ポストEU離脱騒動の英国は、ストの時代 -Workers FROM all lands, unite!―
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英国でマクドナルドの従業員たちがストライキを行ったことが世界中で報道された。英国でマクドナルドが開店して初めてのストであり、従業員たちは労働環境の改善や賃金の引き上げなどを訴えた。
この話ほど大きなニュースにはならなかったが、英国では今年、ロンドン大学の名門カレッジ、LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)の清掃職員たちもストを行った。世界的な政治家や著名人を輩出するエリートご用達カレッジとして有名なLSEは、歴史を遡れば、19世紀の末にファビアン協会が設立したカレッジだ。
ファビアン協会は社会主義改革を説いた知識人たちが作った組織だ。世の中に蔓延する不平等から社会を解き放つには教育が重要だと信じた社会主義者たちが設立したカレッジが、いまや新自由主義の世相に則って、末端の清掃作業員たちを劣悪な条件で働かせていたのである。
ほとんどの大学がそうであるように、LSEも数年前に清掃職員の正規雇用をやめ、派遣会社経由で雇用することになった。安上がりだから、そして悪条件で雇うことができるからである。派遣会社を通して雇用されている清掃職員たちには、有給も、傷病手当も法で保証されているミニマムの権利しか与えられない。最低賃金で働く清掃職員たちは、賃金を貰えないと生活が苦しくなるので、往々にして病気にかかっても仕事に行く。
LSEの正規職員たちには年間41日間の有給が与えられ、6か月間は給与全額支給の傷病手当も与えられているのに、である。
清掃職員たちは自分たちのことをいつしか「二級市民」だと感じるようになった。だが、この人たちがブリリアントだったのは、「そういうものなのだ」と諦めなかったところである。
彼らは正規職員とまったく同じ雇用条件を求めて3月から断続的にストを打った。
5月にはガーディアン紙のライター、オーウェン・ジョーンズが彼らのストに賛同し、LSEで予定されていた彼の講演をドタキャンしている。彼はコラムでLSEにこう憤った。
これがねじれた真実なのだ。高額の報酬を貰う講演者(僕も含めて)が名門カレッジで登壇し、現代の英国社会の不正について論じる。そして清掃職員たちが現れ(その全員が移民、またはマイノリティーの出身)、あと片付けをする。その彼らこそが、まさに今そこで論じられていた不正による犠牲者たちなのだ。(theguardian.com/)
LSEでストライキを打った清掃職員たちは勝利をおさめた。天下のLSEが自分たちは間違っていたと認めたのである。LSEは2018年春から、清掃職員たちを正規雇用の職員として直接雇用することを発表した。マクドナルド従業員たちのストは、明らかに英国内のこのような動きとリンクしている。
労働者たちが闘いはじめた。
だが、この労働者たちは、例えば昨年のEU離脱投票の後や、トランプ大統領誕生時にクローズアップされた労働者たちとは別の層だ。
「白人で、中高齢者で、男性で、錆びついた旧工業地帯に住んでいて、自らの地位の没落を感じていて、排外主義になっていて」という図式にはあてはまらない人々である。
ストを打ったマクドナルドの従業員は圧倒的に若者が多いし、LSEの清掃職員はほぼ全員が女性の移民である。
これは一見、新たな労働者の層が闘いはじめたようにも見える。
だが、そんなことはない。歴史を振り返れば、昔は彼らのような人々も労働者階級の層に組み込まれていたし、彼らもストを打って闘っていた。1960年代にはインド系労働者組合(IWA)が全国の工場で闘争を繰り広げていたし、映画『ファクトリー・ウーマン』で有名なフォードのミシン工の女性たちの闘いもあった。
ファストフード店員や清掃職員は、工場作業員や炭鉱労働者といった従来の闘う労働者層とは違う、というのもおかしい。100年前だって英国では若い召使いたちが雇用主に抵抗する「召使い問題」が起きていたからだ。
むしろ、いまストを打ち始めて注目されている労働者層は、新自由主義万歳時代が末期に達して再び目覚めた層と言ったほうがいい。
そもそも労働者階級を、白人のおっさんたちの「兵どもの夢のあと」みたいなステロタイプで語りたがる識者たちの「ブレグジット/トランプ以後」の風潮は、ゼロ年代に盛り上がった、労働者階級は白人で頭が悪くて犯罪者だという「チャヴ」差別と合わせ鏡だ。実際のところ、我々はもっと複雑な構成でできた階級なのである。
なのに労働者階級を単純化してレッテルを貼ることで、利を得るのは誰だろう?
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ガーディアン紙に「コミュニティ・ビルダー」と称するバーミンガムの牧師の記事が出ていた。アル・バレットという牧師は、昨今メディアや知識人が「非常に懸念される白人労働者階級の地域」と呼ぶ公営住宅地に住んでいるそうだ。
彼は言う。緊縮財政と貧困が地方コミュニティのインフラ(図書館、パブ、カフェなど)を潰してしまい、こうしたコミュニティのハブが失われるにつれて、人々は交わることがなくなり、「パラレル・ライフ」を生きるようになってしまったと。
近隣の人々が集うことが可能なコミュニティのインフラを復興することがいま最重要だ、と彼は主張する。アフガニスタンからの難民と実際に会って話したことのない人々にとり、テレビやタブロイド紙で見る彼らに関する情報がすべてとなってしまい、偏見を抱くようになり(福祉の世話になって生きていくために英国に来ている、等々)生身の人間として見れなくなってしまう。バレット牧師は、自分の教会(英国国教会)に来る信者たちと話すにつれ、地域住民が集まり、触れ合うスペースの必要性を痛感するようになったという。
本来は複雑で多様である労働者階級の構成を無視して、ステロタイプ的な労働者階級像を作ってきたのもメディアであり、それを通してしか白人労働者階級を知ることのない移民のほうでも、また彼らに対する偏見を抱くようになり(教養のない怠け者のレイシストたち、等々)、生身の人間として理解できなくなる。つまり、お互いに直接触れ合うことなく、離れた場所から嫌悪感を募らせているのである。
ぜんたい、こんな風に分断させて統治することで利を得ているのは誰かということだ。
労働者階級の街の排外主義やレイシズムはリアルだが、先天性のものではない。
隣に立つべき者どうしを切り離し、互いを侮蔑させ合って統治してきた人々が、労働者のコミュニティを他と同じく価値ある共同体として扱い、「今さえよければ」という短期的介入の反復ではなく、長期的に投資して再生させれば、そんなものは乗り越えられるのだ。
我々は、白人であり、黒人であり、アラブ人であり、黄色人であり、ムスリムであり、クリスチャンであり、若者であり、中高年であり、自動車工場の工員であり、マクドナルド従業員だ。
「万国の労働者よ、団結せよ」どころか、「地域の労働者よ、団結せよ」から始めなければならない時代である。
だが、「インターナショナル」がローカルなコミュニティの中に存在する現代では、地域社会こそが世界の労働者が団結する場なのかもしれない。
いまや万国は、半径5メートル内にある。
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