40代持病まみれ
42歳で最初の単著単行本を出してから、4年のうちに30冊の単行本を出してきた横道誠さん。文学研究を専門とする大学教員で、自閉スペクトラム症(ASD)、ADHD(注意欠如多動症)、アルコール依存症の当事者として10種類の自助グループを主宰するその旺盛な活動力の秘密は、「いつ死んでも良いように」と40歳の時から「終活」を始めるようになったことにある。あまたの持病と戦いつつ執筆する横道さんの活動力の秘密はどこにあるのか? ノンフィクションとフィクションの垣根を越える、衝撃の当事者レポート。
第10回

横道さんの死について

2026.02.24
40代持病まみれ
横道誠
  •  横道さんの家を訪ねるため、私は今回も金閣寺の東側に広がる住宅地の、なんの変哲もない道を歩いていた。春は近づいていたものの、冬の寒さはますます厳しくなっている。それでもこの数年ほど顕著に感じられるようになった異常気象・気候変動の結果として、今回も暖冬そのものだ。ダウンジャケットの下は薄着をしているが、それでも少し汗ばむような感覚がある。

     横道さんの家から少し離れたところにある交差点に設置された掲示板では、『帝国広報紙・京都版』の紙面が、乾いた北風に煽られてパタパタと小刻みな音を立てていた。ふだんこの新聞の記事をじっくりと読むことはないのだが、まだ約束の時間には少し早いため、私は紙面に目を走らせてみた。活字中毒の編集者らしい職業病と言えるかもしれない。

     見出しとして大きく印刷された「健全なる精神は健全なる肉体に宿る!」という煽り文句。この標語の書体そのものが威圧的だが、あまりにも日常に溶けこみすぎていて、いちいち違和感を感じることすらできない。この国では、健康は個人の権利を離れて、国家に対する義務とされている。他国には狂気と見えるものだが、国家に忠誠を誓う人々にとっては、神聖な国是と感じられている。

     すると突然、ひとりの男がこちらによろめくように姿を現すのが見えた。 「……横道さん?」 私は息を呑んだ。そこにいたのは、自宅や大学の研究室で見せる、あの落ちついた、理性的な言動の横道さんとは懸けはなれて別人のような姿だった。パジャマの上にジャンパーを羽織っただけのような格好で、肩を激しく上下させて呼吸し、額も頬も鼻梁も顎も耳も首も噴きだした汗でぬらぬらしている。

    ……まずいんです」 横道さんの声は地を這うように低く、剥きだしの焦燥がまぎれもなく発露していた。私は 「どうしたんですか。まずは落ちついてください」 と冷静さを努めて声をかけた。横道さんは「研究です」と小さく叫ぶ。「私が仲間たちと極秘で進めていた反体制プロジェクト、『病の言説史』の地下出版計画が、国に――大日本帝国に、完全にバレてしまったんです」。

     その言葉を聞いた瞬間、私の背中には皮膚が冷たい刃で剥がされたような戦慄が走った。極秘の反体制プロジェクトが帝国に「バレ」た。それでは横道さんの今後はどうなってしまうのか。おそらく懲戒処分、公的研究費の打ち切り、行政指導といったレベルの話では収まらないだろう。社会的な抹殺すら起こりえる。出頭、拷問すれすれの尋問、そのあとに待っているのは、横道さんの私的・公的情報のあらゆる記録媒体からの徹底的な抹消。

    「さっき、憲兵が家に踏みこんできたんです。私はベランダからポールを伝って下に降り、こうやって逃げているところです。……しかし長くは持たないでしょう」。 横道さんは震える両手で顔のびっしょりの汗を拭ったが、汗が多すぎるために、ほとんど拭きとられていない。

     私は思わず周囲を見回した 。昼だというのに、住宅街は不自然なほどに静まりかえっている。いつもなら聞こえるはずの車の走行音も乏しい。まるで戒厳令でも敷かれているかのようだ。いや、実際に戒厳令が敷かれたことに私が気づいていないだけなのか?

     私たちふたり以外の人影が見当たらないこと自体が、帝国の巨大な目と耳がこちらをじっと監視しているような不気味さを帯びていた。監視はもはや、制服を着た男たちや監視カメラの形をしていない。IT技術の進歩によって、空気や光、そしてこの不自然な沈黙そのものの内側で電波そのものが監視能力を発揮しているのだ。

    「逃げましょう」私の口から出たじぶんの声は、驚くほど冷静きわまっていて、まるで他人のもののように響く。そのことに私自身が驚いてしまう。 横道さんは一瞬だけ私の目を見つめ、それから魂を託すように小さくうなずいた。「お願いします。いまはあなただけが頼りです」。

     私はその場で震える指を抑えながらスマートフォンを取りだし、夫に短いメッセージを送った。「急な仕事でしばらく帰れません。子どものことを頼みます」。たった二行だけ。具体的な理由は一行も書いていない。いや、書けないのだ。理由を書けない社会に、私たちはあまりにも長く、そして深く住みすぎてしまっていた。

     京都駅の雑踏を潜りぬけ、特急に乗って大阪府南部の関西空港へ。私たちが最初に向かったのは植民地朝鮮の釜山だ。断崖絶壁から突き落とされたような逃避行。港町の空気は重く湿り、魚の生臭さとディーゼル油の匂いが混じりあっていた。逃亡者としての緊張感が私を支配していている。他方で横道さんは、京都駅から関西空港まで険しい表情を守っていたのに、飛行機に乗って国境を越えた途端、奇妙なほど落ちつきを取りもどしていた。海外旅行に慣れた横道さんだから、むしろこの状況に開放感を覚えているのかもしれない。

     横道さんは「帝国が真に恐れているのは、私の研究データそのものというより、私たち病人・障害者たちの『語り』そのものなのです」と口にする。釜山の市場の喧騒のなか、横道さんは市場の屋台の蒸気に包まれ、買い食いにいそしんでいる。瓶入りのチャミスルもぐびぐびラッパ飲みする。「病気や障害は、一般に帝国の資源を損なう「治すべき欠陥」と見なされています。しかし私たちは個々人の人生を、この歪んだ社会を照らしだすための「鏡」として残そうと志しました。それが帝国にとっては許しがたい反逆なのです」。

     湯気を立てるクッパの屋台の前で、横道さんはふと足をとめて、たどたどしい朝鮮語でひとつ注文した。 日本語でも通じるのに、それが横道さんなりのリスペクトの仕方なのだろう。「帝国は臣民の健康数値を管理し、標準化しますが、このような生活の泥臭い匂いまでは管理しきれない」 横道さんの呟きは、潮風に混じって消えていった。

     やはり植民地の中国・香港へ渡ると、風景は巨大な鉄とガラスの迷宮へと変わった。天を突く高層ビル群の谷間を歩くとき、ガラス張りの外壁に映る私たちの姿は、実体のない亡霊のように希薄だった。 その夜、潜りこんだ安宿は、湿気た壁が紙のように薄かった。隣の部屋から断続的に聞こえてくる、湿った重苦しい咳払い。その音が、夜の静寂の中で妙になまなましく響き、私たちの鼓膜を揺さぶった。

    「病人の声は、いつもこうして壁越しに聞こえてくるんです」。暗闇のなかで横道さんが言う。その声は穏やかだったものの、なんとなく寂しくうつろに響いている。「姿は見えず、言葉もはっきりとは聞きとれない。けれど、けっして無視することはできないものです。壁を隔ててもなお、そこに『生』があることを主張しつづける。それが語りの力です」。

     つぎにめざした場所も植民地のベトナム、ハノイ。この地に辿りついたとき、世界は色彩と騒音に塗りつぶされた。何千台ものバイクが猛烈な勢いで流れる道路を、命がけで横断する。熱気、排気ガス、むせかえるような香草の匂い、市場に吊るされた生肉の鮮烈な赤。五感から流れこむ圧倒的な情報量が、帝国に追われているという恐怖を上書きしていくようだった。

     しかし、その瞬間は唐突に訪れた。乾いた、拍子抜けするほど短い音が断続的に響いた。あきらかにマシンガンの銃声だった。つぎの瞬間、私の視界のなかで横道さんの身体が、重力から切り離されたように前のめりに倒れた。アスファルトに転がったのは、横道さんの胴体と、そして首の付け根から鮮やかに切りはなされた彼の「頭部」だった。マシンガンの魂が首の辺りにいくつもあたり、頭部を胴体から吹きとばしたのだろう。

     私は叫ぶことさえ忘れ、ただただその光景を凝視した。血は、想像していたよりもずっと穏やかにしか広がらない。周囲の人々は野鳥の群れのように悲鳴をあげて散っていき、通りの向こう側に、無機質な軍服を着た帝国兵の影が見えた 。私は反射的に、地面に転がった横道さんの頭部を両手で抱えあげた。驚くほどにそれは軽い。ヘルメットか、あるいは古い革装本を抱えているような、非現実的な軽さだった。 「……まだ、終わっていませんよ」 私の顔を見あげながら、横道さんの生首が口をぱくぱく開き、しやべりかけてくる。その目つきにも口ぶりにも、死者の虚無ではなく、知性の光が宿っていた。

     「首を一本切りおとされた程度で、へこたれている場合ではありません。それはあなたもご存じのはずだ」。私は腕に抱えこんだしゃべる生首を見ながら、考えることを放棄した。整合性を求めれば、私の正気が瞬時に崩壊してしまうかもしれない。私はただ、その温かい頭部をコートのなかに深く隠し、入りくんだ裏路地へと走りだした。

     以来、私と横道さんの生首の数ヶ月にわたる逃避行が続いた。私が「胴体がなくて所在ない感じはありませんか?」と尋ねると、横道さんは「あんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのです」と『機動戦士ガンダム』みたいなセリフを口にした。インドのデリーの街角、砂混じりの乾いた風が吹くなかで、横道さんは言った。「肉体という器がなくなってみると、あんなに苦労していた糖尿病の数値も、アルコール依存症の問題も、もう気にしなくていい。首からすぐに出ていくので、健康を損なうこともなく、なんでもかんでも食べ放題、飲み放題。じつに皮肉な解放ですね」。横道さんは冗談を言うように笑った。

     ウズベキスタンのサマルカンドでは、巨大な青いモスクが白い床石の敷かれた広場に夕刻の影を落としていた。祈りを捧げる人々の背中を眺めていると、私が関西空港で出国前に買ったボストンバッグのなかから横道さんの声が響いた。「このあたりはナチス・ドイツの勢力圏ですね。大日本帝国でもナチス・ドイツでも事情は似ています。強権国家は地図の上に線を引いて領土を管理しますが、人の信仰や、身体に刻まれた痛みには線を引くことはできない。それらは国境を越えて、地下茎のようにつながっているのと思うのです」。

     ギリシアのアテネにあるアクロポリスの丘で、私たちは崩れかけた神殿の太い柱を見上げた。「見てください。かつて理想の身体、完璧な美を追い求めた文明であっても、こうして無残に崩壊してしまった。そして現在はどうか。ギリシアを併合したドイツはゲルマン民族を美化して、ギリシア文化を見下している」。風に吹かれながら、横道さんは静かに、しかし断固とした口調で述べた。

     ドイツのベルリンでは、市内の中央部を歩きながら、ボストンバッグのなかの生首が、若い頃に読んだというSF小説の話をしてくれた。その小説では、ナチス・ドイツが戦争に負けたパラレルワールドが描かれ、ドイツ全体ふたつの国家に分断され、ベルリンも壁のようなものによって真ん中で遮られて、ふたつの別のドイツ国家に統治されているという設定が導入されていたそうだ。「もともとはアメリカで書かれた小説ですが、むろんドイツでは禁書です。しかし国家が人間を、その細胞のひとつひとつまで完全に管理しようとした試みは、歴史上、必ず失敗してきたのです。管理できない『個』の声が、やがては壁に穴を穿つのです」。横道さんはそう語る。

     私はバッグのなかに宿るその重み――肉体的な重さではなく、言葉という重み――を感じながら、かつてベルリンに住んでいたという横道さんの案内に従って、ひたすら歩きつづけた。横道さんの頭部は、あるときは疲れ果てて眠り、あるときは堰を切ったように饒舌になった。自然なことに頭部の腐敗が進んでいるから、そのうち白骨化は免れないだろう。そのとき、舌をなくした横道さんは口をきけるのだろうか。横道さんはもはや、たんなる人間であることを超え、生きた「記録媒体」そのものへと変貌していた。

     アフリカの西海岸、ガーナの港町で、ある夜の私たちは荒れくるう大西洋を眺めていた。潮騒に紛れるかのように、横道さんは真実を明かしてくれた。「私たちの研究は、いかに帝国に邪魔されようとも、私たちの外へと広がっていくのです。私は生首になってから、脳だけで仲間と交信する能力を手に入れました。胴体がなくなっているのに「手に入れる」と表現するのも、おかしなことではありますが。帝国は、ひとつの物理的な頭部を切りおとすことはできても、一度放たれた『語り』のネットワークを切断することなど、とうていできません」。

     私はその言葉を聞きながら、遠く離れた日本に残してきた夫と子どもの顔を思い浮かべた。私は良き母であり、良き妻であったはずなのに、いまでは国際的に指名手配された逃亡者になっている。しかし横道さんの頭部を伴って逃げるうちに、横道さんの生首は脳波で仲間たちと交信し、研究を世に解きはなつ準備を進めていた。

     夜明け前、水平線の向こう側に、淡い光がじわりとにじんでいる。私は歩きだす。バッグのなかに、白骨化した横道さんの頭部を抱えて。その頭蓋骨はいまでも口をかちかちと開閉して何かを語ろうとしているが、舌がなくなっているので、もはや耳に聞こえる言葉を生みだしていない。でも、それで問題ないのだ。おそらく横道さんはそうしながら、引きつづき脳波を出して、世界中のさまざまな場所と交信しているのだろう。世界中の壁越しに聞こえる病人たちの声が、誰の耳にも届くようになるその日まで、私はこの重みを捨てるわけにはいかない。

     たとえ首だけになっても、国家が定めた「健全」という牢獄の外側で語りつづけるこの頭蓋骨こそが、帝国という巨大な怪物にとって、もっとも警戒すべきもののひとつなのだから。

     

     

42歳で最初の単著単行本を出してから、4年のうちに30冊の単行本を出してきた横道誠さん。文学研究を専門とする大学教員で、自閉スペクトラム症(ASD)、ADHD(注意欠如多動症)、アルコール依存症の当事者として10種類の自助グループを主宰するその旺盛な活動力の秘密は、「いつ死んでも良いように」と40歳の時から「終活」を始めるようになったことにある。あまたの持病と戦いつつ執筆する横道さんの活動力の秘密はどこにあるのか? ノンフィクションとフィクションの垣根を越える、衝撃の当事者レポート。
40代持病まみれ
横道誠
横道誠(よこみち・まこと)

京都府立大学准教授。専門は文学・当事者研究。さまざまな自助グループを主催し、「当事者仲間」との交流をおこなっている。著書は、最初の単著の単行本『みんな水の中──「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』(医学書院、2021年5月)を出してから、現在(2025年5月)までの4年間で、単著と(自身が中心になって作った)編著・共著を合わせて30冊に達している。