第8回 東京

全感覚祭――GEZANのレーベル十三月が主催するものの価値を再考する野外フェス。GEZAN マヒトゥ・ザ・ピーポーによるオルタナティブな価値の見つけ方。

朝、ベッドに寝転びながら開いたアイフォンから飛び込んでくるニュース、悲しい気持ちでぐったりするが、毎日はそんなわたしの再生など待ってくれない。
 頬を叩いて化粧をし、わたしはわたしの役割を演じなくちゃ。

同じ時間にスーツを着て、同じ電車に乗る。同じ時間にゴミの回収車はやってくるし、ほら、知らぬ間に季節は巡っていて、ふと鏡の前のあなたは、気づくとその目尻が年を取っている。

 

2020年をまたいで、派手なキャンペーンが打たれ、理由もなく華だけあるその羅列の中でとりこぼされた切実な事象。
 名前がつけられることなく消えていった夜たち。あの体積は今一体どこに浮かんでいるのか。

 

 

平成。2019。
そこに取り残された孤独な体温のこと。でもその存在もわたしはきっと忘れてしまうだろう。 日々、更新されるめまぐるしい速度に振り落とされないようにするのでやっとだ。

 

常に走っている。息継ぎするのもやっとの毎日を時代と誰が呼んでくれるだろうか? そんなくすんだ鈍色を奴らは色とすら呼ばない。輝かしい青黄黒緑赤の彩が虹を作る民主主義の国、それが日本。
それが私たちの生きる2020?

わたしはそのみんなと呼ばれるものの中にいるだろうか。深夜3時、部屋で電気をつけずにただ、街の灯りを窓ガラス越しに見ていた。窓ガラスに触れる指、ひんやりと冷たい。
一人ぼっちだ。

 

今、起きていることは政治と呼ばれていたジャンルのことではなく、現実。街の片隅から火薬の匂いがするし、その煙の向こう側で誰かが泣いてる。ゲームの世界でもなんでもなく、SFやファンタジーでもなんでもなく、目の前にある気配はただの現実だ。

 

戦争反対。こんな当たり前だと思っていた一言にコメントが多く付いた。

「言ってるだけなら簡単だ。もう戦争は仕方がない。」

仕方がないことで人は死ななくちゃいけないのだろうか。わたしたちはどうしてそれを仕方のないことだと思わなくちゃいけないのか。
 理屈じゃなく生まれてきた。ちゃんと尊厳を持って生きたい。そう願うことになんの罪があるのか?

何度も言う。
それは政治の話ではない。

そこに傍観者も観察者もなく、もれなく当事者で、息を吸って吐いて、夕立がきたら雨宿りをする。そんな当たり前の血の通った人の営みの話だ。

 

 

我々の全感覚祭を直撃した台風。窓ガラスにガムテープを張り、怯えながら過ごしたあの晩、台東区の避難所はホームレスの受け入れを拒否した。
 あの晩、嵐の中に放たれた彼らは目を閉じて、ただその風が過ぎ去るのを震えながら待ったはずだ。税金を払っている人は国民で、そうでない者は人として生きていることすら認められない。

我々一人一人に振られた番号、データベース上で数字として管理されている。気づけば渋谷の裏にいた番号を持たないホームレスはどこかに消えてしまった。でも彼らの人生はどこかで続いている。

 

わたしは年末から風邪をひいてしまって、喉がイガイガしていた。ヨーグルトに蜂蜜を溶かして口に入れるとゆっくりと喉を通っていく。
夜起きて誰も人のいない商店街を歩く。積み上げられた段ボール。正月の飾りの入った透明のゴミ袋。その横を通り過ぎる太ったネズミ。

この世界の何の役にも立ってないそんな景色のこと、ないものにしたくない。

 

古い友人が死んだ。本当の理由はわからない。校庭で遊んでた俺が教室の方を見ると、そいつは窓の端っこからこちらを見てた。しばらくたって引きこもりになったけど、卒業式の前に、BUMP OF CHICKENの弾き語りを先生と二人で披露してた。わたしは肘をつきながらそれを聞いて、いい声だと思った。

生産性ある?ない?データベースから数字が一つ消えただけのこと?

奴らが数字に置き換えられないあいつのいいところ、わたしはたくさん知ってるよ。

 

人が笑うのに何故、誰かに勝たなくちゃいけないのだろうか?
 他人や世界など関係ない孤立無援の声を放ち、命を爆発させて生まれてきた。いつの間にか何かの戦いに参加していて、理由なく負け、だからもっと頑張れと言われる。

一億総迷子。その不安定さから他者を執拗に否定し、確固たる存在の実感を手にしようとする。

 

 

でも本当はコミュニティにいなくともちゃんとその体は存在している。この不安も痛みもそのことを証明している。だから孤独は捨ててはいけない。

 

気づくと目の前を駆け抜ける巨大な事象を前に、無力さに負けそうになる。
 自分の存在が何の価値もないように思え、歌なんて歌ってる場合か?
そんな気持ちに押し潰されそうになる。

でも、忘れない。言葉にできない日々や空が燃えるときの色のこと。わたしもあなたも綺麗な時間を知ってる。

だから、わたしは今日も夜中に散歩する。誰に見せるためでもないが写真を撮るし、好きな場所に行って全力で遊ぶ。

 

誰に勝たなくても何にも負けてないその日までこの歌は続けようと思う。

ぬるい言葉と知り、ですぎた真似を承知で言うが、これはそんな日々の一人ぼっちのための応援歌と聞いてもらって構わない。

 

 

存在することを肯定しきりたい。まだ人のことを好きでいたい。そういう抵抗もある。

そうだろ?東京。

それが奴らが呼びたい時間でなくとも、わたしはそう呼ぶことを諦めない。

あなたの暮らしは続く。
TOKYO 2020そんな綺麗な配列が終わっても、ずっと続く。

東京。
この街自体に価値はない。

絶対に手放すべきじゃない、その声や時間のこと。

それに用がある。

 

2009年、バンドGEZANを大阪にて結成。作詞作曲をおこないボーカルとして音楽活動開始。うたを軸にしたソロでの活動の他に、青葉市子とのNUUAMMとして複数のアルバムを制作。映画の劇伴やCM音楽も手がけ、また音楽以外の分野では国内外のアーティストを自身のレーベル十三月でリリースや、フリーフェスである「全感覚祭」を主催。中国の写真家Ren Hangのモデルをつとめたりと、独自のレイヤーで時代をまたぎ、カルチャーをつむいでいる。2019年、はじめての小説『銀河で一番静かな革命』(幻冬舎)を出版。GEZANのドキュメンタリー映画「Tribe Called Discord」がSPACE SHOWER FILM配給で全国上映。バンドとしてはFUJI ROCK FESTIVALのWHITE STAGEに出演。2020年、5th ALBUM「狂(KLUE)」をリリース、豊田利晃監督の劇映画「破壊の日」に出演。初のエッセイ集『ひかりぼっち』(イーストプレス)を発売。監督・脚本を務めた映画「i ai」が公開予定。

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