モヤモヤの日々

第142回 文字入りTシャツ

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

日本語がプリントされたTシャツを着ている外国の人を見ると、モヤモヤすることがある。たとえば、「肉が主食です」といった類の文字入りTシャツだ。しかし、考えてみれば、日本人だって外国語がプリントされたTシャツをよく着ている。以前、友人のTシャツに「New York」と書かれていたので、「行ってきたの?」と訊いてみたら、「一度も行ったことがない」と言っていた。

僕の出身地・東京都福生市には、米軍横田基地がある。村上龍や山田詠美などによる、米軍カルチャーを描いた作品が有名だ。まだ若い頃、基地の人たちが集まるクラブのような場所に行ったことがある。そのとき、陽気な米兵さんたちは僕のTシャツを見るなり大爆笑して、次々と握手やハグを求めてきた。数人からは、記念撮影までねだられるほどの人気ぶりだった。

大学受験し、大学でも英語を習っていたのだけど、僕はTシャツにプリントされている言葉を翻訳できなかった。今になっては、なぜあのとき辞書で調べなかったのかが悔やまれる。失笑されている感じはなく、「You are the best!」と何度も賛辞をおくられ続けたのであった。

最近、キューバで買ってきたカッコいいTシャツを部屋着で着ている。今年4月から「部屋着お洒落化計画」を実行し始めて以来、たとえ1日中、出掛ける用事がなかったとしても、パジャマで過ごすのをやめようと決めたのだ。そこでクローゼットから取り出したのが、2019年にキューバを旅行した際に、お洒落なショップで買ったお洒落なTシャツだった。

Tシャツは真っ黄色の原色。バナナヨーグルトが大好きな赤子(今日で1歳2か月)は、妻や僕がバナナを剥く様子を見て、「あまま」と言うようになった。たぶん「バナナ」のことである。ということは、黄色も認識したのかもしれない。そんなこともあり、僕はキューバで自分用のお土産として買ったお洒落な黄色いTシャツを、外着だけではなく、部屋着でも着るようになった。

つい先ほど、そのTシャツにスペイン語でなにかがプリントされているのを初めて意識したので、このコラムを書いている(キューバはスペイン語圏)。上部に「pais en construccion」、下部に「clandestina」とプリントされているそのデザインは、やっぱりお洒落だ。赤子がもっと喋れるようになって質問されたときに答えられるよう、念のためGoogle翻訳で意味を調べてみた。

【Google翻訳】
・pais en construccion - 建設中の国
・clandestina - 秘密

どういう意味なのだろうか。いや、そういう意味なのだろうが、どういうそういう意味なのだろうか。なんとも暗号めいた不思議な言葉の並びである。文化が違えば言葉の感覚も違うし、もしかしたらもっと深くキューバの文化を知らないと理解できない言葉なのかもしれない。と思ったところで「待てよ」と踏みとどまり、もう少し調べてみると、おそらくは「clandestina」はブランド、「pais en construccion」はそのセカンドラインの名前であることがわかった(たぶん)。

Google翻訳によると、「clandestina」のホームページには、「デザイナーのIdaniaDel Rioによって2015年に設立されたクランデスティーナは、キューバ初の衣料品ブランドであり、デザイナー、アーティスト、クリエイターのユニークな集団です」と書かれている。IdaniaDel Rio氏がハバナのスタジオで働いている写真も掲載されている。なんてお洒落なブランドなのだろうか。

つまり、僕の「部屋着お洒落化計画」は、滞りなく実行されているのである。赤子が好きなバナナの黄色だし、「キューバはハバナにスタジオがある気鋭のブランドなんだよ」と説明すればカッコいいし、「バナナ」と「ハバナ」で言葉遊びができるかもしれない。僕の経験によると、赤子はそういった「遊び」によって、さまざまなことを学んでいくものである。

赤子に質問されるその日まで、Tシャツを大切に着続けると同時に、スペイン語の発音も練習しておきたい。最近の自動翻訳には発音を確かめる機能がついている。クランデスティーナ!

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid