モヤモヤの日々

第183回 メロトッツォ

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

執筆の仕事が思うように進まなくて、ストレスが溜まっていた。疲れていた。愚かなことをしてやろうと思った。あらかじめ計画は練ってあった。「メロトッツォ」を食べるのである。

メロトッツォがなにかを説明する前に、「マリトッツォ」について明らかにしなければなるまい。マリトッツォとは、イタリアはローマから上陸した洋菓子で、生地が口をパカっと大きく開いたシュークリームのような形をし、そこから溢れんばかりの生クリームが顔を出しているという、世にも愚かしい食べ物だ。コンビニでもオリジナル商品が発売されるなどしており、今年流行した商品のひとつである。僕はマリトッツォに出会ってからというもの、たびたびその誘惑に負け(「無理トッツォ」と呼んでいる)、愚かにも幾度か食していた。

そしてつい先日、メロトッツォの存在を朝の情報番組で知ってしまった。ウェンディーズ・ファーストキッチンの一部店舗で限定販売されているメロトッツォは、メロンパンにマスカルポーネチーズ入りのホイップクリームをたっぷり挟んだ「マリトッツォ」風の商品なのだそうである。なんということだろうか。なんという愚かさだろう。ただでさえ愚かなマリトッツォの生地の部分を、メロンパンに変えてしまうとは。狂おしいほどの愚かさだ。しかも、流行に見事に便乗している点については、言葉そのままの意味において愚かしくもある。

僕は妻に犯行を持ちかけた。妻はゴクリと唾をのんだ。「やるのね?」と妻は訊いた。「やる」。僕は珍しく躊躇わずに決断した。しかも、Uber Eats(ウーバーイーツ)という、家にいながらメニューを注文し、宅配を頼めるサービスまで使ってしまうつもりだった。一番近い店舗まで距離があり、買いに行くのが億劫だったからだ。愚か者は愚行を重ねるものである。

カロリーを気にしている妻は半分、僕はひとつ半食べることにし、メロトッツォをふたつ注文した。ひとつ550円。ひとつはプレーンだが、もうひとつは抹茶あずきが入っている危険な食べ物だ。さらにアイスコーヒーをふたつ頼み、サービス料等を含めて合計2221円。「もう無理トッツォ。はやく届いてくれ!」と願っていると、わずか40分ほどで届いたのだった。

到着したメロトッツォの愚かさに、僕と妻は思わず息をのんだ。本当にマリトッツォの生地がメロンパンになっている。なんという軽薄さだろうか。なんという安直さだろうか。完全に悪ノリではないか。しかし、愚かなものにしばしば愛おしさを覚えてしまうのが、人間、というか僕という生き物である。メロトッツォは、メロンパンのサクッとした食感に甘すぎないホイップクリームがよくあい、とても愚かで、とても美味しい食べ物だった。マリトッツォと同様、この食べ物は快楽に弱い僕には手に負える相手ではない。深追いは禁物である。でも、またきっと食べるのだろう。

昨夜はその後、部屋の窓から中秋の名月を見た。今年の中秋の名月は、8年ぶりに満月だった。夜空に浮かぶ丸い名月が、メロトッツォに見えなくもない。いや、あれはマリトッツォのほうではないだろうか。心底どうでもいいことを考えながら、夜はふけていくのであった。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid