森喜朗は「記者クラブハウス」の夢を見るか?

燃えるリプ欄、ざわつくトレンド、闇鍋を煮詰めたタイムライン……。「いいね!」じゃなくて「どうでもいいね!」こそが、窒息寸前社会を救う? サブカルチャーを追い続けてきたジャーナリストによるネット時評。

「うわあ、嫌な感じ……」というのが、偽らざる第一印象だった。

「音声版Twitter」との触れ込みで1月下旬から急激に拡散されたアプリ「Clubhouse」。何が嫌らしいかって、まず招待を受けなければ使うことができない。しかも、その招待枠が当初は1人2枠のみに限定されていたのだ。人気は過熱し、一時は招待枠がメルカリで1万円で売買された。

裏原系のTシャツかよ! と思わずツッコんでしまった。

いまは昔、1990年代のことじゃった。裏原宿のファッションブランドに若者たちは長蛇の列をつくり、1枚1万円以上するTシャツを必死に買い求めたのじゃ……。これ、歴史のテストに出るので覚えておいてくださいね。

シリコンバレー発のClubhouseは極東の裏原ブームなんぞ知る由もないだろうが、わざと供給を絞って消費者の飢餓感を煽り、希少価値を高めてブームを演出する手法は極めて裏原的である。

ってたいけど……

Twitterのタイムラインで、いち早く試してみたというアーリーアダプターたちの感想を見かけるたびに、心はざわざわ、モヤモヤ。「やってみたい」という好奇心と「絶対やるもんか」のつまらない意地の間で引き裂かれそうになる。で、ついついこうツイートしてしまった。

《クラブハウスやってみたいけど、クラブハウスやってみたい人って思われるのは何かシャクだなあとかぐちゃぐちゃ考えてるうちに、クラブハウスやりたいって素直に言えなくて、クラブハウスやるタイミング逸するパターンに陥りそうなクラブハウスやりたい民》

すると、投稿を見つけた優しい人が、招待してくれるというではないか。招待にはiPhoneと携帯電話番号が必要だという。小躍りしそうになる気持ちを抑えながら、努めて冷静に携帯番号を伝えた。

が、待てど暮らせど招待は来ない。なぜだ。なぜなんだ〜! 日頃の行いのせいなのか? Clubhouseに批判的な不穏分子は、あらかじめブロックされてしまうのか?

ヤキモキしながら半日が過ぎたところで、初歩的なミスに気がついた。肝心のアプリをダウンロードしていなかったのである。携帯電話のショートメッセージか何かで招待が送られてくると思い込んでいたが、どうやら事前にアプリをダウンロードし、携帯番号を登録しておかなければいけなかったらしい。

ーティー会場の

あわてて登録すると、ついに「Welcome to Clubhouse」と表示された。やった……! これで私もいっぱしのクラブハウサー。限定Tシャツに身を包み、肩で風を切って裏原宿を闊歩できる!

……そんなちっぽけな優越感は、すぐさまガラガラと崩れ落ちた。Clubhouse内に設けられた無数の「部屋」では、芸能人がラジオの公開収録のような雰囲気で楽しげにトークを披露し、イケイケのスタートアップ経営者たちがオンラインセミナーよろしくClubhouseの素晴らしさを得々と語っていた。

眩しい。キラキラしている。パーティー会場で初対面の人としゃべるのが億劫で、ひたすらバイキングの料理をむさぼり、壁際で所在なくスマホをいじっているような人間には少々ハードルが高すぎたようだ。ああ、自分はこっち側の人間なんだ、と再認識した。

けれど、壁際には壁際の気楽さもある。知人のルームに入り、「なんか馴染めないんだけど」「選民思想がいけ好かないよね」と不穏分子同士で愚痴っているうちに、ちょっとだけ気分が晴れた。ラジオやウェビナーよりも、居酒屋的な使い方のほうが自分の性に合っているのかもしれない。

老の

私がClubhouseを始めたのは1月27日の夜。場末の居酒屋ルームには、その5日前からやっているという古参の「長老」をはじめ3〜4人のメンバーがたむろしていて、初心者に手とり足とりClubhouseの仕組みを教えてくれた。

・ルームの設定は「公開」「つながりのある人だけに限定公開」「非公開」のなかから、話題に応じて選択することができる。

・ルームの開設者で進行を司る「モデレーター」、モデレーターとともに擬似的なステージ上で話す「スピーカー」、彼らの話を聞く「リスナー」の3者がいる。

・誰かがつくった部屋に入る場合、最初はリスナーだが、「挙手」をしてモデレーターに承認されると、スピーカーとして質問したり、一緒におしゃべりしたりできるようになる。

・ラジオやセミナー的な活用法であれば、モデレーターはQ&A終了後にその人を再びリスナーに戻す。顔見知り同士で話すなら、ずっとステージにあげたまま雑談を楽しめばいい。

・プロフィール欄には自分を招待してくれた人の名前がクレジットされており、誰でも見ることができる。

長老は「Clubhouseには『いいね』もリツイートもなく、ユーザー側にできるリアクションが限られています。スピーカーになると音声をミュートするマイクのアイコンが表示されるので、それを連射して点滅させることで『拍手』するんです」と解説する。

へええ。厳格な機能制限を逆手にとった興味深い風習だ。ニコニコ生放送でいうところの「88888」の弾幕のようなものだろうか。いきなりやられると、音声に何か不具合でも起きたのかとびっくりするが。ちなみに苦肉のミュート連打すらもモデレーターやスピーカーだけに許された「特権」で、リスナーたちが何を考えているのは知るすべがない。

インターット人会の同窓会

招待者の名前が表示されるというのも面白い。ヤクザの代紋ではないが、「おうおう、俺のバックは○○さんだぞ」なんてマウンティングしたり、「せっかくなら有名人の××さんに紹介してもらいたい」と招待を断ったりする人も出てくるかも。元カレや元カノに招待されて、それが永久に表示されていたら、かなり気まずいものがある。

「規約違反をすると、招待してくれた人にまで迷惑がかかるかもしれない。だから気をつけた方がいいですよ」と長老。みんなが「親」のメンツを潰さないように振る舞えば、荒らし行為や嫌がらせも抑止できる。なるほど、よくできたシステムだ。

私の場合、前出の「優しい人」の招待は失敗していて、実際には14年ほど前からの知己である前職時代の後輩による招待で加入できたようだ。

最近はFacebookやLINE、Slackなどのツールで連絡をとることが増え、相手に電話番号を聞く機会が減った。スマホに登録された電話番号は、仕事関係を除けば家族や「少し前の人間関係」を反映している可能性が高い。

電話帳の情報をベースにマッチングしているがゆえに、「Clubhouseはインターネット老人会の同窓会感覚で盛り上がっている」と指摘している人がいて、慧眼にうなずかされた。

系図をかのぼれ

自分を招待してくれた人は誰に招待されたのか? その人は一体誰に? と数珠つなぎに招待者をたどっていくと、29 代さかのぼったところで、Clubhouse創設者のひとりであるローハン・セスに行き着いた。

家系図のようであり、ネットワークビジネスの組織図のようでもあり。28人目までは「Nominated by 〜」と招待者を示す表示があったが、セスにはない。ゴッドファーザーにして、始祖の巨人なのだ。

Business Insiderによると、セスは元Googleの社員で、難病を抱える娘のために財団を設立。財団の資金調達のために共同創設者のポール・デイビソンに助言を求めるようになった。それまで多くのアプリが失敗作に終わってきたが、「最後の挑戦」として2人が世に送り出したのがClubhouseだったという。

「Clubhouse曼荼羅」の数珠つなぎの招待ルートを、今度はセスを起点に逆からなぞってみる。

創業者→海外テック系人材→黒人女性コミュニティー→国内ベンジャー→ネットメディア関係者という経路でサービスが伝播・越境し、自分の手元に届いたことがわかり、無駄に壮大な気持ちになった。瓶入りの手紙を浜辺で見つけたみたいな感じだ。

世界中のすべての人が6ステップ以内につながるとされる「6次の隔たり」仮説や、有名俳優の多くがわずか数ステップを挟むだけで、ハリウッドの中心であるケビン・ベーコンにたどり着くという「ベーコン数」を思い起こさせる(ちなみにトム・ハンクスはベーコン数1、渡辺謙はベーコン数2)。

ハラの害者に

深夜0時をまわるも、長老の講義は続いていた。

「招待枠は最初は2枠ですが、Clubhouse内で活発に動いていると増えていきます。僕はいま6枠です」

さすが長老。1万円払ってでも買いたい人がいる招待枠を、6つも持っているという。枠富豪、枠長者である。

私は2枠のうち1つをTwitter上の知人に譲り、もう1枠は会社内で「興味ある人がいたら招待します」と募集をかけた。そのことを明かすと、居酒屋ルームに微妙な空気が流れた。

「それ、胸ポケットから札束をチラつかせるようなものですよ。Clubhouseの招待枠を持ってる、すごい先輩だって思われたかったんじゃないですか?」。別のメンバーが苦言を呈した。

なんということだろう。いつの間にか、あんなにも軽蔑していた「嫌な感じ」を発する側になっていたなんて。良かれと思って同僚に声をかけたつもりだったが、そこに1ミリも邪な気持ちがなかったと言えばウソになる。最低だ。立派な枠ハラ、クラハラじゃないか。

日酔いのような己嫌悪

かくして、私のClubhouse第一夜は終わった。

希少価値に煽られて流行りものに飛びつき、キラキラのリア充を逆恨みして歪んだ僻み根性を発動させた挙句、招待枠をチラつかせ、卑小な優越感をひけらかして悦にいる――自分の嫌な部分を一晩で全部突きつけられた気がする。

それまで「クラブハウス」とカタカナで書いていたのに、翌日からスカして「Clubhouse」とツイートしていることに気づいた時には、さすがに頭を抱えた(完全に無意識だった)。

一方で、この気持ち、何かに似ているとも思った。そうだ、飲み会の翌日にこみ上げてくる自己嫌悪だ。

「やばい、しゃべりすぎた」「あんなこと言うんじゃなかった……」などとグチグチ気に病むのは、ぶっちゃけ話の反動にほかならない。新型コロナウイルスの流行で飲み会はしばらくご無沙汰だから、久しぶりに味わう感覚だった。

リモートワークは便利だけれど、要件以外の雑談はめっきり減った。Twitterはもうだいぶ前から無駄話をする場所ではなくなってしまったし、そもそもテキストはあまり雑談に向かない。コロナ禍の潜在的なおしゃべり欲求、雑談への飢えがClubhouseブームを加速させた面は大いにあるだろう。

さんざん斜に構えたスタンスでClubhouseを論じておきながら、結局さびしくて誰かとしゃべりたかっただけなのかと思うと小っ恥ずかしい。でも、きっとそういうことなのだ。

こだけの

Clubhouseは無許可での録音やメモを規約で禁じている。人の口に戸が立てられない以上、現実には「ここだけの話」などありはしない。先ほど「居酒屋的」とは書いたが、本当に居酒屋のような感覚で放言を繰り返していたら、痛い目に遭うことになる。

Clubhouseはそういう錯覚をうまく利用し、ぶっちゃけ話を誘発する仕組みになっている。100人、1000人単位の聴衆がいたとしても、リスナーは黙って部屋を去る以外のリアクションをとることができない。いきおい、モデレーター、スピーカーの側は「見られている」という感覚が希薄になりがちだ。

リスナーはうなずき、拍手を送りながら聞いているのか? 怒りに震え、ヤジを飛ばしながら「炎上させてやれ」とばかりに音声を録音しているのか? 発言者には察知しようがない。だからこそ、気軽にぶっちゃけることができてしまう。「声」がもたらす親密さ、気安さがその錯覚に拍車をかける。

直接見聞きした範囲でも、Twitterなら一発アウトであろう失言・放言をかましている人、本人に知られたら激怒されそうな際どい暴露話をしている人がいた。もちろん実名、ピー音なんてナシだ。本音トークを引き出すために「脇を甘くさせる」設計になっているのだから、ある意味で当然の帰結とも言える。

問題発言が連発されているルームで突然スピーカーに指名され、「後から炎上した時に仲間だと思われるんじゃないかとヒヤヒヤした。ずっとミュートして黙っていた」という話も聞いた。行き過ぎた発言を諌め、中和するモデレーターの技量はますます重要になるし、そうした人材への需要も高まっていくだろう。

イトや傷も

海外では、Clubhouseでの反ユダヤ的な発言や女性に対する中傷が問題化したケースもある。もちろん、Clubhouseは《私たちは、反黒人、反ユダヤ主義、およびその他すべての形態の人種差別、ヘイトスピーチ、Clubhouseでの虐待を明確に非難します》と表明しているし、ガイドラインでも禁止している。

しかし、WIREDで紹介された以下のClubhouse関係者のコメントを読む限り、どこまで本気なのか、またどうやって実効性を担保するつもりなのか疑問も残る。

「わたしたちはオーディエンスを限定した上でさまざまな試行錯誤をしている段階の新参企業にすぎません。言論を過度に厳しく制限すると、イノヴェイションを阻害する可能性もあります。いずれにせよ現在は試験段階であり、わたしたちに厳しい判断を下すのは時期尚早なのです」

治家の参入とフレコの是非

行政改革担当大臣の河野太郎氏や、立憲民主党代表代行の蓮舫氏、国民民主党代表の玉木雄一郎氏ら、Clubhouseには政治家の参入も相次いでいる。政治部記者は「夜討ち朝駆け」に加えて、「Clubhouseまわり」が日課になるかもしれない。

そこで焦点になるのが、Clubhouseでの公人の失言や問題発言をどう報じるかだ。

もとより大手メディアが加盟する記者クラブの記者たちは、オフレコを条件に政治家や官僚に取材する機会が少なくない。オフレコ前提のバックグラウンド・ブリーフィングや懇談会の内容を記事化したり、外部に漏らしたりすれば、「出入り禁止」などの制裁を受ける可能性がある。

すべてがオフレコのClubhouseは、いわば巨大な記者クラブのようなものだ。スポーツ紙によるテレビ番組の書き起こし記事のように、Clubhouse内の情報をダダ漏れさせてしまえば、BAN(=出禁)もあり得る。あるネットメディアの記者が「記者クラブハウス」と評していたが、言い得て妙だと思う。

東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の会長で、元首相の森喜朗氏は「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります」と発言し、大きな批判を浴びた。ではもし、この女性蔑視発言がClubhouse上でなされていたとしたらどうか。

私は当然、名前を出して報道するべきだと考えるが、仮に記者がBANされるような事態になれば、メディアの「報道の自由」とプラットフォームの「営業の自由」が鋭く対立する局面も想定される。

Twitterかストドンか

日本での大ブームが巻き起こる前の1月中旬時点で、Clubhouseのアクティブユーザーは200万人に達している。「音声版Twitter」の評判に違わぬ確固たるプラットフォームへと成長を遂げるのか、マストドンやGoogle+のように失速してしまうのか、現時点ではまだ見通せない。

楽屋オチ、内輪ノリという言葉があるが、Clubhouseには良くも悪くも世界中を「楽屋」に変え、すべてのユーザーを「内輪」に引き込む引力がある。逆に言うと、このノリに耐えられない人には、ちょっとしんどいかもしれない。

Clubhouseを立ち上げておくと、「誰々さんがこういうルームを立ち上げたので来ませんか?」といった通知が頻繁にくる。最初のうちは飛び込みで参戦してスピーカーとして登壇したりもしていたのだが、だんだん面倒になってiPhoneの通知を切ってしまった。

長老の言葉通り、招待枠はいつの間にか11人まで増えていた。残念ながら私には、Clubhouseに誘いたい友達がそんなにいない。行き場を失った招待状は、今日もネット空間を揺蕩っている。

神庭亮介(かんば・りょうすけ)

1983年、埼玉県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2005年に朝日新聞社入社。文化くらし報道部やデジタル編集部で記者をつとめ、2015年にダンス営業規制問題を追った『ルポ風営法改正 踊れる国のつくりかた』(河出書房新社)を上梓。2017年にオンラインメディアへ。関心領域はサブカルチャー、ネット関連、映画など。取材活動のかたわら、ABEMA「ABEMAヒルズ」やTOKYO FM 「ONE MORNING」 、NHKラジオ「三宅民夫のマイあさ!」にコメンテーターとして出演中。

1983年、埼玉県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2005年に朝日新聞社入社。文化くらし報道部やデジタル編集部で記者をつとめ、2015年にダンス営業規制問題を追った『ルポ風営法改正 踊れる国のつくりかた』(河出書房新社)を上梓。2017年にオンラインメディアへ。関心領域はサブカルチャー、ネット関連、映画など。取材活動のかたわら、ABEMA「ABEMAヒルズ」やTOKYO FM 「ONE MORNING」 、NHKラジオ「三宅民夫のマイあさ!」にコメンテーターとして出演中。