第1回 縊り残され花に舞ふ

法華宗の宗祖・日蓮(1222~1282)は、千葉の貧しい漁師の家に生を受け、蒙古襲来や鎌倉大地震など、あいつぐ戦乱や自然災害に見舞われた時代のなかで、数多の著作を編み、多くの弟子を育てた信念と信仰の人であった。その生涯は、幕府や他宗派との対立により、度重なる流罪、襲撃、焼き討ちなどに見舞われる非常に激しいものだったと記録されている。
 この連載は、歌人であり東京下谷・法昌寺の住職でもある福島泰樹さんが、日蓮の足跡を辿りながら、彼の周囲に生まれた「生」=「エロス」の物語を、さまざまな形で現代に蘇らせていく試み。月1回の更新予定です。

昨年の春、大杉栄をテーマにした講演の依頼を受けた。依頼主は、新潟県新発田市を拠点に活動する「大杉栄の会」。新発田市は、軍人の子大杉が、幼年時代を過ごしたところである。

依頼状には、大杉が虐殺された「九月十六日」前後の日曜日に毎年、「大杉栄メモリアル――映像と言葉で日本の近現代史をふりかえる」と題する催しを続けてきたという。第一回開催は、十八年前の「一九八八年」。以後、藤原智子、鎌田慧、松下竜一、太田昌国、鈴木邦男などの人々が呼ばれた。まさに呼ばれて然るべき人々である。

なぜに、私にお鉢が回ってきたのであろうか。第一これまで私は一度たりと、大杉栄を論究したことがないではないか。ならば歌……。

 「春三月縊り残され」リンネルの背広姿に黒い花散る

歌集をたぐり寄せてみた。二〇〇二年秋刊行の『デカダン村山槐多』(鳥影社)は、「大杉栄に」の詞書をもって始まる。

 春三月縊り残され花に舞ふ

大杉畢生の句に出会ったのは、いつか。忘れもしない一九七〇年春。吉田喜重監督『エロス+虐殺』の画面においてであった。現代映画社制作のこの映画を私は、伊勢丹の斜め向かいにあった「アートシアター新宿文化」で観ている。細川俊之演じる大杉栄には、迫真のリアリティがあった。伊藤野枝の岡田茉莉子。池畔(井の頭公園であろう)を歩く二人に、鮮やかに桜が吹雪いていた。

この春、私は兵庫県尼崎にある法華宗興隆学林を卒業、昼は大塚にある宗務院に勤務していた。学生作家立松和平が、大塚に訪ねて来たのもその頃の事である。私がひそかに修業先の坊舎で纏め上げた処女歌集『バリケード・一九六六年二月』を、立松は占拠中のバリケードの中で読み、感動したという。立松は「早稲田文学」の学生編集号を企画、私に歌稿の依頼に来たのであった。

野枝さんよ虐殺エロス脚細く光りて冬の螺旋階段

しなやかな華奢なあなたの胸乳の闇の桜が散らずにあえぐ

愛と死のアンビヴァレンツ落下する花恥じらいのヘルメット 脱ぐ

くやしみの桜散りつつ血煙【ちけぶり】を描きし眼【まなこ】ふたたび閉じよ

数日を経て私は、処女歌集以後の作七十首ばかりを纏めて彼に渡した。中に「二月三月四月の桜」と題した作品がある。『エロス+虐殺』を観てからの作である。

一九六〇年代後半の激しい政治的嵐が一気に吹き荒れ、熄んで迎えた七〇年代のしらけた政治的状況の幕開けを私は、「野枝さん」への、なかんずく虐殺された大杉栄らへの呼びかけを通して、せめて激しく、エロスの炎を燃え熾そうとしていたのであった。

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