第1回 バングラデシュのレンガ工場(1)

はじめに

みなさん、はじめまして。

野球にはまったく興味ないけど、俗に「松坂世代」と言われる1980年生まれの写真家・吉田亮人と申します。

九州は宮崎市の出身で、現在は京都市に住んでおります。僕は元々小学校教員をやっていました。それがいくつかの本当に数奇な運命を経て、2010年に写真家の道を歩み始めることになったのです。

そんな僕がいま撮っているものが「働く人」です。

国内外問わず、さまざまな「現場」で働く人たちに肉薄し、「働くとはなにか」ということを考えたいと思って写真を撮っています。

この「スクラップブック」では、僕が写真を介在して出会った様々な「現場の人たち」の姿を写真と共にレポートしていきたいと思っています。

働くとはなにか。

その答えの一端がこのレポートの中から見えてきたら幸いです。

第1話①DSC_2057

薄暗くて狭い小屋の中で、8人の男たちが蠢き合っている。

男たちは円陣を組んで座り、威勢のいいかけ声を上げながら、パチンパチンとトランプを床に叩きつけている。皆、鋭い目つきでカードを見つめ、相手の出方を注意深く観察しながら、自分の順番が回ってくるのを待っている。そして自分の番になると、どうだ! と言わんばかりにトランプを繰り出す。その表情は真剣そのもので、狭い小屋いっぱいに緊迫した空気が充満して少し息苦しいくらいだ。と、その時、

「あーー!」

という落胆と歓喜、両方入り交じった叫び声がこだましたかと思うと、何人かの男たちがシャツの胸ポケットの中からしわくちゃの紙幣を悔しそうに放り投げる。

その紙幣をニヤニヤしながら集め、胸ポケットにそっとしまう男。彼はこのゲームの勝利者らしい。どうやら、彼らは賭けトランプに興じていたようだった。

金のやり取りが終わるとすぐにまたトランプが配られ、次のゲームへと突入する男たち。再びピンと張りつめた空気が小屋の中を支配し、また同じことが繰り返される。そんなことがかれこれ小1時間は続いただろうか。ようやくゲームはお開きとなり、皆立ち上がって薄暗い小屋の中をのろのろと出ていく。僕もその後に続いて、小屋を出た。

出た途端、まぶしすぎる光が飛び込んできて、目の前が真っ白にぼやけて何も見えなくなり、軽い立ちくらみを覚える。しばらく薄目のまま立ちすくんでいるとようやく目が慣れてきて、ぼやけていた像がだんだん結ばれていく。

立ち現れてくる光景を眺めながら、そうだ、僕はここにいたんだと改めて思う。バカでかい煙突の群れ。そこから吐き出される黒煙と白煙。大量の粘土の山。そこでうごめく人影。そして大量の赤茶けたレンガ。何度も見たはずの光景なのに、やはり圧倒されるこの光景。僕はバングラデシュのレンガ工場に来ていたのだった。

バングラデシュという国はとにかく人間の数が多い。北海道と九州をあわせたほどの国土に1億5000万人もの人間がひしめきあうように暮らしているのだから、その過密さは凄まじいものがある。とくに首都ダッカは近年の急速な経済発展に伴い、地方からの人口流入が増加し、拡大の一途を辿っている。

僕はこれまで3回バングラデシュを訪れているが、訪れる度に新しいビルや道路が建設され、郊外を侵食しながらその範囲を広げ続けている。

しかしながら、この国は建設資材となる土砂や岩石が採れないため、その代用品として昔からレンガを製造し使用してきた。そのため、バングラデシュ国内だけで約1万6000ものレンガ工場があると言われている。実際、首都ダッカを離れ、地方に向かうバスや列車に乗り込み、外を眺めていると必ずどこかにレンガ工場の煙突を見つけることができる。そこで製造されたレンガは建設ラッシュに涌くダッカをはじめ、バングラデシュ全国、そして隣国インドにまで輸出されるほどで、バングラデシュの一大産業へと発展を遂げている。

そもそもこのレンガ工場に僕が興味を持つきっかけになったのは、一度目のバングラデシュ渡航の時だ。

ちょうどその時期、バングラデシュは雨季真っ只中で、国土全体が低いこの国はあらゆる場所が洪水によって水没していた。ダッカ郊外の「アシュリア」と呼ばれる地域をバスで通った時も、幹線道路以外は全て水没し、辺り一面湖のようになっていたのである。

その湖から棒のようなものが何本も出ているではないか。いや、棒と言うより、それは煙突のように見えた。一体あれは何だろう? と不思議に思い、バスの乗客や車掌に聞くが、ベンガル語で説明されてよく分からない。あとでバングラデシュ在住の日本人に聞いてみると、

「あぁ、あれはレンガ工場なんだよ。雨季になると雨がひっきりなしに降るし、バングラって土地が低いでしょ? だからあの辺りの工場一帯は全て水没して消えてしまうんだ。湖から突き出てたものはレンガ工場の煙突。乾季になると水は一気に引いて、あそこにレンガ工場が現れてレンガ造りを始めるんだ。魔法みたいでしょ?」

と教えられた。

はじめそのことを聞いた時、信じられなかった。レンガ工場があの湖の下にあることも、あの広大な湖が乾季になると一切なくなってしまうことも。そしてその後レンガ工場が操業することも。それは一体どんな光景なんだろう。そしてそこで働く人間たちは一体どんなことをしているのだろう。どんな人たちなんだろう。まったく想像がつかないだけに僕の好奇心と興味は膨らむばかりで、必ず乾季に来てみようと誓ったのだった。

(つづく)

第1話②DSC_2204