モヤモヤの日々

第216回 赤爆

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

育児の大変さはいろいろあるが、そのひとつに寝かしつけがある。赤子(1歳5か月、息子)が寝静まったあと、妻と一緒にリビングでほっと一息ついていると、たまに赤爆(赤ちゃん大爆発、夜泣きのこと)が大発生する。ふたりで寝室に戻り、ありとあらゆる方法で赤子をなだめて赤爆を鎮める。

赤子は寝付きが悪い一方、一度寝たら多少の物音がしても朝までまったく目を覚さなかったのだが、最近では変わってきたようだ。これも成長のひとつなのだろうか。もともと寝かしつけは主に僕の役目だった。苦戦する夜もあったけど、絵本を読み聞かせたり、子守唄を歌ってあげたりすると、だいたいは寝てくれた。しかし、そのうち妻と僕のふたりが揃わなければ意地でも寝ないという、誰に似たのかわからない(たぶん僕)頑固さと贅沢さを発揮し始め、手を焼くようになった。なんて可愛い赤子だろう。

僕が夜に仕事をするときは、妻がひとりで寝かしつけしてくれる。妻は寝かしつけのコツを掴んだようで、ふたり揃わなくてもすんなり寝てくれる日が増えた。だが、そう簡単にいかないのが赤子という存在である。ご機嫌ななめの日には、なかなか寝てくれない。僕がひとりで寝かしつけするときも、寝てくれず苦戦する。とはいえ、妻と僕とがふたり揃って寝かしつけできる日ばかりではない。どちらかが忙しい日は当然ある。

昨夜がまさにそうだった。僕が仕事部屋で執筆していると、寝室から赤子のぐずる声が聴こえてきた。昨夜は低気圧のせいか妻も体調が悪そうだったし、僕の執筆は終わってはいないものの、キリのいいところまでは書けていた。僕は寝室に飛んで行き、いつもよりさらに寝付きの悪い赤子を妻と一緒になだめた。

ひと通りなだめると、赤子は落ち着きを取り戻した。ふたりで寝かしつけをする場合、大暴れした赤子は最終的に妻に後ろから抱っこされる体勢をとるのがいつものパターンだ。ここまできたらあとは簡単である。僕は背を向け、赤子との距離を縮める。壁になるのである。壁こと、僕の背中を赤子は何度か蹴り、足を固定する場所を見つけると安心したように眠りについた。だが、ここで油断してはならない。そこから2、30分は様子を見なければ、また起きてしまう可能性があるからだ。寝静まったのを待ち、僕は仕事に戻った。

それから1時間くらい経った頃、赤爆が大発生した。壁は仕事部屋から寝室に駆けつけ、また壁になった。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid