モヤモヤの日々

第119回 ラーミアンでバーメン

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

物書きをやっている癖に、僕は固有名詞がすぐに出てこないときがある。最近では改善されたが、とくに書き言葉ではなく、喋り言葉の場合は、この困った現象が起こりやすい。以前、新宿のゴールデン街で飲んでいた際に、「ほら、なんだっけ。あの四角い……、洗濯機を冷たくしたようなやつ」と言葉に詰まっていたところ、横で飲んでいた後輩が「もしかして冷蔵庫のことですか?」と教えてくれた。

地元(東京都福生市)の幼馴染み集団のなかでは、僕のこの困った癖は常識になっている。コンビニを区別して呼ぶことに煩雑さを感じ、セブンイレブンとローソン以外の店を概念化して、すべて「ファミマ」と呼んでいた時期もあった。優しい友人は、「どこそこのファミマで集合ね」と連絡したら、そこがミニストップだろうが、デイリーヤマザキだろうが、サンクスだろうが、何も言わずに来てくれた。しかし、やはり待ち合わせにまぎらわしく、コンビニに対しても失礼であるという理由から友人たちにやめさせられた。ちなみに、サンクスは、その後、ファミリーマートと統合されたので、僕に先見の明があったと言えなくもない。

もうひとつ、僕の困った癖として、固有名詞を絶妙なニュアンスで間違える、というものがある。漫画『ONE PIECE』に出てくる伝説の大海賊・白ひげを「ひろしげ」と何度も言うものだから、その度に「しろひげ、ね」と律儀に訂正してくるONE PIECEファンの友人が不憫になり、最近では「白ひげ」をその異名ではなく、本名であるエドワード・ニューゲートと呼ぶことにしている。そっちのほうが間違えそうなものだが、そうでないから謎である。

極め付けが、「ラーミアンでバーメン」である。僕はファミレス「バーミアン」のラーメンが大好きなのだ。とくにお金がない若い時期には、友人から「昼飯なに食べる?」と訊かれると、「ラーミアンでバーメン!」と明るく、元気に答えていたものだ。僕の固有名詞を覚えられなかったり、間違ったりする癖は、「何が言いたいのか絶妙にわかる」という域に留まっているぶん、親切な友人たちに恵まれたおかげでたまに訂正されるも、なんとなくゆるく温存されていた。

しかし、今はプロの文筆業なのだからそうはいかない。前述のとおり書き言葉の場合は厳重に注意して、これらの困った現象が起こらないように気をつけている。そして、ラジオやイベントに出演する機会も増えた今では、悪癖を直すため努力するようになった。具体的にはゆっくり喋る、普段から気を付ける、音読や滑舌のトレーニングをするといった程度ではあるが、僕はいつかラジオパーソナリティになって自分の番組を持つのが夢なので意外と真剣だ。

ラジオといえば、最近、赤坂にある書店「双子のライオン堂」の店主・竹田信弥さんがパーソナリティーをつとめる「渋谷のラジオ」の番組「渋谷で読書会」に、よく出演させてもらえるようになった。そういった縁もあり、お互いの新刊についての対談イベントを行い、今日、幻冬舎Plusにレポート記事の後編が公開された。それを告知しようとツイッターに文字を打ち込んでいたところ、「竹田のライオン堂の双子さん」と無意識に書いてしまっていた。

ツイートする前に気づいてよかった。ラジオ出演という貴重な機会を失うところだった。一方、「竹田のライオン堂の双子さん」でもみんなわかるだろう、と楽観的に考えてしまう僕も同時にそこにいた。宮崎のなかにたまに出てくる悪崎である。現在39歳。しっかりと生きていきたい。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid