僕はYouTubeチャンネルを開設している。その名も「宮崎智之 Tomoyuki Miyazaki」のチャンネル。外国の方が観る可能性を考えて、なんとなくローマ字表記も加えておいた。YouTube自体には2013年3月に登録していたのだが、チャンネルを運営し始めたのは2020年10月からである。
なぜその時期なのかというと、2020年12月に僕の新刊が発売されるからであった。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、リアルの場でのイベントや販売促進の活動は難しい状況が続いていた。しかし、新刊を広めるためにも出来る限りのことはしたい。というわけで、慣れない動画メディアにも挑戦する必要があるだろうと考え、事前にチャンネルを開設しておいたのである。
とはいえ、いったい何をすればいいのかまったくわからない。動画のアップロードなど基本的な操作も調べなければ出来なかったくらいだから、編集やライブ配信なんてもってのほかだ。しかも、チャンネルを開設した時点では、新刊が発売されてすらいない。さてどうしたものか。悩んだ結果、というのは嘘で、ほとんど何も考えないまま、とりあえずiPhoneに保存してあった愛犬ニコルの動画をアップし、新刊発売まで間を持たせる作戦を実行したのだった。
するとどうだろう。みるみるうちに再生数が伸び始めたではないか。ほとんど工夫をしていないのに、なぜかたくさんの人に視聴されている。動画のタイトルも「犬、一箇所にとどまって去る」「ただの歩く犬」「綱を追う犬」「ただそこにいるだけの犬」「犬、眠りながら少し動く」といった捻りがなく、そっけないものばかり。ニコルの肉球だけをただ11秒間、映した動画「肉球を愛でる権利」は外国の方に人気で、「アンコール」と英語でコメントされたのだが、どうすればいいのかわからない。
気がつけば総再生数が26万回を超えていた。編集も何もしないでただダラダラと、以前、撮影した動画をアップしているだけなのに。ここで僕は考えた。この状況でいきなり僕が出てきて、本の宣伝をしだしたら、顰蹙(ひんしゅく)を買うのではないか。もともとの目的がこのままでは果たせない。非常に困った状況である。しかし、みんなニコルの動画を見てよろこんでいるではないか。しかも世界中の人たちが。ニコルに比べれば僕なんて、端にも棒にもかからないどうでもいい存在である。僕よりニコルのほうが立派に生きている。
以前、Twitterで「皆さんが僕のツイートに求めているのは何でしょうか?」とアンケートを取ってみたところ、「犬」と答えた人が圧倒的に多かった。ちなみに、「鋭い社会批評」と回答した人は1割ほど。まあ、鋭さを求められたところで僕も困るだけなのだが、そのときニコルの人気を痛感した。天賦の才。ニコルには、なんとも形容し難い独特のチャームが備わっている。僕とは大違いだ。この連載だって、本当はニコルが書いたほうが人気が出るはずである。ただ単にニコルが犬だから、僕が書いているに過ぎない。そして犬より人間のほうが偉いなんて道理はどこにもないのである。
ニコルを定点で写した動画をアップし、音声だけで僕が新刊の宣伝をする。新刊の情報が必要ない人には、音声をミュートしてもらう、という方法を考えてみたのだけど、そんなせせこましいことをして、誰がよろこぶのか。出来の悪い息子を気にかけてくれていた動物好きな亡き父も「卑怯なまねだけは絶対にするな」と言っていたではないか。僕は英断を下した。このままニコルだけをアップし続けよう、と。
今年5月、5ヶ月ほど放置してしまっていたYouTubeチャンネルの運用を再開し始めた。相変わらず「宮崎智之 Tomoyuki Miyazaki」のチャンネルだが、アップしているのはニコルの動画である。放置していたせいで、チャンネル登録者数は激減していた。現在、232人。厳しい世界である。
別に儲けようとしているわけではない。ニコルの魅力を世界中の人に伝えたいだけなのだ。いや、そういう言い方にも欺瞞が残っている。ただ単に僕がニコルの魅力を叫びたい。それだけに過ぎない。
最近、休暇も兼ねて10日間ほど、妻と赤子とニコルは親戚の家に行っている。もちろん妻と赤子もそうなのだが、ニコルに会えなくてとても寂しい。ニコルが寝床にしいているお気に入りのタオルを嗅ぎながら恋しさをしのいでいる(どこかで似たような小説があったような気がする)。ニコルは天性の人気者なので仮に儲かってしまったら、自然豊かな場所に連れて行ってあげたいと思う。
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- 第250回 高級な蜜柑(3)
- 第249回 人生の杭
- 第248回 コーヒーの香り
- 第247回 はじめてのサンタクロース
- 第246回 犬と赤子
- 第245回 手紙
- 第244回 僕が好きだったもの
- 第243回 クリエイティブ迷子
- 第242回 懐かしさ
- 第241回 年末進行
- 第240回 二代目・朝顔観察日記(完)
- 第239回 ビニール傘
- 第238回 赤子の習い事
- 第237回 短眠
- 第236回 褒めて伸ばす
- 第235回 コンビニのKさん
- 第234回 風船トレーニング
- 第233回 吾輩は僕である
- 第232回 電話で伝える氏名の漢字
- 第231回 ロクちゃんのぬいぐるみ
- 第230回 書籍化
- 第229回 今日は何の日
- 第228回 本の片付けについて(3)
- 第227回 二代目・朝顔観察日記(8)
- 第226回 育児について
- 第225回 文学フリマ
- 第224回 僕が走った
- 第223回 大学を卒業できない夢
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- 第221回 ウニについて
- 第220回 駄目貯金術
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- 第207回 前髪のこと
- 第206回 観光地のマグネット(3)
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- 第204回 小さな一歩、大きな一歩
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- 第202回 徹夜について
- 第201回 観光地のマグネット(2)
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- 第199回 狭い街
- 第198回 二代目・朝顔観察日記(7)
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- 第195回 偶然の駄洒落(2)
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- 第192回 家賃の振り込み(2)
- 第191回 二代目・朝顔観察日記(6)
- 第190回 犬年齢
- 第189回 やりたいことリスト
- 第188回 二つ名
- 第187回 二代目・朝顔観察日記(5)
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- 第185回 怪談プリンター
- 第184回 筋トレ嫌い(2)
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- 第179回 赤子の苛立ち
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- 第169回 フィルムを貼る仕事
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- 第160回 痛いと言っていい
- 第159回 あいつは?
- 第158回 文化系トークラジオLife
- 第157回 父と中原中也
- 第156回 二代目・朝顔観察日記(1)
- 第155回 朝顔観察日記(6)〜あきらめない
- 第154回 ある夏の思い出
- 第153回 ワクチン接種2回目(5日目)
- 第152回 腰が痛い人
- 第151回 ピスタチオ
- 第150回 ワクチン接種2回目(2日目)
- 第149回 ワクチン接種2回目
- 第148回 ニコルゾーン
- 第147回 赤子はすごい(2)
- 第146回 退屈さ
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- 第144回 日傘がほしい
- 第143回 4連休
- 第142回 文字入りTシャツ
- 第141回 本物を見ること
- 第140回 早朝の散歩
- 第139回 回復
- 第138回 ワクチン接種1回目(3日目)
- 第137回 ワクチン接種1回目(その後)
- 第136回 ワクチン接種1回目
- 第135回 朝顔観察日記(5)
- 第134回 あるひとつの日常
- 第133回 七夕の願い事
- 第132回 ありのまま、今、起こったことを書くぜ
- 第131回 気になる投票所
- 第130回 名選手、名監督にあらず
- 第129回 家賃の支払い
- 第128回 1年の折り返し
- 第127回 朝顔観察日記(4)
- 第126回 計画の大切さ
- 第125回 未来からの前借り
- 第124回 赤子の躍進
- 第123回 本の片付けについて(2)
- 第122回 歴史の分岐点
- 第121回 マリトッツォ
- 第120回 朝顔観察日記(3)
- 第119回 ラーミアンでバーメン
- 第118回 ためらい
- 第117回 冷房の設定温度
- 第116回 犬の帰還
- 第115回 弱音
- 第114回 ニコルの人気
- 第113回 紫陽花
- 第112回 風邪予報士
- 第111回 バンドマン(2)
- 第110回 雨のことば
- 第109回 朝顔観察日記(2)
- 第108回 祝日がない月
- 第107回 朝顔観察日記
- 第106回 心のなかの仄暗い場所
- 第105回 駄目さが希望
- 第104回 神隠しの犯人
- 第103回 最高の海外旅行
- 第102回 生まれて初めて
- 第101回 怪談タクシー
- 第100回 目出度い
- 第99回 筋トレ嫌い
- 第98回 1時間10分のモヤモヤ
- 第97回 寝てない自慢
- 第96回 朝一の僥倖
- 第95回 慎重さ
- 第94回 断酒(2)
- 第93回 「まだ生きている」
- 第92回 あいみょん
- 第91回 赤いカーネーション
- 第90回 応援しがい
- 第89回 連休明け
- 第88回 運転免許
- 第87回 読書
- 第86回 気圧のせい
- 第85回 人間は弱い
- 第84回 ダンゴムシを見つける達人
- 第83回 赤子はすごい
- 第82回 やさしくなりたい
- 第81回 ニコルのこと
- 第80回 サークルの夏合宿
- 第79回 ピアノを習っている男子
- 第78回 英雄・コービー
- 第77回 うぐいすの初鳴日
- 第76回 ナ、ノ、ハ、ナ
- 第75回 「されている」
- 第74回 スマホの充電ケーブルが溜まる件
- 第73回 人生で最高に幸福な時間
- 第72回 双子のライオン堂の竹田さん
- 第71回 お洒落な部屋着
- 第70回 白くて丸いやつ
- 第69回 キャズム超え
- 第68回 原稿の提出方法
- 第67回 イノベーション
- 第66回 やる気
- 第65回 コンプレックス
- 第64回 桜ばな
- 第63回 目黒の秋刀魚
- 第62回 角さんの分類
- 第61回 本の片付けについて
- 第60回 春はすごい
- 第59回 マスクは大事
- 第58回 3つ目のブルガリアヨーグルト
- 第57回 「愛犬家はみんな、うちの犬が一番可愛いと思っている説」
- 第56回 断酒
- 第55回 3月生まれ
- 第54回 「誰かが褒めていなければ褒めにくい問題」
- 第53回 10年前
1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤ
Twitter: @miyazakid