モヤモヤの日々

第82回 やさしくなりたい

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

野地洋介さんが発行するZINE『やさしくなりたい』2号に寄稿した。心臓発作により緊急入院した経験のある野地さんが、“ままならない身体”をテーマに刊行しているZINEである。僕は1号から寄稿していて、「わからないことだらけの世界で生きている」は、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい』(幻冬舎)にも収録した。今回は、「セルフモニタリングとしての読書」と題し、心身的な変化を知るための読書や読書環境について考えた。能町みね子さんや尾崎世界観さんなど豪華な顔ぶれに驚いた。

それにしても、いい誌名である。僕もやさしくなりたい。日常の場面で優しさを発揮するには余裕が必要で、何かに追われるように過ごしていると、ついつい人にぞんざいな態度をとってしまい、後になって後悔する。やさしくあろうとしても、心が、身体が瞬間的にそう反応しないもどかしさ。「大きなやさしさ」をいくら掲げても、日常における他者との交差によって生じる“ゆらぎ”に対し、一つひとつ対応する余裕がないのでは、ボタンを掛け違えたまま前に進むようなもので、いつかは初めからやり直す必要が生じる。現在の僕である。

とりたてて立派な人間になりたいわけではないが、せめて人を傷つけることはしたくない。それでも人を傷つけてしまうことがある。善意が伝わらないときもあれば、裏目に出るときもある。基本、失敗だらけだ。でも、「やさしくなりたい」という気持ちさえ常に持っていれば、たまにはやさしくなれる瞬間がある。まったくの偶然で生じる場合もあるし、ときには偽善だったり、打算だったりはするだろうけど、少しでもやさしさの総量が増えるといい。

そんな僕が無尽蔵にやさしさを注ぎ込む愛犬ニコルだが、今日は妻と一緒に歯磨きの練習をしに行ったそうだ。他の犬もいて大はしゃぎだったという。健康な歯になって、できるだけ長く生きてほしい。ニコルの顔を思い浮かべると、僕もちょっとだけやさしくなれる。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid