モヤモヤの日々

第56回 断酒

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

酒を飲み過ぎてアルコール性の急性すい炎に二度なり、二度とも入院した。すい炎はあまく見てはいけない病気であり、同時に僕はアルコール依存症でもあった。現在、断酒して4年10か月になる。僕が断酒してしみじみ実感したのは、積み重ねることの大切さだった。

断酒とはつまり、「飲まない」という決断を繰り返すことである。はじめは「断酒する」と意気込んでいた僕も、もっと消極的で受け身のほうが自分の感情に近いのではないかと思うようになった。単純に「する」を繰り返すのは疲れるし、世の中には「しない」という決断は飲酒の問題に限らずどのような場面でもあり得るのだ。少なくとも僕はそう思うようになった。

言葉の問題なのかもしれないが、(A)「断酒をする」が「『断酒をする』をしない」になるのと、(B)「酒を飲まない」が「『酒を飲まない』をしない」になるのは違う決断のような気がするのだ。(B)のほうが、前の言葉と後の言葉との間に広く、深い二重否定の溝がある。僕が今のところ断酒をしてきた経験では、後者の決断を、「しない」ことを積み重ねている気がする。

つまり、「飲まない」を繰り返すしかないのだ。いつか「しない」という感覚すら消えて、「酒を飲まない」が当たり前になる日が来るのだろうか。まあ、来なくても続けなければいけないんだけど、と消極的に受け入れている。飲み始めたら「毎日、平日公開」なんて僕には無理だと思うので、この連載が続いている限りは飲んでいないと思っておいてほしい。

 

宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid