40代持病まみれ
42歳で最初の単著単行本を出してから、4年のうちに30冊の単行本を出してきた横道誠さん。文学研究を専門とする大学教員で、自閉スペクトラム症(ASD)、ADHD(注意欠如多動症)、アルコール依存症の当事者として10種類の自助グループを主宰するその旺盛な活動力の秘密は、「いつ死んでも良いように」と40歳の時から「終活」を始めるようになったことにある。あまたの持病と戦いつつ執筆する横道さんの活動力の秘密はどこにあるのか? ノンフィクションとフィクションの垣根を越える、衝撃の当事者レポート。
第4回

水中世界の魅惑

2025.08.25
40代持病まみれ
横道誠
  •  ピンポーン。京都のマンション、5階の一室のドアのチャイムを鳴らすと、中から小太りした中年男性が姿を見せた。ラフな部屋着をしている。私が「初めまして、横道さんですよね?」と尋ねると、その男性は「はい、そうです。私が横道誠です」と答えた。鼻が詰まっているかのような、甘えた印象のする不快な声だ。
     私が部屋にあがらせてもらうと、横道さんは「まずは洗面所に行って、手洗いうがいでもどうぞ」と声をかけてくる。ありがたくそうさせてもらって、ハンカチで手を拭いていると、横道さんが「さあさあ、こちらへどうぞ」と声をかけるのにしたがって、リビングの真ん中に進ませてもらう。部屋のほとんどすべてが本棚によって囲われており、書籍、DVD、CD、レコード、玩具類などがびっしり並んでいる。私はなんとなく「おかしいです。なんとなくですが、ここに来たのは初めてという感じがしません」と口にする。横道さんは「いやはや、まちがいなく初めてですよ。以前あなたがここに来られたことはありませんとも、はっはっは」と笑う。やけに不自然な印象を与える笑い方だ。
     私は「きょうはメールでご了承いただいたとおり、横道さんの持病について取材させていただこうと思って、訪問させていただきました」と切りだす。横道さんはテーブルの上から蜜柑を取って幸せそうに皮を剥き、おいしそうに頬張って、「あなたもどうですか」と勧めてくる。私は「いえ、けっこう。さっそく、持病についてご自由に話していただきたいです」とせがむ。私はなんだかモヤモヤして、やはり先ほどと同じことを言う。「あの、こういうやりとりって前にもやりましたよね? 絶対やったって気がします」。

     すると横道さんは「それでは寝そべって、体をガクガク震わせながら、話すことを許してくださいね。これは自閉スペクトラム症のこだわり行動です」と言った。横道さんは実際にさっと寝そべって、全身をガタガタ揺らしながら話しはじめる。なんだかこの部屋が異次元空間のように感じられてくる。「というか、これは明らかに世界がループしているよな? 明らかに同じやりとりを反復しているよな?」と思うしかない。
     横道さんは言う。「まず、生まれつきこの自閉スペクトラム症があるわけですね。コミュニケーションや社会生活が難しかったり、妙なこだわりがあったりする。この部屋がそのまんま見本ですが、収集癖のある当事者は非常に多いです」。
     私は、「あの、やはりそのお話はもう聞いたことがある気がします。ですから今回はもう少し突っこんだ話をお聞かせいただければと思います。たとえば横道さんは梅雨や台風の季節がお好きなんですよね。そのことについて語ってくれませんか」と頼みこむ。横道さんは「あなた変わってますねえ。あなたがこの家に来たのは、まちがいなく初めてだと言ってるではありませんか。それにものごとには順序というものがあります。順序立てて話さなかったら、このインタビューを読む読者だって「ワケワカメ」ですよね」。私は「すみません。でもそこをなんとか。横道さんが水に憧れるようになったのはいつからなんですか」と強引にせがむ。「あと「ワケワカメ」って30年ぶりくらいに聞きました」。

     横道さんは答えてくれた。「小さい頃から雨の日が好きでした。いちばん大きな理由は体がほてりがちだからでしょうね。雨に濡れると心地よく感じました。それから雨のざあざあする音が好きでした。いまでもネイチャー・レコーディング、熱帯雨林で降っている雨の環境音なんかを動画配信サイトで聞いたりします。雨の日は外で遊べないので、体を動かすのが非常に不得意な私はみじめな思いをしないで済む、家のなかでじっくり本やマンガを読んでいられるというのは幸せそのものでした」。私は「なるほど、そういうことなんですね」と相槌を打つ。

     横道さんは続けた「好きだという気持ちに、自閉スペクトラム症に特有のこだわりの強さが関係している可能性は高いと思います。色へのこだわりが強くて、青系統の色が大好きだったので、海や空や夕暮れ時や宇宙への憧れが大きかったのです。ADHDのために頭のなかがいつもじゃぷじゃぷ揺らいでいること、発達性協調運動症のために体がいつもぐらんぐらんしていることも、「じぶんは水中世界にいるような気がする」という感覚を強めたと思います。ですから、実際に水の中にいるときに興奮するようになったのですね」

     私は「なるほど、わかりました。ということでしたら、プールとかお風呂も昔から好きだったんですよね?」と尋ねた。意外なことに、横道さんは「いや、それはそうでもないんです」とあっさり否定した。「体を動かすことが不得意なので、水泳は苦手でした。自閉スペクトラム症に特有の感覚過敏があるために、水面に顔をつけると、その感覚が気持ち悪くて、一生懸命に手のひらで顔を拭いながら泣きじゃくりました。私は自閉スペクトラム症者は猫に似ているとよく思うのですが、この点でもとても猫みたいですね。SNSでは、猫がお風呂を嫌がったりする様子がよく投稿されています」。

     私が「それはお気の毒でしたね。プールはいまでも苦手なんですか」と尋ねると、横道さんは目をつむって、「母が水泳教室に通わせてくれましたが、ほとんど上達しませんでした」と答える。「何年も通っているうちに、水に顔をつけることを過度に怖がることはなくなりましたが、いまでも水泳をすると、ほかの人がやらないくらい一生懸命に手で顔を拭って水分を取ろうとしますね」。私は「お風呂はどうでしょうか。お風呂は好きな子ども時代でしたか」と尋ねると、横道さんの返答は「私は風呂と歯磨きは20代半ばになって、ようやく習慣化できたんです」というもの。「いま思えばADHD的な先延ばし癖のほかに、やはり自閉スペクトラム症の感覚過敏の問題があったと思うんです。つまり歯ブラシが痛い、シャワーが痛いという感覚ですね。でも我慢して習慣化して、20代後半からは風呂が趣味に、30代半ばからはサウナも趣味になりました。それでますます水の世界が大好きになりました」。

     私は「私、サウナって暑くて耐えられないんですよね」と感想を述べると、横道さんはチラッと私を見て、「よく説明していることなんですが、暑いサウナ室で汗をかくことがサウナの魅力なのではありません」ときっぱり言った。「サウナ室はたんなる苦行の時間です。サウナ室で体を存分に温めたあと、キンキンに冷えた水風呂で体を冷やす! そのときの清涼感がサウナの魅力なんです」と断言する。私は「そういうことなんですね。知りませんでした。ヒートショックが怖いですね」と答える。
     私が「それでですね」と言いかけると、横道さんはしばらく顔を歪めて、「おおおおえええええええええええ」と言いながら口からドロドロネバネバした緑色に光る半液体的・半固形的な物質を吐きだした。ゲロゲロゲロゲロ、ドクドクドクドク毒と溢れてくる。ものすごい量だ。横道さんは175センチメートルほど、75キログラムほどだが、どこからこんなに出てくるのだろうかと衝撃的だ。
     その緑色に光る大量の物質が私のほうに寄ってきたので、私は「うわ、汚な!」と容赦なく叫び声をあげて、あとずさった。「やっぱりこの光景、前に絶対に見たことがありますよ!」とも口走った。横道さんはふらりと立ちあがって、向こうのほうに行ってしまう。洗面所でうがいをし、口をゆすいでいる音が聞こえてくる。いったいこれはなんなんだ? いや、私はこれを知っている。人間の体と同じくらいの大きさに見える。これはたしか横道さんの分身とかそういうものだった気がする。
     戻ってきた横道さんは緑色に光る物体を無表情で黙って見下ろしているので、私は「あの、これってふつうの吐瀉物じゃないですよね? こんなものが出てきて、横道さんのお体は大丈夫なんですか? というか、やっぱり私たち、以前もこのやりとりをしたことがあると思います」と早口に言った。横道さんは落ちついた様子で、「最近は、こうやって毎日これを吐きだしているんですよ。もう少ししたら人間の形になって、緑色の私の分身だということがはっきりします。そして私たちがこのやりとりをするのは、絶対に今回が初めてです」と断言した。私は唖然とししながら、その吐瀉物を眺めていた。なんとなくシンナーめいた匂いがするが、この匂いにもやはり既視感というか既臭感を覚える。
     横道さんはまた横になって、体をガクガク揺すりながら言った。「子どものころ、『ドラえもん』を見ながら「ひみつ道具」(『ドラえもん』に登場する未来世界の道具)の「お座敷つりぼり」に憧れました。部屋のなかで未来道具のシートを敷くと、釣り堀に変化して、水面の光景がさっと広がり、魚を釣ることができるというものですね。部屋のなかに突如として水中世界が展開するという想像力に痺れました。映画『ドラえもん のび太の鉄人兵団』でお座敷釣り堀を応用してパラレルワールドに出入りする場面にも興奮しました」。私は『ドラえもん』についてはそこそこのマニアなので、思わず反射的に言ってしまった。「1979年に始まったテレビ朝日の『ドラえもん』、放映前に作られたパイロット版はお座敷つりぼりなんですよ。しかも2005年に、アニメのキャラデザや声優が一新されましたが、その第1話もお座敷つりぼりの話なんです! ですから、ある意味ではタケコプター、どこでもドア、もしもボックスなど以上に『ドラえもん』を象徴する道具なんです。きっと多くの子どもたちにとって、自室が水中世界につながるというのは、動画として見て興奮する夢のあるモティーフなんですね」。

     横道さんは「そうだったんですか」と少し残念そうに言った。私は「しまった」と思った。「あなたのセンス・価値観はそんなに固有・独特のものではなくて、一般的で多くの人に共有されているものなんですよ」というメッセージは暴力的なものだ。インタビューの場面ではもちろん、通常のコミュニケーションでもタブーと言って良いものなのに、私はそれを犯してしまった。

     横道さんは「それではあなたがいちばん好きなひみつ道具はなんですか?」と尋ねてきたので、私は『映画『ドラえもん のび太の日本誕生』に登場する「畑のレストラン」です。畑からダイコンを収穫して、パカっと割ると、なかにはビーフカレーやカツ丼が入っているという』。横道さんは微笑んで、「私もあれは大好きです。やはり多くの子どもたちにとって憧れのひみつ道具ですよね」と言った。
     私がふと視線を横に向けると、あの緑色に光る物体は、だいぶ人間の形に近くなってきているようだ。きらきら透明に光っていて、巨大な人間型のゼリーのような姿をしている。シンナーっぽい匂いは、だいぶ薄らいだ。いや、もしかすると匂いに慣れたことで、私の鼻が麻痺してしまったのかもしれないけれども。そしてやはりこの光景と感覚は以前にも体験したものにほかならない。
     私は「すいません、やっぱり蜜柑もらいますね」と言って、ひとつ摑んでさっさと皮を剥き、むしゃむしゃ食べた。甘くておいしい。この展開と感覚も覚えている。世界がループしているのは確実だ。横を見ながら、「もうすっかり人間の形をしていますね」と感想を述べた。横道さんはうれしそうに「さらに時間が経つと、私そっくりになりますよ。緑色で透明なのは、そのままですが」と誇らしげだ。私は「毎日、これを吐きだしてるって、おっしゃってましたよね? このあとはどう処理、というか処分してるんですか? 切り刻んで生ゴミにするとか?」と問いながら、ハッとした。そうだ私はこの物体がどうなるか知っている。それもすでに体験したことなんだ。たしかこのマンションの下に広大な地下世界が広がっていて、この物体が工場の生産ルートに乗っている。存在しないはずの記憶を手探りするのは困難を極めることだけれども、なんとなくそんなふうだった確信がある。

     横道さんは不可解な笑みを満面に浮かべながら「まあ、それは次回にでもご説明できるでしょう」と言って、また蜜柑を食べはじめた。私は、そろそろ今回の取材を終えるタイミングだと判断したが、立ちあがろうとすると、寝転んでいた横道さんはさっと体を起こしてあぐらをかきながら座ると、「またどうぞお越しください」と静かに言った。
     私はこのループした世界からどうやったら抜けだせるのだろうか、と思案しながら、「きょうは興味深いお話をありがとうございます。また来月、こちらに来させていただきますね」と口にして、外に出た。エレベーターを降り、交差点でバスに乗り、じぶんの住んでいる街に帰りながら、私の頭の片隅で、緑色にぬらぬら光る物体が、ずっと輝きを放ちつづけていた。

     私は思案を続けた。そもそもこの感覚は二度目なのか。じぶんの心に耳を澄ませてみると、すでに三度目か四度目のような気さえするする。いったいいままでに私は、あるいは世界は何回ループしているんだ? 私はいつまでも自問するのをやめられなかった。

     

     

42歳で最初の単著単行本を出してから、4年のうちに30冊の単行本を出してきた横道誠さん。文学研究を専門とする大学教員で、自閉スペクトラム症(ASD)、ADHD(注意欠如多動症)、アルコール依存症の当事者として10種類の自助グループを主宰するその旺盛な活動力の秘密は、「いつ死んでも良いように」と40歳の時から「終活」を始めるようになったことにある。あまたの持病と戦いつつ執筆する横道さんの活動力の秘密はどこにあるのか? ノンフィクションとフィクションの垣根を越える、衝撃の当事者レポート。
40代持病まみれ
横道誠
横道誠(よこみち・まこと)

京都府立大学准教授。専門は文学・当事者研究。さまざまな自助グループを主催し、「当事者仲間」との交流をおこなっている。著書は、最初の単著の単行本『みんな水の中──「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』(医学書院、2021年5月)を出してから、現在(2025年5月)までの4年間で、単著と(自身が中心になって作った)編著・共著を合わせて30冊に達している。