昨日のこの連載で技術革新について書いていて思い出したのが、僕が物書きを始めてからもたくさんイノベーションは起きていて、原稿の提出方法にも影響を与えていることだ。
いまだに手書きの原稿を手渡しで渡す先生方もいると噂には聞いたことがあるけど、少なくとも僕の周りにはそういったアナログ派は存在しない。個人的には、そういう古い出版文化を経験したことがないので、うらやましく、憧れの対象として逸話を聞いている。当たり前だが、今はパソコンで原稿を書き、メールで提出するスタイルが一般的ではないだろうか。
ところが、徐々に変化は起こっている。記憶が正しければ2012年くらいから、フェイスブックのメッセンジャーで原稿がやりとりされる機会が増えた。2012年頃は、編集の仕事もしていたため、若いライターから初めてメッセンジャー経由で原稿を受け取ったときは度肝を抜かれたものだ。しかし、今ではそれも珍しいことではない。なにを隠そうこの連載も、担当編集の吉川浩満さんとのやりとりには、すべてメッセンジャーを使っている。もちろん原稿の提出も。
たまたま吉川さんと僕がメッセンジャーを頻繁に確認するタイプだからそうなっただけで、LINEなどのメッセージアプリを利用している人もいるだろう。実は、僕なんかが知らない、最新鋭のテクノロジーを使ってやりとりするのが、すでに主流になっている可能性もある。
そして最近、というかけっこう前からメジャーになってきたやり方として、「クラウドで原稿を共有し、そこで編集のコメントや指示、修正・加筆などが行われる」といったスタイルがある。僕はなぜか、昔からこの「クラウド」というものが苦手で、クラウドで共有した原稿を修正する感覚が、身体的に馴染まない。そもそも、操作方法がよくわからないでいる。
僕は、「Microsoft Word for Mac」で書いた原稿を、編集担当の吉川さんにフェイスブックのメッセンジャーで提出する。その原稿を吉川さんが編集し、疑問点や提案のコメントを追加したWordファイルをGoogleドライブで共有して、メッセンジャーにURLを送ってくれる。しかし、僕はクラウドサービスの使い方がよくわかっていないので、GoogleドライブからWordファイルをダウンロードし、クラウドではなく手元で原稿を書き直す。そしてまた、Wordファイルをメッセンジャーで送る。クラウド上で原稿が修正されることはない。
ふたりとも、なかなかしぶとい人間である。そのやりとりを67回も繰り返しているのに、まだどちらからも「ファイルで直接やりとりしましょう」「クラウドで共有するスタイルに統一しましょう」といった提案がなされていない。僕はファイルでの提出にこだわり、吉川さんはクラウドでの作業にこだわる。どちらも文句ひとつ言わずに、あくまで自分のやり方だけにこだわる。
つまり、吉川さんと僕は、とても気が合うのである。思想や価値観、方法論が合致するよりも、気が合うことのほうが何倍も大切であるのは、これまでの愚鈍な人生で掴んだ数少ない真実である。だからこれからもお互い建設的な議論など一切せず、無言で自分のやり方にこだわり続けていくに違いない。仕事を効率化したり、技術革新したりすること以上に大切にしたいものを持っている。そういうところが、吉川さんと僕の気が合う部分なのだと勝手に思っている。
1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤ
Twitter: @miyazakid