―(小說)―(解放された鞠子夫人)』
1910(明治43)年
町田柳塘『羽根子夫人』、田口掬汀『外相夫人』
1911(明治44)年
島川真一郎(七石)『富代夫人』、わらび山人『男爵夫人』、倉富砂邱『具足煩悩凡夫人』、江見水蔭『小說――磯の夫人』、泉鏡花『貴夫人』

と、枚挙に暇がない。

第一次「夫人小説ブーム」到来である。

もちろん、すべてが「家庭小説」ではないが、夫人が家庭にいる以上この形式は免れ得ないため、「家庭小説」の定義と経緯を先に踏まえておいた。

この豊作のなかで作品を選ばなければならないのは苦痛だが仕方がない、次回から具体的に見ていく。


〈おもな参考文献〉
鬼頭七美『「家庭小説」と読者たち──ジャンル形成・メディア・ジェンダー』(翰林書房、平成25年)
飯田祐子『彼らの物語──日本近代文学とジェンダー』(名古屋大学出版会、平成10年)
関肇『新聞小説の時代──メディア・読者・メロドラマ』(新曜社、平成19年)
真鍋正宏『ベストセラーのゆくえ』(翰林書房、平成12年)
小森陽一、紅野謙介、高橋修編『メディア・表象・イデオロギー──明治三十年代の文化研究』(小沢書店、平成10年)
本田康雄『新聞小説の誕生』(平凡社、平成10年)
川崎賢子「天下茶屋の〈父〉──〈家庭小説〉「己が罪」と明治期大阪の文学力」(『文学』1(5)、平成12年)
辻橋三郎「明治三十年代の家庭小説についての試論」(『日本文学』11(9)、昭和37年)

 

兵庫県生まれ、東京育ち。文筆家、デザイナー、挿話蒐集家。著書『明治大正昭和 不良少女伝 莫連女と少女ギャング団』(河出書房新社)、『20世紀破天荒セレブ ありえないほど楽しい女の人生カタログ』(国書刊行会)。2011年から翌年にかけて『純粋個人雑誌 趣味と実益』刊行。唄のユニット2525稼業主宰。2021年1月31日に『戦前尖端語辞典』(左右社)を出版。
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