モヤモヤの日々

第178回 今日からおじさん

珍しく妻からモヤモヤが届いた。それは、「いつまで『赤子』と書くの?」というものである。なるほど。たしかに赤子とて、いつまでも赤子であるわけではない。いつか「子ども」になる。しかし、今はかろうじて1単語ずつ喋れる言葉がいくつかあるだけで、とてもではないが会話ができる状況ではない。もちろんオムツもしている。とりあえずはまだ、「赤子」と書いてよさそうだ。

考えてみれば、深い問題である。僕はいつから「おじさん」になったのだろうか。正確に言うと、自分がおじさんであることを突っぱねるのが、いつから憚られるようになったのだろうか。もしかしたら、公的な機関が「赤子」や「おじさん」の定義をしているのかもしれない。しかし、これらの問題には客観的にどうであるかとは別に、もっと主観的というか、個人史や身体感覚の問題も絡んでくる。

「今日からおじさん」と明確に思った日があったかなかったかは記憶が定かではないけど、少なくともそう自認した瞬間がきっとあったのだろうし、今の僕は自分がおじさんであることに違和感はない。

そんなわけで、「いつまで『赤子』と書くの?」という妻のモヤモヤは、ある民主的な方法で解決することになった。それは、「赤子に訊いてみる」である。それで先ほど訊いてみたのだが、質問の途中で踵を返し、彼方へと駆けていってしまった。やはり当分は「赤子」でよさそうである。

 

 

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid