モヤモヤの日々

第209回 動物園

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

故郷の東京都福生市に帰省して4日目。今日が最終日である。赤子(1歳5か月、息子)と愛犬ニコルにはよい気分転換になっているようだ。ニコルは僕の住む家よりも広い実家がお気に入りになり、部屋の中を探検したり、カーペットの上でひっくり返って昼寝したりしている。道が広く、自然が豊かな散歩道にも満足げである。親族の中では唯一、動物が少し苦手(嫌いではない)な母も、ニコルはとても可愛いらしく、抱っこなどのスキンシップをとってくれる。犬は家主の足元で寝るのが安心するのか、母にぴったりくっついて離れない。

昨日は、母と妻と赤子と僕で、実家の近くにある羽村市動物公園に行った。赤子は、井の頭自然文化園以来、2度目の動物園である。羽村市動物公園は、昭和53年(1978年)に全国初の町営(当時)動物公園として開園した。子どもを連れて行きやすくて、こぢんまりとしているものの、展示が充実している。僕が最後に行ったのは、小学生のときの遠足だっただろうか。久しぶりに行った近所の動物園の素晴らしさに、僕は感動してしまった。

もちろん、赤子も楽しんでいるようだった。初めて見たキリンには、そのあまりの大きさに呆然としていたし、アルマジロもお気に入りのようだった。とくに興味を示していたのは、意外にもシロテテナガザルだった。テナガザルは展示スペースの前方まで来て、止まり木を片手で掴み、ぶらんぶらんとサーカス小屋のブランコのように揺れていた。なんてサービス精神のあるサルであろうか。赤子も笑顔で体を揺らしながら、拍手をしてよろこんでいた。

赤子は僕にまったく似ずに、運動神経がいい。椅子やベッドによじ登って、自分で降りる。当然、危ないから目を離さないでいるのだが、その華麗な身のこなしは、我が子ながら見事である。なので、テナガザルの真似を家でやり出したらどうしようかと頭を悩ませた。しかし、今のところ、ぶらんぶらんはやっていない。1歳5か月でそんなことができれば、もはや天才の所業なので、それはそれで赤子の将来を真剣に考えなければいけなくなってしまう。一安心である。

妻と僕はカピバラに一番興奮した。図体が長いのに足が短く、少し間抜けそうなところがニコルに似ているからだ。ニコルはお留守番中である。帰りを待つ犬の姿を想像し、目頭が熱くなった。

さて、ひととおり動物園を満喫した僕たち一行は、最後に売店に立ち寄った。もちろん、「観光地のマグネット」を買うためである。しかし、予想に反してマグネットはよく売れていて、品薄になっているようだった。テナガザルとカピバラのマグネットは売っていないのか、売り切れなのかはよくわからないけど、お目当ての動物のマグネットが売っていなくて意気消沈したものの、キリンとレッサーパンダのマグネットはまだ残ってので、そのふたつを買って帰った。

今日で福生への滞在も終わり、夕方ごろには帰路に就く。またいつでも気軽に戻って来られて、母や親族に赤子と犬を会わせることができる世の中に戻ってほしいと、心から祈っている。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid