第3回 早くも破門の危機に。

佐藤直樹さんは2013年3月、荻窪6次元で初の個展「秘境の荻窪」を開いた。中学2年生のときに1年間住んだことのある荻窪を歩きなおし、建物や木々、動物、地形などを木炭で描いたもの。長らくデザインの現場に身をおいてきた佐藤さんだが、それ以降、少しずつ絵を描く機会を増やしてきた。3331コミッションワーク「そこで生えている。」や、Tambourin Gallery Presents 「佐藤直樹と伊藤桂司の反展」では、毎日、会場へ通って、少しずつ絵を描いていって、その過程を披露していた。そのような試みは、純粋に、「絵ってなんだろ?」という疑問から出発している。

「絵画」というと、美術館の中だったり、画商が扱うものだったり、どこかありがたいもの、身近なものではないものに思える。でも本来は、幼児の頃、うら紙やダンボールに○や□や線を描いたり動物らしきものを描いたのも、絵のはじまりかもしれない。個人ではなく人類で考えてみると、ショーヴェの壁画はどのように描かれたものなのか? 人間がもつ根源的な欲求である「何かを描く」という行為とは何かを、自らが「絵画」を描く行為、「絵画」に入門しながら考えてみる、そんな連載である。佐藤さんの実作もお楽しみに。

絵画の入門_3_short 

転写すること

「幼少期から二〇代前半頃にかけて試みていた、ある営み」というのは、簡単に言うと「外を内に転写すること」と「内を外に転写すること」です。ってぜんぜん簡単に言えてないですね。前者がスキャンで後者がプリントだと言えばわかりやすいでしょうか。わかりやすくし過ぎですけれど。では順を追って説明して参ります。

まず「外を内に転写すること」ですが、要は「見たものの確認を目を閉じてする」のです。瞼の裏に残像が残っていてもすぐに消えてしまいます。それでもある程度の像を思い起こすことはできます。ところでこの像は、いったいどこにどのように、転写され、保存されているのでしょうか。そのことがとても気にかかって、その確認作業のようなことをずっとやってきました。つまりどれだけ像の再現ができるかということを脳内で確かめようとするわけですけれど、直後にはかなりの再現ができても時間が経つと朧げになり、寝床で思い浮かべる頃には夢の中に溶け込んでしまいます。

何故そんなことを試みてきたのかというと、思い当るところでは、「外」に存在する好きなものを確実に自分の「内」に持ち込もうとしていたということが考えられます。凝視して捉まえ、できるだけ取り零さずに持ち帰る、そんな感覚だった気がします。自然の中で出会うものも、雑誌やテレビに登場するものも、等しく「転写」の対象になっていました。

言うまでもなく、脳内に届いているのは「そのもの」ではなく「そのものから転写された別像」です。情報量が少なければ両者にはほとんど差が出ません。しかし情報量が上がって来ると何らかの選択を余儀なくされていきます。様々な情報の組み替えがあり、いわゆる「思い違い」も起こります。しかし興味深いのはむしろそこです。

目を開けたまま見たものをなぞると像の保存状態は格段によくなりますが、その場合、後に思い起こされるのは「そのものから転写された別像」であるよりも「なぞった時の身体感覚」が込みになってきます。ですから、なまじ妙な訓練をしてしまうと、「そのものから転写された別像」というより、「そのもの」との関係を断った、描写のための自動生成プログラムのようなものが出来上がってしまいます。

それがいけないわけでもないのでしょうけれど、そうすると「そのもの」を様々な角度からよくよく観察するという力が減じます。新鮮な目で初めて出会うものを見るようには見なくなります。これは最近考えるようになった部分なので過去の「営み」の説明としては蛇足ですが。

「像」はどこに存在しているのか

「内を外に転写すること」としてやってきたのが「描くこと」で、「目を開けたまま見たものをなぞる」際のスケッチとかクロッキーとかデッサンとかもそれにあたると言っていいわけですが、それらは転写そのものとはほど遠いメモ書きのようなもので、どこまで行っても「描けてない」ことが炙り出されるばかりです。

それからもっと根本的に「描けない」ものがあります。内的に浮かんでは消える色つきの形。主に寝る間際に瞼の裏側に現れるこれらの「像」はどう扱えばいいのか。変形し続けるそれを寝床で追いながら、外への転写ができない、その不可能性についてもずっと考え続けてきました。と言っても考えながら最後は眠ってしまうわけなので、すべては朦朧とした意識の中で起こっていることでしかなく、考え自体が夢の側に移ってしまいます。

外側で起こっていることが情報として自分の内側に入って来るというのは、これはいったい何事なのか、それから、何らかの処理を経て外に出て行こうとする「像」(描かれることによって生まれてしまう形や色)の生成にあたっては、どういった種類の転換を起こさざるを得ないのか。その実作業的な提示が「絵画」なんじゃないかということをいつしか考えるようになりました。

二〇代のある時、コンクリートの床に染み込んだペンキ跡に見とれたことがありました。何度も塗り替えられた壁から滴り落ちた、その度に異なる色が重なりずれていて、何と美しい光景だろうと思ったのです。

ジャクソン・ポロックのような抽象表現の作家がいることは知っていましたけれど、正直、何だかよくわかりませんでした。しかし、この目の前のペンキ跡には大いに喚起されるものがあったのです。その時に置かれていた自分の状況もあってのことだと思います。ともあれこちらの内側では何かが喚起され、外側の何かと何かがそれを引っ張り出している。

これは解こうと思って簡単に解けるものではないし、自分にはとても手の出せない世界だとその時に感じました。作品とは何なのか。目指してどうにかなるものでもないだろう。大事なことはただ起こっている。作者の作為といったものからは離れて。

たとえば音は主に耳から入って来ます。振動を感じるという点では耳だけではないのでしょうが、単純化させていただけば、ざっくりそういう言い方をしても間違いではなかろうと思います。ではそこでは何が起きているのでしょう。音は物理的な振動ですから内側に入って来るというより振動そのものが身体的に同期しているようなイメージにもなりましょうか。不思議なのはそれが記憶として保存されているということなのです。人は脳内で音を再生することができます。しかしその時に物理的な振動はありません。その音はどこで鳴っているのか。

同じように、脳内でイメージされている「像」は、どこに存在しているのでしょう。何でもいいので目の前にあるものを凝視してみてください。目をつぶってもそれを正確に思い浮かべることができますでしょうか。できなければまた目を開けて凝視してください。何度も繰り返すうちに、その「像」はだんだん強いものになっていくはずです。そしてそのうち何度も見直さなくても頭の中に存在するようになります。しかし、それはいったいどこに「ある」のか。

破門になりかけつつ

脳科学的には何らかの説明もできるのでしょう。あるいは情報科学的に。西洋の哲学なんかでもよくよく考えられてきたことであるに違いありません。しかしそのような場所からこれこれこういうことなのだと説明を受けてもこの疑問の感覚が消えることはありません。何かが何かに転換されている。そのジャンプ。そこに謎が隠されている。その解明を言語的に完結させるのではなく、新しい行為に向けて開かれていくような理解が得たいのです。

メディアの方を発達させてもっと別の提示の仕方をするやり方もあるでしょうし、様々な科学的な知見も動員しながら開示されて行く部分もあるに違いありません。しかし、自分がなぜ「絵画」に拘るかと言えば、発展・発達の末にどこかに辿り着けそうだからというような話ではなく、もともとの最初から人はそれを難なくやっていたはずだからです。「それ」というのはつまり「外と内の転換」です。踊ることも歌うことも話すことも書くことも描くこともそこに繋がっていた。それがどこかで出来なくなった。あるいはそれぞれに何か別の役割を持たされて変形せられていった。そういった歴史があるだろうと。

絵画をめぐっては、本質的には何もわかっていないのに素通りされている問題が本当に多い気がします。その一方で、私自身にも思考のフレームがあり、今のままでは太刀打ちできそうにありません。そこのところを明快にさせるには、一九世紀から二〇世紀にかけて起こったことを位置づけ直す必要があるようにも思われます。とくに「夢」「未開」といったものがどう処理されてきたかといった点は重要でしょう。

しかしこの流れでは、「描くこと」からどんどん離れて行き、「絵画について考えること」だけが独自に進んで行ってしまいそうです。それでは「絵画の入門」にはなりません。「絵画学入門」のようなものになってしまう。まだ入門したばかりなのに、私は早くも絵画そのものから破門されてしまうのでしょうか。

描くことへ向けて

ここで少し気を取り直して、「外を内に転写すること」「内を外に転写すること」との関係で、今現在描いている絵についての話をさせていただきます。

入門したばかりの人間がいったい何を描いてるんだ生意気なと思われるかもしれませんが、時間がないので急ぎます。今は、三六判と呼ばれるベニヤ板に木炭で、主に日常生活の中で目に飛び込んで来る植物を描いています。ベニヤ板を縦にして横へ横へと繋げながら、約一年前から始めて四〇枚くらい、横に並べて三五〜六メートルくらいまで来ました。目に飛び込んで来る植物には際限というものがありません。ですから絵にも終わりが想定できません。最終的にどうしたらいいのかさっぱりわからないまま描き始めています。描き手である自分が死ねばそこで終わる。今のところ言えるのはそれくらいです。

この絵が絵として「自由なもの」かと言われるとそうではないと思います。前回書きましたように「自由に描かれた絵」ではなく「絵画という不自由な存在」であろうとしている。では何のためにそんなものであろうとしているのか。どのみち不自由でしかないのであれば、その先があるかもしれない不自由を彷徨しているとしか今は言いようがないのですが、長年やってきた「外を内に転写すること」(≒スキャン)と「内を外に転写すること」(≒プリント)に関わる行為であることは間違いありません。

「外」というのは無限ですから、もしも本気でそれらを内側に取り込もうとするならば、絵など描いている場合ではないでしょう。ではどんなアプローチなら有効なのか。わかりません。しかし有効だから始めたことでもないのです。ただ堰を外してみたに過ぎません。「内」も無限かもしれませんから、言ってみれば私らは、無限と無限を照合させつつ生きているわけです。

この場所は言語的な空間ですし、「外」とか「内」とかもここでは言語でしかありません。しかし、絵画の本懐もまた、その照合にあると言えるんじゃないか。概念化の能力を欠如させた自閉症児童が傑出した写実能力を発揮することを私たちは知っています。そのような児童が言語の獲得と引き換えに描画から遠のいていったことも。

ということは、ここでこのようなことをしているかぎり、絵画にとって決定的に重要な部分を弱めこそすれ、強めることなどできないのかもしれません。そう考えると、この連載も即座に打ち切りたい衝動に駆られます。が、概念化を拒む力が絵画にとって重要な部分であることを認めながらも、もう少し、言葉の力を借りながら歩を進めることにします。と言うのも、絵画の側面は「それだけ」ではないからです。