40代持病まみれ
42歳で最初の単著単行本を出してから、4年のうちに30冊の単行本を出してきた横道誠さん。文学研究を専門とする大学教員で、自閉スペクトラム症(ASD)、ADHD(注意欠如多動症)、アルコール依存症の当事者として10種類の自助グループを主宰するその旺盛な活動力の秘密は、「いつ死んでも良いように」と40歳の時から「終活」を始めるようになったことにある。あまたの持病と戦いつつ執筆する横道さんの活動力の秘密はどこにあるのか? ノンフィクションとフィクションの垣根を越える、衝撃の当事者レポート。
第8回

象牙の塔と地下での活動

2025.12.23
40代持病まみれ
横道誠
  •  京都市地下鉄の北山駅から出てくると、湿気を含んだ風がまとわりついてきた。秋は深まり、空気はどこまでも冴えわたっている。しかし空気は重く、肌に貼りつくようだ。空を見上げれば、視界いっぱいに広がるのは、鉛色の曇天。分厚い雲は、まるでどこまでも大きく広げられた毛布のように、北山杉がたくさん並ぶ北部の山の稜線をすっかり墨色に溶けこませていた。駅から大学に続く下鴨中通をいくつもの車が静かに滑走していく。私が住んでいる地域と違って、なんと騒音が少ないのだろうと考えてしまう。

     私は下鴨中通を南下し、横道さんの研究室が入居する京都府立京都学・歴彩館に向かって歩く。これから会う横道さんの顔を思い浮かべた。前回のインタビューでは、夕暮れのどきの軍事パレードの様子が印象的だった。軍事パレードなんて子どもの頃から何度も見てきたのに、取材時間の背景にそんなものが重なってきたのは、初めての経験だと思う。頭の上を轟音を立てて通過する戦闘機、北大路通を行進する巨大な戦車の列。それらが取材対象者にあたる横道さんと強いコントラストを形成していた。

     歴彩館は巨大なガラス張りの建物で、外観は未来を感じさせつつ、この種の建築がいつもそうであるように、冷たく無機質な印象をおびえていた。まるで、大学教員たちが生きている管理社会を象徴しているかのように、と言えば個人的なイメージを読みこみすぎだろうか。

     私は深呼吸して自動ドアをくぐる。ガラスの扉が静かに開き、ひんやりとした空気が肌を撫でる。すぐ隣にあるエレベーターに乗りこんで、横道さんの研究室が入居している階のボタンを押す。それらのフロアに対して外部からの訪問者は基本的に侵入禁止なのだが、もちろん教員たちとアポイントメントを取っている場合には、その限りではない。

     エレベーターを降りて、事前に聞いておいた部屋の番号のメモを確認しながら、廊下を進んでいく。すぐ隣は吹き抜けの巨大な伽藍堂になっていて、なんとなく落ちて吸いこまれてしまいそうな不安を覚える。研究室の前でノックすると、金属でできたドアの材質のために、ノックの音は「ガン、ガン、ガン」とも「ベン、ベン、ベン」とも聞こえる乾いたものになった。

    「どうぞ」 くぐもった声が聞こえた。扉を開けると、私は一瞬、足を踏みだせずに立ちすくんだ。 壁と床が、本で埋めつくされているのだ。 まるで知識の大洪水が起きたあと、とでも喩えられようか。ドイツ文学、哲学・思想、文化史・社会史、グリム童話などの民間伝承、村上春樹関連などの日本文学、精神医学、心理学、福祉研究、障害学。背表紙があちこちの方向を向き、積まれ、崩れ、また積まれている。高さ五〇メートルを超す山もあれば、地層のように水平に堆積している場所もある。

     古本が多いので、私はそれらのなかにはたくさんの気持ち悪い紙魚が潜んでいるのでは、という想像をめぐらせた。紙魚が本から本へとぴょんぴょん飛び移りながら泳いでいく様子を思い浮かべて、不気味に感じた。部屋はところどころ埃っぽく、独特の紙とインクの匂いが鼻をつく。まるでコレクションのゴミ屋敷だ、と私は思った。本以外にも海外のものらしい謎めいたおみやげ、日本のガラクタ市に売っていそうな骨董めいたあれこれが顔を見せている。

    「足元に気をつけて。雪崩が起きたら研究室ごと埋まりますからね」。横道さんは研究室の奥のほうから冗談を言ってくる。驚いたことに横道さんは机に座っていなかった。この部屋には研究机がなく、壁に設置された金属製の本棚から一部の棚を抜いて、作業ができるだけのスペースを作り、そこにノートパソコンを置いて、机代わりにしているのだ。その前のくるくると三六〇度回転する椅子に横道さんは座っていて、実際にくるくると三六〇度回っている。子どもなのか?

     そのすぐ隣、部屋のいちばん奥には巨大な「トトロ」のぬいぐるみが鎮座している。横道さんのどれかの本で、若い頃に大阪の梅田で買って、京都の自宅まで電車で運んできたと書かれていたのを思いだす。これが、そのぬいぐるみに違いない。

    「これは……この部屋は、片付ける気はないんですか?」と私は恐る恐る言った。

     横道さんは慣れた口ぶりで答える。 「片付けたい気持ちは山ほどあるんです。でもね、私にはADHDがあってね。分類しようとしても、五分後にはまだ読んでない本に手を伸ばしてしまう。だから気がついたら、こんな遺跡の発掘現場みたいな研究室になってしまいました。自宅はホームヘルパーが毎週掃除してくれますが、研究室ではそういうわけにもいきません」

     私は思わず笑った。横道さんのユーモラスな話し方は、彼の人生が立ちあげるカオス的な状況を、笑えるものに変えることで、生きのびるための一助として機能しているのだろう。この混沌が彼の頭脳の燃料庫でもある。おそらく彼は、現実では物事をうまく整理することができないために、たくさんの本を書いて、本のなかでは人生に見通しを与えたいという動機に貫かれるようになったのではないか。だとすれば、このカオスこそが彼の生産力のエンジンなのかもしれない。

     私は足元を注意深く進み、細長い机の椅子に腰をおろした。横道さん用の机はないものの、学生指導や来客応接のために、この机を設置しているのだろう。しかしこの机の半分以上の面積には、やはり本が積まれ、椅子にも本がたくさん置かれている。私は録音装置を机の上に置き、ノートを開いた。「では、今回もいろいろとお聞かせいただければと思います。横道さんは、ご自身の病気や障害と世の中の関係をどう捉えておられるんですか?」

     横道さんは回転する椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げ、こう言った。「いまの世の中はですね、いわゆる優生思想が全盛期を迎えていますよね。遺伝子編集、出生前診断、ナノ医療。ぜんぶ駆使して『完璧な人間』だけを選びぬく時代が始まっている。結果、病気や障害を持つ人間は急速に減りつつある。街で見かける若い人たちは、完璧な笑顔と、完璧な姿勢、そして完璧な言葉を話す事例が多くて、まるで、サイボーグやマネキンを連想させます。こんなことを言っていたら、「老害」扱いされるということは、わかっているのですが」

     私は相の手を入れた。「若い人々はみんな同じような顔つきをして、同じような服装をしている、とも話題になりますよね。彼らは効率よく、無駄なく、そして何より感情に揺さぶられながら生きている。それは人類の思考を画一化していくことを意味するかもしれませんね」

     横道さんは満足げに言った。「もちろん、いまの若い世代にはさまざまな長所があり、上の世代より賢く素直に生きているのかもしれませんが、笑い方までマニュアル化されているようですから。それはどうなのかなと思ってしまいます。恋愛でも仕事でも「最適解」ばかりを追う傾向が強い。効率はあがるけれど、世界はどんどん灰色になってしまう、と私は思うのです」。

     私は記事のことを考えつつ、応答した。「正直に言えば、そのような批判だけならば、昨今ではありふれたものと感じられます。ですが横道さんは病気というネガティブなものに絡めながら議論するのが独特だと感じます。ですから、その話をお伺いできればと」。

     横道さんは言った。「 私は『持病まみれ』です。自閉スペクトラム症、ADHD、アルコール依存症、糖尿病、緑内障、未破裂脳動脈瘤などの既往。そういう私たちが、この時代では「病気のアーカイブ」として存在していると思うのです。病気や障害を持つ人間は、社会の異物と見なされ、排除されるべき存在とされている。しかし、私としては、この異物こそが社会を救う鍵だと信じたい。つまり「病気のアーカイブたち」は「現状に対するレジスタンンスたち」でもあるわけです。私はうろたえつつ、「少しお話の展開が急すぎて、ついていくのが難しいです」と正直に指摘した。

     横道さんは「大丈夫です、レジスタンスなんて言った以上、あなたが記事にしても、検閲で消されることは百%確実です」と言った。「コーラを飲んだらゲップが出るくらいに確実ですから、何も書かないでいてくれたほうが良いです」。 横道さんはと両手を合わせて擦りあわせ、「お願いします」というような身振りを見せた。ユーモラスな仕草だが、紛れもない切実さが滲んでいて、彼の魂の叫びのようにも見える。

     私は頷きつつも、心の奥で「なんとかして記事にする方策はないものだろうか」と葛藤していた。じぶんが「体制の手先」なのだと感じられ、なんとも言えない気分になってくる。さながら横道さんを観察し、記録し、排除すべきかどうかに関する見解を報告する役目を負っているかのような。もちろん、そんなことは私の妄想に過ぎないのだが。

     私は単純な問いを口にした。「でも、本当にそうでしょうか。病気や障害が創造性の源だなんて」。

     私が口にした疑念を、横道さんは率直に受けとめた。「頭木弘樹さんも言ってますよ。社会からはみ出した人間こそ、社会を変える原動力になる、と。もちろん病気や障害を美化するのは禁物です。病気や障害は苦しみであり、痛みであり、つらいものでもあります。ですが、その苦しみを通してしか見えない世界がある。そして、その苦しみは、私たちに人間らしさを思いださせてくれる。病気や障害について知った人が、世の中に疑問を抱く。世の中に対する違和感が高まっていく。そしれが世の中を変えるきっかけになる。ここに病気や障害の創造性ないし生産力が存在すると思います。

     横道さんが口にしているのは、あきらかに危険思想だ。じぶんたちの病気や障害を革命の火種にするということなのだから。否、そこまでは言っていなくても、少なくとも社会変革を志していることは明らかだ。横道さんの言葉が積みあげられた本の山に反響して、部屋全体を震わせているようなイメージを私は抱いた。まるで彼の言葉が、この部屋にあるすべての本と共鳴しているように感じた。

     横道さんはとつぜん声を弾ませ、「記事に書けないことばかり話して申し訳ないですが、私はいまSF小説を書いているんです」と告白した。私はしばらく考えて、言った。「小説というと、最近のアメリカでは、またもやIF小説が流行しているようですね。定番のパターンですが、第二次世界大戦で、もし大日本帝国やナチス・ドイツが敗北し、アメリカ、イギリス、ソ連、中国などの連合国が勝利していたらというやつ。この手の小説が流行するのは、もう何度目かわからないですけど」。

     横道さんは「私が書いているものは、ちょっと違います」と答えた。「病気や障害が、超能力として扱われる世界を舞台にしているんですよ。もちろん、私の持病がモデルです」 。私は「超能力?」と率直に驚いた。

    「そう。たとえば、自閉スペクトラム症は桁外れの記憶力や独特な空間認知と結びつく。ADHDは異常な集中力や突発的な発想。アルコール依存は異世界との交信。糖尿病は何日もの絶食に耐える能力。緑内障は未来を読む予知能力。その社会では、とくにいくつもの病気を持っている「持病者」は預言者や王に祭りあげられることもある。でも、それはけっして幸せなことではない。過剰な期待にさらされ、結局は搾取される。彼らは支配者のように祭りあげられつつ、実際には担ぎやすい軽い神輿に過ぎない。真の権力者たちの傀儡であって、彼らの能力は、社会を維持するための道具として利用される。「神託をくだしてくださいませ」と詰めよられ、「治るなよ、病気のままでいろ」と呪詛される。──そういう世界で、私をモデルにした主人公がどうやって生きのびるかを描こうと思ってるんです」。

      私はなんとも言えない気分になった。それはたんなるファンタジーではなく、私たちが生きている──もしかすると大昔の小説家たちがディストピア社会として想像したものに近いかもしれない──この社会の反転小説になっている。そんな小説を書いたとして、果たして検閲を突破して世間に送りだすことが可能なのだろうか。

     横道さんは言った。「覚えてますか? 以前、私があなたに送った超短編小説。自閉スペクトラムの忍者とADHDの忍者が戦う話」 。私は「ええ……」と応じる。 「あれがプロトタイプです。負の力を抱えながら、同時にそれを正の力に変える。その両義性こそ、人間の可能性なんですよ」

     横道さんは笑いながら、大きな身振り手振りで興奮を表現した。危うく本の雪崩が起きそうで、私は慌ててまわりを見まわした。 「ね、片付けられないADHDも役に立つでしょう? この本の山が、物語の地殻変動を起こすんです」。横道さんは 冗談めかして言うが、なんとなく寂しい響きを伴っている。

     窓の外を見ると、曇天はさらに濃く、夕刻なのに夜のように暗い。街灯が早々と灯っている。「まるで世界そのものが神々の黄昏を告げているかのようだ」と私は心のなかで呟いた。

     横道さんは本棚から一冊を引きぬいた。昭和初期のものだという。紙の色が黄ばんでしまっている古い随筆集だ。「これは戦前の病者文学です。病気を持った人が、じぶんの生をどう言葉に残したかが書いてある。もし完璧な人間ばかりの世界になったら、こうした声はすべて消えてしまうでしょう。だから私はアーカイブを守るんです。病気の歴史、苦しみの歴史、そして、そこから生まれた言葉の歴史を」

     そう言いながら横道さんがその本のページを開くと、私の鼻にかすかなカビ臭が漂ってきた。その本が封印を解いてはならないパンドラの箱のようなものに感じられた。それは、何十年も前の人々の苦しみ、そして希望が凝縮された匂いだった。

     横道さんは話す。「病気は苦しい。私も毎日、薬を飲みながらのたうってます。それでも、その苦しみを通してしか見えない世界がある。そこからしか生まれない表現がある。そして、それを読む人が世界の不足を考えるようになる。そのことを私は信じたいんです」。

     私は黙って頷きながら、今回のインタビューでそのまま使える部分が少ないことを思った。そこでこれから飲み会に行って、またあれこれと話を聞き、それをもとにインタビューを再構成しようと考えた。

     

42歳で最初の単著単行本を出してから、4年のうちに30冊の単行本を出してきた横道誠さん。文学研究を専門とする大学教員で、自閉スペクトラム症(ASD)、ADHD(注意欠如多動症)、アルコール依存症の当事者として10種類の自助グループを主宰するその旺盛な活動力の秘密は、「いつ死んでも良いように」と40歳の時から「終活」を始めるようになったことにある。あまたの持病と戦いつつ執筆する横道さんの活動力の秘密はどこにあるのか? ノンフィクションとフィクションの垣根を越える、衝撃の当事者レポート。
40代持病まみれ
横道誠
横道誠(よこみち・まこと)

京都府立大学准教授。専門は文学・当事者研究。さまざまな自助グループを主催し、「当事者仲間」との交流をおこなっている。著書は、最初の単著の単行本『みんな水の中──「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』(医学書院、2021年5月)を出してから、現在(2025年5月)までの4年間で、単著と(自身が中心になって作った)編著・共著を合わせて30冊に達している。