第5回 若者たちはなぜコービンを選んだのか:英総選挙と借金問題

イギリスがEU離脱を決め、アメリカではトランプ大統領が誕生。今年、フランス大統領選、ドイツ連邦議会選など重要な選挙が行われる欧州では、「さらにヤバいことが起きる」との予測がまことしやかに囁かれる。はたして分断はより深刻化し、格差はさらに広がるのか? 勢力を拡大する右派に対し「レフト」の再生はあるのか? 在英歴20年、グラスルーツのパンク保育士が、EU離脱のプロセスが進むイギリス国内の状況を中心に、ヨーロッパの政治状況を地べたの視点からレポートする連載、その第5回。英国総選挙において、奇跡の猛追で保守党の過半数確保を阻止したコービン率いる労働党。その原動力となった若者たちは、なにを重視してコービンを選んだのか。「ノー・フューチャーな世代」のハートに火をつけたものとは?

若者たちはコービンを選んだ

6月8日に行われた英総選挙で、ほんの4週間前まで、与党保守党との支持率の差が20%も開き、ひょっとすると150席[1]ぐらいしか議席を獲得できず、戦後最悪の選挙結果になるのではないかと言われていた労働党が、奇跡の猛追を見せ、261議席を獲得してハングパーラメント(どの政党も単独過半数を獲得していない状態)を実現させた。

その猛追の原因の一つが、若者たちからの熱狂的な支持である。

EU離脱の国民投票では、若年層(18歳から24歳)の投票率が40%にも満たなかったと伝えられ、「『離脱反対!』と騒いだわりには投票に行ってなかった」と批判もされていたが、今回は違った。当初の若年層投票率72%の報道はさすがに高すぎるだろうとも言われたが、全国投票率68.7%より高くなるのは間違いないという。

労働党が戦略的に若年層に有権者登録させることに傾注したこともある。2015年の総選挙時には18歳から24歳の層では45%しか有権者として登録していなかった。が、今回はコービンや、彼をサポートするセレブリティたち、音楽誌「NME」などのメディア、オーウェン・ジョーンズなどの若手論客らが繰り返し若年層に登録するよう呼び掛けた。

18歳から34歳の層は62%が労働党に入れたという結果が出ている。18歳から24歳の大学生を含む層はもっと数字が高くなるはずだ。テレビの選挙報道でも、大学の学内投票場の前で長い列を作って並んでいた大学生たちの姿が印象的だった。

サンダース支持者たちも英国の選挙結果に反応

コービン現象とよく比較されるのが米国のバーニー・サンダースと彼の支持者たちだ。実際、今回の英国の選挙戦では、サンダースの選挙キャンペーンのスタッフとコービン陣営が繋がり、具体的なキャンペーンの展開法を伝授してもらったりしていた。

そして海の向こうでは、英国総選挙でのコービンの大健闘を見て、サンダース支持者の若者たちが「バーニーだったら勝っただろう」というハッシュタグでつぶやき始めた。

「コービンは、バーニーよりはるかにレフトだし、もっとメディアから中傷されている(それにバーニーのほうがずっと議会での業績もある)。バーニーなら勝っただろう」「リベラルのオリガルヒから(出馬を)ブロックさえされなければ、人々は社会主義の候補者に投票するってことみたいだね」など、サンダースがクリントンの代わりに出ていればトランプ大統領に勝っていただろうと嘆くツイートが多く見られる。

当のサンダースは、コービン労働党の健闘についてこうコメントしている。

世界中の人びとが緊縮やすさまじいレベルの格差に反対して立ち上がっている。英国でも、米国でも、そして他の国でも、ほんの少数ではなく、すべての人々を代表する政府を人々は求めている。とてもポジティブで効果的な選挙キャンペーンを行ったジェレミー・コービンを祝福したい。(independent.co.uk)

コービンの何が若者たちを本気にさせたのか

実際、2015年にコービンが労働党党首に立候補したときから、若者たちの間でのコービンの人気はすさまじかった。しかし、ガーディアン紙の若手ライター、リアナン・ルーシー・コレットが書いているように、それは一部の、高学歴でヒップなミドルクラスの若者たちが中心だと言われていた。

2015年にコービンが党首選に出馬したときから、彼の若者を活気づけるようなポテンシャルについて私は書いてきた。でも、私が書いているのはイズリントン(メディア関係者やセレブが多く住んでいるファッショナブルなエリア)に住んでいる似非マルキシストたちのことで、政治なんてどうでもいい「リアル」な若者たちのことじゃないと一蹴されてきた。(theguardian.com)

「しかし、今日、私は汚名をすすがれた気分になった」と彼女は書いている。ふつうの、「リアル」な若者である友人たちが投票に行っていたからだという。

多くのメディアや知識人が指摘するように、労働党のマニフェストが若者に人気だった第一の理由は「大学授業料無料化」が盛り込まれていたからだ。しかも労働党は、すでに卒業している人々の学費ローンも帳消し、または減免することを検討しているという。

これは、その若者が「リアル」であればあるだけ飛びつくだろう。それは本当に切実に彼らの生活や将来を変える政策だからだ。英国の場合、「そんな荒唐無稽な政策は無理」と若者たちは諦めない。だって彼らの両親たちは、無料で大学に行った世代なのだから。

オープンな社会を望むとか、公平で平等な世の中であってほしいとかいう理念もあるだろうが、よしんば「大学授業料無料化」が若者たちがコービンを選んだ第一の理由だったとして、それが理想や思想に劣るわけではないだろう。「ピープルの革命」と言われた1945年総選挙での労働党の圧勝にしても、住む家が欲しいとか、せめて病気になったら医者にかかれるようになりたいとか、そうした自分たちの生活に必要なものを人々が本気で求めたから起きたのである。むしろ、机上の理想ではない、そのような各人の切実な要求こそが政治を変えてきたのだ。

負債の問題

英選挙を少し引いた目線で眺めてみれば、ここでも透けて見えるのは、欧州全土を覆っている「負債」の問題だ。

そもそも、昨今の欧州政治を振動させている緊縮/反緊縮の概念は、財政問題(国の借金をどうするか問題)と切り離せない。欧州は借金まみれだから負債を返済しなければならない、というのが少なくともドイツのメルケル首相とEU官僚たちの言い分であり、倹約に倹約を重ねてみんなで痛みを分け合いましょうというのが彼らが主導する緊縮政治だ。トマ・ピケティはこの欧州の緊縮についてこう言ったことがある。

我々が求めている欧州モデルとは、全世代で集団懲罰を受けている状態なのだろうか。(spiegel.de)

だが、より苦しめられている世代はある。上昇しない賃金、住宅価格の高騰、圧倒的な金額の学費ローンの三重苦で、経済的にノー・フューチャーな世代、つまり80年代前半以降に生まれた世代は「ジェネレーションY」と呼ばれてきた。しかし、昨今では、それに代わる呼称として「ジェネレーション・オーステリティ(緊縮世代)」という言葉さえ生まれている。

デヴィッド・グレーバーはその著書『負債論 貨幣と暴力の5000年』の中で、そろそろ人類は、国際的負債も、個人的負債も、帳消しにすべきだと言っている。それは多くの人びとを多大な苦しみから解放するだけでなく、我々に大切なことを思い出させるからだと。それは、カネは神聖なものではなく、借金を返すことは道徳のエッセンスでもなく、貸し借りは単なる取り決めにすぎないのだということ。そして民主主義に何らかの意味があるとすれば、それはこれまでとは違う取り決めにみんなで賛成することができるということなのだとグレーバーは書いている。

アナキスト、グレーバーの言葉はあまりに飛躍した突飛な考えに聞こえるだろうか。

だが、現実に、英国の若者たちはこれまでとは違う取り決めを志向する政治を支持している。

 

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Profile

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『労働者階級の反乱──地べたから見た英国EU離脱』(光文社新書)、『花の命はノー・フューチャー』(ちくま文庫)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)
、『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)、『THIS IS JAPAN──英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング──地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)など。『子どもたちの階級闘争』で第16回 新潮ドキュメント賞受賞。