モヤモヤの日々

第104回 神隠しの犯人

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

とにかく物をよくなくす。これは僕の宿命のようなもので、もしなくした物を探すというタスクが人生になかったなら、第二外国語を習得できただろうと思うほど、探し物に時間と労力を費やしてきた。今は、つい5日前に購入したオーディオテクニカのワイヤレスイヤホンを探している。

ちなみにこのイヤホンは以前、黒色の商品を購入したのだが、見事になくしてしまった。外には持ち歩いていなかったので、絶対に家の中にあるはずだ。なのに、いくら探しても出てこない。僕は諦めて同じ商品を再び購入した。今度はなくしても見つけやすい青色の商品にしたのだった。どうしてこんなにも物をよくなくすのだろうか。僕と妻はこの現象を「神隠し」と呼んでいる。

冬には、足元を温めるミニサイズの電気マットがなくなった。僕は冷え性なので、仕事机の下に置いておくと、体が温まって風邪を引きにくい。冬には非常に活躍するアイテムだった。「電気マットがない」とぶつぶつ呟きながら、家の中をうろうろ歩きまわっている僕を見て妻は、「また神隠し?」と呆れ顔だった。たしかその電気マットは、7、8年前に大型スーパーで発見し、1800円くらいで買ったのだった。値段と使用した年数を考えれば、こんな僕の元から消えないで、辛抱強く活躍してくれたほうである。新しい商品を買おうと思っているうちに冬が終わってしまった。

春の暖かさを肌で感じられるようになった頃、妻が申し訳なさそうな顔で僕に近づいてきた。手にはあの電気マットを持っている。妻いわく、僕が電気マットを使おうと寝室の収納から取り出し、リビングに置いて仕事部屋に持って行く準備をしていたわずかな時間があったらしい。その際に愛犬ニコルが電気マットに興味を示し興奮し出したため、テレビの裏に隠したそうだ。それを見つけて、「しまった。神隠しの犯人はわたしだ」と気づき、おそるおそる白状したのだという。

謝る妻に、そんなことは些事であると僕は伝えた。そんな濡れ衣は、実家で暮らしている頃から何度も経験してきた。しかし、100回の神隠しがあったとして、僕のせいではなかった事例はせいぜい1回である。正確に統計をとれば、おそらく1の値を下回るはずだ。僕が物をなくしたとき、他の人がなくした可能性をわざわざ考慮に入れるほうが、日々の生活が煩雑になってしまう。僕は僕の行為や判断にかんして、まったく信用していない。ほとんどのミスが僕のせいであり、そのことについて僕は世界中の誰よりも自信がある。そもそも、僕はリビングに置いておいたことすら忘れていた。それを思い出しただけでも妻は立派なのだ。

そう自信満々に伝えた僕に妻がどういう反応をしたのかすら、今となっては覚えていない。そしてオーディオテクニカのワイヤレスイヤホンはまだ見つからないし、ついでに言えばそのときに妻から受け取った電気マットもどこにあるかわからない。僕のせいである自信が全身をみなぎっている。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid