第7回 2月の日記(前半)

『空芯手帳』『休館日の彼女たち』、ユニークな小説2作を発表し、国内外で注目を集める作家・八木詠美。本書は著者初のエッセイ連載。現実と空想が入り混じる、奇妙で自由な(隠れ)レジスタンス・エッセイ。

2月1日
この連載の編集担当の方と打ち合わせをする。もう少しで休館予定の山の上ホテルのコーヒーパーラーに行きませんか、とお誘いいただき行くものの満席。みなさん朝から並んでおられるそう。代わりにロイヤルホストに行く。パフェを食べながら打ち合わせ。
つやつやしたフルーツやクリームなども含め、パフェというのはカラフルというか悲喜こもごもという感じがする。ご褒美のパフェ、寄り道のパフェ、口実としてのパフェ、悲しみにくれるパフェ、なだめすかしのパフェ。その最初の一口へとスプーンをさし入れる人ばかり集めた写真集があったら間違いなく買う。

 

2月2日
会社の全社朝礼があり、各部署の状況や社長のご挨拶というものを聞く。
そういえば就職活動をしていた学生のころ、入社説明会などでもらったパンフレットにはよく冒頭に「社長の挨拶」があり、そのうちのいくつかが、時代の変化を「波」にたとえ、会社という「船」に一緒に乗ってくれる個性あふれる「船員」を募集するみたいな内容だった。船員に個性を求める前にテンプレみたいなこの文章をなんとかした方がいいのではと思いながら読んでいた。あの社長たちはまだ船に乗っているんだろうか。

 

2月3日
友人2人に会う。うち1人に会うのは久しぶりで、お互いの近況や共通の知り合いのこと、カルディのこの紅茶がおいしいとかなんかアメリカが報復攻撃したんでしょ怖いね、といったことのほかに芸能ニュースみたいなことを大いに話す。
子どものころは母がその友達とお茶をしながらこういうゴシップを話していると、久しぶりに会ったんだからもっと別のことを話せばいいのにと思っていたけれど、今なら少しわかる気がする。結婚している/していない、子どもがいる/いない、仕事をしている/していない、お金に余裕がある/ない、ニュースに目を通す時間がある/ない、など少し会っていない間にお互い驚くほど状況が変わり、ときにある話題が相手を傷つける可能性がある中、ゴシップはクッションのようなものなのだと思う。ある芸能人が整形をしたかどうか知らなくても恥ずかしがる必要がないし、本当に話したいことはきっと放っておいても話すだろうし。

 

2月4日
一日中家にいる。書き始めた小説を直す。

 

2月5日
昼前から雪が降る。猫がずっと窓から外を見ている。去年の10月に生まれた猫にとってはじめての雪。ほら、この白いのが雪ですよ、ともっとよく見えるように抱き上げると、指を噛まれた。

 

2月6日
いつからか本や映画の感想などで「救われた」という言葉をよく見かけるようになった気がする。物理的に「救われた」というより心理的に「救われた」というニュアンスで、少し前だったら「慰められた」という言葉が用いられていたように思う。何がちがうんだろう。慰められるだけではもう足りないのだろうか。ずっと気になっている。

 

2月7日
先週山の上ホテルのコーヒーパーラーに入れなかったことが悔しく、再び向かう。今度は夫と。いただいたプリンアラモードはどの一口もおいしくて儚くて、夢みたいな食べものだった。
お茶をした後は『哀れなるものたち』を観に行く。この映画を観るのは2回目。もともと好きな監督の作品であるということと、1回目はその映画を観た後に大好きな作家の方とお茶をする約束をしていたこともあり、ややおかしなテンションで観た。そのとき興奮しすぎたランティモス監督おなじみの変なダンスシーンや、美しく奇妙な衣装や美術をもう少し冷静に観られるかと思ったけれどそんなことはなく、やはり興奮しながら観た。
その前に2回観た映画は偶然にも『メアリーの総て』で、『フランケンシュタイン』の著者である作家・メアリー・シェリーの物語だった。今回はそのフランケンシュタインの怪物を想起させる女性、ベラ・バクスターが主人公。メアリーの父の姓「ゴドウィン」がベラに脳を移植した科学者の名前に引き継がれていたりして、たまらなくなってしまう。世界に対峙し、自由を手にしていく女性の物語が私はいつだって大好きだ。

 

2月8日
かつて住んでいた家の近くを通る。
その家で暮らし始めたばかりのころ、同じ通りのマンションのドアが開くと同時に、ある有名なアニメの大きなポスターが貼ってあるのが目に入った。その作品が好きな人たちがルームシェアをしているのかなと思っていた。
その後も通りかかるたびにそのマンションを目で追った。夜になると二階のベランダで煙草を吸っている人たちの姿をときどき見かけた。ルームシェアもきっと疲れるよねと思っていた。
それがエヴァンゲリオンの制作会社だと気づいたのは、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」で「庵野秀明スペシャル」の回を見たときのことだった。好きな人が集まっているどころじゃなかった。

 

2月9日
午後に編集者の方との打ち合わせがあるので、いつもは午前を小説の仕事、午後を会社の仕事としているのを逆にし、ついでに在宅勤務ではなく出社する。お昼過ぎに会社を出ると、空気に、ビルのガラスに、街路樹の葉の一枚一枚に、あらゆるものに光が満ちていて驚く。
小説を書くずっと前、会社の仕事が忙しかったころ、私は昼間というものがあることを忘れていた。毎朝足を引きずるようにして会社に向かい、一度そこに飲み込まれてようやくまばたきをしたときにはもう夜で、仕事を終えて裏口(表のドアは21時くらいで施錠される)から出るとあたりは等価に暗く、歩行者も車もほとんどいない交差点でまどろむような赤信号をぼんやりと眺めていた。
もしこれを読んでいる人の中にそんな方がいたら(こんな日記を読んでいるどころではないと思うのですが)どうか昼間のうちに外に出てみてください。あなたから不条理に時間を奪う人も、昼間の光まで消し去ることはできないから。

 

2月10日
一日中家にいる。小説を書き進める、はずが冒頭からいろいろなことが気になって直してしまい、あまり進まなかった。

 

2月11日
三連休らしいことをしようと夫と出かける。
途中でカフェに入る。大きな窓とそこから見える景色が美しいカフェで、本がたくさんあり、その中の一冊が飛行機の機内食に関する本だった。航空会社ごとの特色が出る機内食がおもしろい。次に旅に出るならどこがいいかな、などと考えていると「特別食」のパートで新婚旅行のときに提供される機内食を見つける。いろいろな食材でハートマークを作るというのはなんとなく想像の範囲内だったけど、茹でた2匹のエビを組み合わせて作られたハートマークを見て動揺する。このエビたちは初対面なんだろうか。たまたま調理時に隣にいたのだろうか。
捕獲され茹でられ、海の中で暮らしていたときはなんの縁もなかったエビとペアを組まされてハート形をつくり、見ず知らずの人間たちの新婚旅行を盛り上げるアイテムとして空まで飛び、一生を終えたエビたちのことを考えてなんだか落ち込む。

 

2月12日
電車の隣の席に座った人がパソコンで日記を書いていた。心中と思わしきものを現在進行形で書いている人が隣にいることに緊張する。あまり見ないようにと思うけれど、つい気になって横目で追ってしまう。
途中でふと、「他人の日記を盗み見て楽しいですか」と書かれたらどうしようと不安になる。冷や汗をかく。そうなったら終わりだ。破滅だ。自身を恥じながら立ち去るしかない。だからもう読むのをやめようと思うのに、一方ではその一文が現れることを心待ちにしている自分がいる。わたしは自分が狼狽するのを見たいのだろうか。日記を読みたい。いや、盗み見はよくない。けれど破滅への期待が止められない。中央線は走り続ける。葛藤もまた続く。
電車を降りるとふらふらし、ホームで少し休む。

 

2月13日
なかなか書き進められずにいる小説を冒頭から書き直し始める。とても楽しい。小説は冒頭を書くのが一番楽しいように思う。
ずっと冒頭だけ書き続けることができればと思うのだけど、それはもう冒頭ではないね。

 

2月14日
ソファで目をつむっていたら、猫が隣で眠っていた。投げ出した前脚が膝にのせられて、そこだけ温かくしめっぽい。
猫が家にやってきて約2か月。かわいい、大好き、とにかく一日でも長く元気に生きてほしい、と毎日強く思う。けれどそう思うほど猫が死んだときのことを想像してしまう。猫は生と死を詰め込んだ爆弾。

 

 

1988年長野県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業。2020年『空芯手帳』で第36回太宰治賞を受賞。世界22カ国語での翻訳が進行中で、特に2022年8月に刊行された英語版(『Diary of a Void』)は、ニューヨーク・タイムズやニューヨーク公共図書館が今年の収穫として取り上げるなど話題を呼んでいる。著作に『休館日の彼女たち』。

第6回 わからなさとの付き合い方

『空芯手帳』『休館日の彼女たち』、ユニークな小説2作を発表し、国内外で注目を集める作家・八木詠美。本書は著者初のエッセイ連載。現実と空想が入り混じる、奇妙で自由な(隠れ)レジスタンス・エッセイ。

昨年の秋、イギリスに行ってきた。チェルトナム文学祭というイギリスでもっとも古い文学祭のイベントに招待され、いくつかの都市でもトークイベントを行うことになった。

イギリスでは2022年に自著『空芯手帳』の英訳が出版され、実際に本を読んだ読者の方々がインスタグラムなどで本の感想を書いてくれたり、ロンドンの名物書店のFoylesが紹介してくれていたりして気になっていたので、招待のお話をいただいたときは行きますとすぐにお返事した。なるべく現地の読者や対談する他の作家の方々の言葉を理解できるようになりたいと、勢いあまって英会話のGabaの短期集中レッスンにまで通った(確定申告に向けて、そのときの領収書を今血眼になって探しています)。

 

はじめて行ったイギリスは、当たり前だけれども都市によってずいぶんと雰囲気が変わった。最初に訪れたチェルトナムは美しい街並みで、温かい雰囲気の漂う文学祭も含めて大切な場所になったけれど、その次のイベントで訪れたシェフィールドは大きな大学もありさまざまな人種の人がいて、イベントの進行をしてくださった植松のぞみ先生と行ったトルコ料理のレストランもおいしくてリラックスし、白人系の人が多かったチェルトナムで自分が思いのほか緊張していたことを少し遅れて実感した。

その翌日行ったリヴァプールは潮の香りが漂いカモメが飛び交う港町だが、その活気と猥雑さが私の中では東京の池袋(特にサンシャイン周辺を含む東口)と勝手に結びついた。カズオ・イシグロやイアン・マキューアンを輩出したイースト・アングリア大学のあるノリッジは、滞在時間が短すぎて街の様子はわからなかったが、床がぎしぎしと鳴るライティングセンターの美しい建物は何度だって訪れたい場所になった。

ロンドンは切符や日本でいうSuicaのようなものを買わずにクレジットカードをタッチするだけで、チューブと呼ばれる地下鉄に乗れるのが気楽でいいなと思った。電車の中で本を読んでいる人の姿をよく見るのも嬉しかった。街の中にいる犬が全然吠えず、カフェに入ったり交通機関に乗れることにも驚いて、同行してくださった現地在住の財団の方に尋ねると、犬のトレーニング教室があるのだと教えてくれた。

 

ただ、旅としてはなかなかハードだった。イベントの数は当初の予定よりも多く、毎日とにかく移動した。出発前は移動中に小説を書けばいいかと思っていたけれど、いざ列車の中で書こうとすると時差ぼけによるだるさで小説はほとんど進まず、移動と本番を繰り返すサーカスの動物のような気分になってきた。頭も常にぼんやりとして重く、持ってきた頭痛薬を飲んでいたが、油分の多い食事に耐えられなくなった内臓の悲鳴により途中からはそこに胃腸薬が加わった。

そして時差のせいかどれだけ疲れていても深夜2時には目が覚めてしまい、イベントに来てくれた人たちはこんなに寝不足で自分でも思考が支離滅裂だと感じている人間の話を聞いて本当に楽しいんだろうかと心配しながら毎日登壇した。

観光をしたり食事を自由に楽しんだりということもほぼなく、ビッグベンも大英博物館もまったく見ることなく終わった。ビッグベンについては、Gabaのロンドン出身の先生が「ただの巨大な時計台。見なくてよい」と力強く話してくれたので諦めがついたが、スコーンについては滞在中に一度も食べられなかった悔しさが募り、帰国した翌日に近所のカフェにスコーンを食べに行った。

ちなみにここ数日は確定申告のために昨年の収入を整理しているが、一部のイベントの報酬がまだ支払われていないことに気づいた。

 

なんだか書いているうちにどうしてあんな旅に行ったのだろうと考え始めてしまったが、それでもずっとお会いしたかった翻訳者のルーシーさんや編集者のエリーさん、そして現地の読者の方々と直接交流できる機会はすばらしかった。どのイベントでも途中で打ち切らなければいけないほどたくさんの質問が出て、そのどれもが本に対する愛情に満ちていた。

ある人からは「あなたは日本文学の中では自身をどのような系譜として考えていますか?」という質問され、答える前に「あなたは読んでいてどのように思いましたか?」と尋ねると「私はあなたの作品は安部公房の系譜だと思います」と返ってきて、リヴァプールで安部公房の名前を聞くことに驚き、また自分が学生時代に『箱男』が好きだったことを思い出した。サインの時間では「電車の中でこのページを読んでいたら吹き出してしまったので、ぜひサインはこのページにお願いします」と笑いながら本を差し出してくれた人もいた。

その中でも一人、忘れられない読者がいる。最終日の夜にロンドンのFoylesで、小説のあるシーンについて解釈を求められたことがあった。説明する前に「その部分については日本でもわからない、わからないからつまらないという感想があって……」と私が言うと、前方に座っていた一人の女性が「私も」と手を上げて会場に笑いが起きた。私も思わず笑ってしまった。

けれど同時に私は感動していた。わからないと思った小説を「だからつまらない」と突き放すことはできるだろうし、矛盾しているように見える部分に対してどうしてそう書かれているのか考えることなく「ストーリーが破綻している」などこき下ろして終わりにすることもできるだろう。実際、本のレビューサイトなどを見ると自分が書いた小説に限らずそんな感想を目にすることはままある。もちろん、小説は「わかる」ことがその楽しみのすべてではない(そもそもある小説を「わかる」とはどういうことなのかという問題がある)が、「わからない」と思った瞬間に離れてしまうような小説の読み方をする人は一定数いる、それもどちらかといえば増えているように感じる。

そんな中、この女性はわからないと思った小説の作者が、それも無名の海外の小説家がイベントでやって来ると知り、お金まで払って平日の夜に書店まで足を運んでくれている。なんと豊かな、わからないものとの付き合い方だろう。結局、小説に限らず世界はわからないものばかりで、私たちはそのわからなさと交差し、そこに目を凝らさなければ、見える世界は少しずつ貧しくなってしまうのだから。

話し終わって次の質問を求めると、その女性は即座に手を上げて「ようやくわかった気がする」と話し出し「ありがとう」と結んでにやりと笑った。彼女のその表情を見たとき、私は頭痛も胃痛も時差ぼけも忘れ、ただ今夜ここに来てよかったと思った。

 

 

1988年長野県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業。2020年『空芯手帳』で第36回太宰治賞を受賞。世界22カ国語での翻訳が進行中で、特に2022年8月に刊行された英語版(『Diary of a Void』)は、ニューヨーク・タイムズやニューヨーク公共図書館が今年の収穫として取り上げるなど話題を呼んでいる。著作に『休館日の彼女たち』。