モヤモヤの日々

第196回 観光地のマグネット

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

観光地で必ずといっていいほど売っているマグネット、あれはなんなのだろうか。観光地や景勝地の写真やイラスト、もしくはご当地キャラクターなどがだいたいは印刷され、長方形とか、円形とかシンプルな形をした、あのマグネットである。誰が買うのだろうか。僕以外、買っている人を見たことない。

旅行の記念に、お土産を買いたくなる気持ちはわかる。しかし、マグネットはそうたくさんは必要ない。僕が観光地に行くたびにマグネットを買っていることを知った妻が、まったく同じ行為をし出したので、我が家の冷蔵庫はマグネットだらけになっている。ごみの収集カレンダーなど、キッチン周りにあると便利な書類をマグネットでとめているものの、何でもかんでも貼ると余計にごちゃごちゃするので、ほとんどのマグネットは本来の役目を果たさぬまま、邪魔にならない隅っこに追いやられてしまっている。

そしてこれはあまり言いたくないのだが、紙をとめる磁力すらないマグネットがたまに売っているのだ。なかにはマグネット自体の重さに耐えられず、冷蔵庫からずり落ちてくるやる気のない商品もある。

さらに、冷蔵庫を見た一部の友人たちもマグネットを買うようになり、なぜかうちの冷蔵庫に貼っていく。目立つところに「ルート66」が貼ってあるが、むろんそんなジャック・ケルアックみたいな場所に行ったことはないし、日光や外気が苦手な僕の人生と「ルート66」が交差することは、これからもないだろう。

では、なぜ僕は「観光地のマグネット」を買ってしまうのか。端的に言うと、マグネットが可哀想だからである。ほとんどのお土産屋で、マグネットは不遇な扱いを受けている。目立たぬ場所に置いてあるか、レジの前にそっと置いてあって、ついでに買ってくれる客がいればラッキーくらいの感じのテンションなのである。僕には、どうしても人ごとだとは思えないのだ。いつも少し寂しそうな佇まいをしているマグネット。そのなかでも僕以外は誰も買わなそうな、ダサいデザインのものを購入するようにしている。しかし、ここで考えなければいけないのは、観光地や景勝地はマグネットになるけど、僕はならないということである。どこかで僕のマグネットが売っていたら教えてほしい。あまりにも可哀想すぎるので、すぐに馳せ参じて購入したいと思う。

つまりマグネットは、僕なんかに憐憫の念をかけてもらう必要なんてないわけであるが、心配なのはコロナ禍による外出自粛によって人出が減って、観光地が大打撃を受けていることだ。もしかしたらマグネットを店頭に置く余裕がなくなっているかもしれない。マグネットなんて僕のような物好きしか買わないだろうから、もっと売れ筋の商品を置いたほうが、商売的にはいいだろう。それとも僕が知らないだけで、本当はマグネットは大人気商品で、売れすぎているから目立たず置いてあるように見えるだけなのかもしれない。

我が家で最後にゲットしたマグネットは、妻が買ってきた六甲山牧場のもので、子羊が藁の上でくつろいでいる可愛い商品である。ちなみに、僕のお気に入りは、キューバで買ったヘミングウェイの顔が中央にデカデカと配置されたシンプルなマグネットだ。このマグネットは目立つだけでなく、とにかく磁力が強い。

結局、なぜ観光地にはマグネットのお土産が必ずといっていいほどあるのかはわからなかったが、はやくマグネットを気軽に買いに行ける世の中に戻ってほしと切に願っている。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid