『うっせぇわ』を文部省唱歌に

燃えるリプ欄、ざわつくトレンド、闇鍋を煮詰めたタイムライン……。「いいね!」じゃなくて「どうでもいいね!」こそが、窒息寸前社会を救う? サブカルチャーを追い続けてきたジャーナリストによるネット時評。

「うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ!」

18歳の女性シンガーAdoが、挑発的な声でたたみかけるように歌う『うっせぇわ』が話題になっている。昨年10月にミュージックビデオを公開して以来、半年ほどでYouTubeの再生数が1億回を突破。昨年、ネット発で流行した瑛人の『香水』を上回るペースで、このままいくと上半期最大のヒット曲になりそうだ。

《純情な精神で入社しワーク 社会人じゃ当然のルールです》

《酒が空いたグラスあれば 直ぐに注ぎなさい》

《会計や注文は先陣を切る 不文律最低限のマナーです》

『うっせぇわ』

社会人が直面する不条理への憤りを歌った歌詞と、Adoの年齢にギャップを感じる人もいるだろうが、作詞作曲はAdoではなく25歳の男性アーティストsyudouだ。

syudouは小学6年生でボーカロイドの「初音ミク」に出会い、中学・高校時代にボカロPとしてシーンを牽引していたハチ(現在の米津玄師)に憧れて作曲活動を本格化させる。大学卒業後は地元・栃木の企業に就職。2019年に発表した『ビターチョコデコレーション』がスマッシュヒットし、翌年に会社を辞めてミュージシャンとして一本立ちした。

《集団参加の終身刑 またへーこらへーこら言っちゃって》

《毎朝毎晩もう限界 宗教的社会の集団リンチ でも決して発狂しないように》

『ビターチョコデコレーション』

『ビターチョコデコレーション』の時点でグツグツと煮えたぎっていた同調圧力への違和感を、よりストレートな形で表明したのが『うっせぇわ』だと言えるかもしれない。AdoはTOKYO FMの『SCHOOL OF LOCK!』でこう語っている。

「『うっせぇわ』は、社会人の想いを歌った曲ではあるんですけど…。その想いが全体的に“怒り”なんですよね。私はその“怒り”を、みなさんのストレス発散にしてもらいたいな、と言うか。これを聴いてみんな強くなって欲しい、じゃないですけど(笑)、私がみなさんの怒りを代わりに歌うので、みなさんは頑張って、明るく生きて欲しいなって思いますね」

『うっせぇわ』には「マジヤバない?」「クソだりぃな」「やろがい」など、いわゆるJ-POPではあまり見かけないような生々しいスラングが、自然な形で使われている。令和の言文一致運動と言ったら大袈裟だが、ひりつくような言葉選びにはヒップホップ的なセンスも光る。

ッズがビロテ

そんな『うっせぇわ』に対しては、「スカッとする」「めっちゃ共感」といった称賛の一方で、「不快」「言葉遣いが悪い」「子どもに歌わせたくない」といった反発もあるようだ。ヒット曲の宿命で小中学生が夢中になって聴いているので、どうしても副作用が出てしまうのだろう。

我が家でも小学生の娘がYouTubeでヘビロテしている。私も一応、人の親。教育効果も考えて、「藤井風の『もうええわ』じゃダメかな?」とさりげなく誘導してみたのだが、「何それ?」と一顧だにしてもらえなかった。子どもは何度も繰り返して曲を聴くので、1億再生の何分の1かはキッズが担っている可能性もある。

思わず笑ってしまったのは、「宿題をやれというと『うっせぇわ』と言われる」という保護者の不満の声だ。

アニメの『妖怪ウォッチ』が流行ると、「子どもがなんでも妖怪のせいにしてくる」。小島よしおの一発ギャグが一世を風靡すれば、「何を言っても『そんなの関係ねぇ!』と返されて困る」。いつの世も、親たちの悩みの種は変わらない。

祖「うるさい」系ングは?

実は「うるさい」系ソングは枚挙にいとまがない。歌詞サイト「歌ネット」でフレーズ検索すると、結構な数がヒットした。

「うるさい」…974件

「うるせえ」…127件

「うるせー」…82件

「うっさい」…26件

「うっせー」…24件

「うっせぇ」…16件

比較的最近のものだと、サビで「うるせー」を連呼するThe Mirraz『うるせー』(2012年)は、爽快感があって大声で歌うとスッキリできるのでオススメだ。

ニュース解説を務めているTOKYO FMの『ONE MORNING』で『うっせぇわ』を特集した際、パーソナリティーで声優の鈴村健一さんに教えてもらったのが『青葉春助 ザ・根性』。

1982年に放送されたアニメ『The♥かぼちゃワイン』のエンディングテーマで、作詞・伊藤アキラ、作曲・小林亜星という豪華コンビによる楽曲を、主人公・青葉春助の声を演じる古川登志夫がコミカルに歌いあげている。ポップな曲調ながらも「うっせえ!うっせえ!うっせえ!うっせえ!」と繰り返す歌詞は、『うっせぇわ』を彷彿とさせ……なくもない。

セント・ルイスの

J-CASTニュースは《「うっせぇわ」の源流? 尾崎豊・チェッカーズより昔...漫才コンビが歌った「ウッセー・ウッセー」を知っているか》という記事で、漫才コンビ「星セント・ルイス」が1979年に発表した『ウッセー・ウッセー』(作詞・榎雄一郎、作曲・石田勝範)を紹介している。

AOR風のメロディーに乗せ、《ウッセー ウッセー 文句を言うな 他人じゃ解らぬ オイラの気持ち》と訴える珍曲。「歌う」というより「吟じる」というニュアンスが近い気もする。漫才めいた掛け合いも織り交ぜられ、トーキングブルースかポエトリーリーディングのような妙味がある。

星セント・ルイスは大瀧詠一とも親交があり、『LET'S ONDO AGAIN』(1978年)収録の『ハンド・クラッピング音頭』にもゲスト出演しているぐらいなので、もともと音楽分野への関心があったのだろう。

『ウッセー・ウッセー』を収めたオムニバス盤『SMILE』のライナーノーツでも、「テンポの良い漫才からは、音楽的センスも持ち合わせていたことが察せられ、本曲もコミックソングとしては高水準の出来」と評されている。

少納言の

では、この曲が元祖『うっせぇわ』なのだろうか? 確かに数年ではあるが、青葉春助よりも古い。そこで注目したいのが、星セントと大瀧との対談のやりとりだ。

セント:「メンデル」の法則ってあるでしょ?

大瀧:そら豆をまいて、遺伝子を研究したっていうアレね。

セント:そう。その法則はね、「人間はすべて人間のコピーである」ということを言ってんの。だから、オリジナルなんてないんだね(笑)

大瀧:それはいいことを聞いた(笑)

『Big Music』1982年6月号/文藝別冊『大瀧詠一』再録

「オリジナルなんてない」というセントの言葉通り、「うるさい」系ソングの系譜も遡ろうと思えばいくらでも遡ることができる。

たとえば、フォーリーブスの『ブルドッグ』(1977年)。初っぱなから《黙れ! うるさいぞお前ら》とタンカを切っている。青葉春助と同じ伊藤アキラが作詞を手がけているのも、奇妙な偶然だ。単に伊藤氏が「うるさがり」なだけかもしれないが。作曲の都倉俊一はJASRAC会長や特別顧問を歴任し、いまや文化庁長官を務めている。

歴史を振り返れば、かの清少納言も『枕草子』で、大したことのない人間が得意げに物を言っているのが嫌だとか、酔っ払いがわめいて人に盃を勧めてくるのがシャクに障るとか、毒づきまくっている。

《なでふことなき人の、笑がちにて、ものいたう言ひたる》

《酒飲みてあめき、口を探り、鬚ある者はそれをなで、盃、異人に取らするほどのけしき、いみじうにくしと見ゆ》

『枕草子』 にくきもの

これだって、言ってみれば『うっせぇわ』である。古の昔から、『うっせぇわ』は人類普遍の真理だったのだ。ピラミッドの壁画に象形文字で『うっせぇわ』と刻まれているのが発見されたとしても、私は驚かないだろう。

っせぇわ』は教育にいか

それでも『うっせぇわ』が教育に悪いという人には、こんなに安心安全な反骨ソングもそうそうありませんよ、と言いたい。組織や大人への不平不満をぶちまけながらも、《つっても私模範人間 殴ったりするのはノーセンキュー》。決して実力行使には出ない冷静さと優しさが、いかにもZ世代の若者らしい理知性を感じさせる。

《盗んだバイクで走り出す》の歌詞がよく引き合いに出される尾崎豊はもとより、《くそくらえったら死んじまえ》と歌った岡林信康や、《銃をとれ》と叫んだ頭脳警察、《飛行機ぶんどって何が悪い》と聴衆を挑発した三上寛のような発売禁止/放送禁止歌手(※)と比べても、『うっせぇわ』は極めて穏当。極めて健全。文部省唱歌に追加してもいいぐらいだ。

歌詞にイラつき不快に思ったのなら、うっせぇわと「言う側」ではなく「言われる側」の大人になった、ということだろう。「中二病だ」と揶揄する向きもあるが、実際に小中学生が熱狂しているわけで、そこに目くじらを立てても仕方がない。

私の両親はわりあい厳格で、子どもの頃は『おぼっちゃまくん』も『仮面ノリダー』も見せてもらえなかった。無菌状態で育ったはずなのに、結果こじらせて三上寛や頭脳警察を愛聴するような人間になってしまった。育成失敗とは思わないが、たぶん成功もしていない。

作品から何を受け取り、受け取らないかはその人次第だ。ひょっとしたら、『うっせぇわ』にハマっている今の子どもたちも、社会の理不尽に対してきちんと異議申し立てのできる、意志の強い人間に育つかもしれない。いまのうちに多少ともザラッとした表現に触れて、免疫をつけておくのも悪くないのではないか。

子どもがどれだけ『うっせぇわ』を聴こうが、《どうだっていいぜ問題はナシ》だと言っておこう。
 


放送禁止歌:「放送禁止歌」は俗称で、正式名称は「要注意歌謡曲」。日本民間放送連盟は1959年から1980年代にかけて、自主規制ガイドラインに基づいて「要注意歌謡曲」を指定。岡林信康や頭脳警察、三上寛の楽曲も指定を受けた。同制度については森達也『放送禁止歌』(解放出版社)に詳しい。

1983年、埼玉県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2005年に朝日新聞社入社。文化くらし報道部やデジタル編集部で記者をつとめ、2015年にダンス営業規制問題を追った『ルポ風営法改正 踊れる国のつくりかた』(河出書房新社)を上梓。2017年にオンラインメディアへ。関心領域はサブカルチャー、ネット関連、映画など。取材活動のかたわら、ABEMA「ABEMAヒルズ」やTOKYO FM 「ONE MORNING」 、NHKラジオ「三宅民夫のマイあさ!」にコメンテーターとして出演中。