第6回 コービン党首とグラストンベリー、そしてゼロ時間雇用契約

イギリスがEU離脱を決め、アメリカではトランプ大統領が誕生。今年、フランス大統領選、ドイツ連邦議会選など重要な選挙が行われる欧州では、「さらにヤバいことが起きる」との予測がまことしやかに囁かれる。はたして分断はより深刻化し、格差はさらに広がるのか? 勢力を拡大する右派に対し「レフト」の再生はあるのか? 在英歴20年、グラスルーツのパンク保育士が、EU離脱のプロセスが進むイギリス国内の状況を中心に、ヨーロッパの政治状況を地べたの視点からレポートする連載。その第6回は、労働党党首ジェレミー・コービンも演説で登場して大いに湧いたという、英国最大の夏フェス「グラストンベリー・フェスティバル」への苦言を。

先月、英国最大の夏フェス、グラストンベリー・フェスティバルで労働党党首ジェレミー・コービンが演説し、若者たちや音楽ファンを湧きに湧かせたことがニュースになった。

グラストンベリーは実は「ミドルクラストンベリー」と揶揄されるようになって久しい。チケットは地べたの若者たちにはとても買えない金額になり、「行きたきゃバーガー売りのバンで働くしか道はない」「仕事の休憩時間に見れるよ。客がいないときもバンの中から」みたいなことを周囲でも耳にするし、本当に働きに行った若者も知っている(これはこれでコネがないと働けないらしく、この仕事に憧れている若者も多い)。

このように貧乏人にはなかなか潜り込めない場所になったグラストンベリーのピラミッドステージで、コービン党首が、「評論家たちは間違っていた。エリートたちは間違っていた。政治とは、僕たちみんなの生活のことだ。僕もその一部だった素晴らしいキャンペーンが人々を政治に連れ戻した。なぜなら、それが自分たちのために何かをオファーしていると信じたからだ」というスピーチをしている映像を、個人的にはたいそう複雑な気分で見ていた。

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英紙インディペンデントが、コービンがヒーロー然とスピーチしていた華やかなグラストンベリーのステージの陰で、ゴミ拾いのスタッフ700人が、ゼロ時間雇用契約で雇われて働いていたと伝えている。この件について、ガーディアン紙はこう書いている。

数百人の人々が、他のEU国からゴミ拾いのスタッフとして雇われていたが、彼らはたった2日間働かされた後で予期せぬ解雇を受けたという複数の報道がある。

この疑惑に関して、コービンのスポークスパーソンは、「ジェレミーと労働党は、ゼロ時間雇用契約や、移民やその他の労働者の搾取、すべての形態の不安定な派遣雇用の推進に非常に強い反対の立場を取っています」とコメントしている。(theguardian.com)

また、コービンの広報は、「来年もグラストンベリーに呼ばれるとしたら、コービン党首は主催者のマイケル・イーヴィスとこの問題について話しますか?」と質問され、「ジェレミーはいま話してもいいと思っています」と答えている。

グラストンベリー・フェスティバル側もこの疑惑に対して声明を発表した。ゴミ拾いスタッフは最初から短期契約で雇用されていることや、天候によってゴミ拾いの仕事量は変わってくるので、例えば開催中ずっと雨だった2016年には10日間も清掃が必要だったが、今年は天気もよく、参加者たちにも自分でゴミを始末する習慣が身についてきたため、2日半で終わってしまったと説明した。主催者側によれば、スタッフのほとんどは毎年ゴミ拾いに来ている人々であり、彼らは自分たちの雇用契約がどんなものかよく知っているという。

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昨年のグラストンベリーといえば、ちょうどEU離脱投票の後だった。ドラマ俳優夫婦の息子が率いるThe 1975というバンドが、ステージから「大人たちが俺たちから未来を奪った」と発言し、今年のコービンのように大観衆を沸かせていた映像がニュースで繰り返し流されたのを覚えている。

そこらへんのストリート・マーケットの1ポンド均一の段ボール箱に入ってるような古着を着ているように見えるが、実はそれらの服はブランドものであり、デザイナーが古着みたいに見えるようにデザインしています、という風情のファッションに身を包んだグラストンベリーの若者たちは、The 1975の言葉に熱狂したかもしれない。

だが、ハンバーガーのバンで働くことでさえ夢のまた夢みたいな若者たちはどんな気持ちでその映像を見ていたのだろう(そういえば、バーガーのバンさえ近年はごく少数派で、チュロスだのナチョスだのハイカラなもんしか売ってないらしいが)。

商業化されすぎたと言われてきたグラストンベリーが、去年、今年と、そのルーツに戻り、再びポリティカルになってきたと言われている。

そもそもこのフェスティバルはグラストンベリーCND(核軍縮キャンペーン)フェスティバルと呼ばれていたし、国際環境NGOグリーンピースや国際支援団体オックスファムとも関わりが深い。反戦、反核、動物愛護、環境保護、反レイシズム、途上国の貧困、LGBTQ。様々な政治問題がグラストンベリーのステージの上で歌われ、訴えられてきた。

だが、グラストンベリーがすくってこなかった、泥臭い、足元に転がっている政治イシューがありはしないだろうか。このフェスティバルがミドルクラストンベリーと呼ばれているのは、単にチケットが高くなって、ハイソになったせいだけではないだろう。

「エリートたちは間違っていた」とコービンは演説したが、それを聞いて盛り上がっている聴衆がエリートと同じぐらい地べたと乖離しているとしたら、つまり、足元に転がっている政治イシューが見えていないとすればアイロニックとしか言いようがない。

グラストンベリーにゼロ時間雇用契約の疑惑がかけられて話題になってしまうのも、きっと多くの人が「さもありなん」と思ってしまうからではないだろうか。

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2016年11月の時点で、英国には170万人のゼロ時間雇用契約労働者がいたという。これは英国で交わされている全雇用契約の6パーセントになる。UCLインスティテュート・オブ・エデュケーションの調査では、週当たり、月当たりの最低雇用時間を保証しないゼロ時間雇用契約で勤務している25歳の人々は、安定した雇用形態で働く同年齢の人々に比べて健康上の問題を抱えている割合が41%も高い。また、ゼロ時間雇用契約労働者のほうが、メンタルヘルスの問題を抱えている人々の割合も高かった。

英国最大の労働組合ユナイトの書記長補佐、スティーヴ・ターナーはこう言っている。

この衝撃的な調査結果は、ゼロ時間雇用契約は、人々の財布だけではなく、肉体的、精神的な健康をも蝕んでいるということを示している。我々の国の若者たちは、不安定な雇用で次の仕事はいつもらえるのかわからず、どうやって公共料金の支払いをして食べていくかというストレスを抱えて生きていくよりも、ベターな未来を生きる資格があるはずだ。(theguardian.com)

泥臭い、リアルに足元にある問題。それは下部構造のことである。

マルクスの下部構造は英語では「BASE」(土台)という表現になる。もともとはギリシャ語の「BASIS」(人が上に乗る場所、人が踏む場所)から派生した言葉だという。

わたしがよく使う「地べた」を英語にすると、実はこれが一番近い気がする。

 

 

Profile

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『労働者階級の反乱──地べたから見た英国EU離脱』(光文社新書)、『花の命はノー・フューチャー』(ちくま文庫)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)
、『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)、『THIS IS JAPAN──英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング──地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)など。『子どもたちの階級闘争』で第16回 新潮ドキュメント賞受賞。