モヤモヤの日々

第220回 駄目貯金術

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

カバンの中に、よく小銭が散らばっている。財布に入れていた小銭がこぼれてしまうのだ。もちろんこぼれたら元に戻すのだが、ちょっと油断すると財布の小銭入れに入りきらないほどの量になってしまう。入りきらなかった小銭は瓶(本来は食材などの保存用)に放り込んでいる。そこそこ大きい瓶が、少なくとも6つ以上溜まっている。これが通称、「駄目貯金」である。

駄目貯金の瓶は玄関前に置かれていて、妻は近くのコンビニに行く際などに小銭を取り出して使っているそうだ。しかし、それでも追いつかないスピードで駄目貯金は増えていく。

とはいえすべてが小銭であるため、家計への影響は少ない。僕が駄目であればあるほど駄目貯金は充実していく。利息はないかわりに、たとえ空き巣に入られても、駄目貯金は駄目すぎて盗まれないのではないかと考えている。あれを盗むのには相当な体力がいる。金額とコストとリスクが釣り合わない。そもそも我が家は防犯に力を入れている偉い家なのである。

駄目貯金のもうひとつのパターンに、ポケットに散らばっている小銭を貯める、というものがある。このパターンの特徴は、越冬することである。最近、衣替えをしたり、キャンプに行くためにアウトドアウエアをクローゼットから取り出したりしていたのだが、また駄目貯金が増えてしまった。越冬駄目貯金は、たまに紙幣が掘り出されるから、なおうれしい。一度、前年の確定申告書類の中から1万円が出てきたことがあった。札は普通に財布に戻している。

僕には、いつか世界一周のクルーズ船に乗りたいという夢がある。世界一周をしたいのだけど、徒歩や列車などの陸路の旅は、僕の弱さでは不可能だと思っている。当然、航路も大変ではあるが、なんとか完遂できそうな気がする。そのためには、もっと駄目にならなければいけない。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid