この連載の最大のライバルだと密かに意識している作品がある。イラストレーター、漫画家、歌人のスズキロクさんによるエッセイ4コマ「よりぬきのん記」だ。ぬいぐるみと布団が大好きな「妻」と、ぬいぐるみに厳しく、常に忙しく働いている「夫」の、のんきな毎日を描いた漫画で、なんと当連載のルールである「平日、毎日公開」どころか、土日も祝日もツイッターで公開されている。しかも「よりぬきのん記」は、すでに2019年版と2020年版の2冊が出版されている。ライバルだと書いたけど、当連載のほうが後発なので先輩にあたる。
その存在を知らない人がいても無理はない。なぜなら「よりぬきのん記」は、鍵付きのツイッターアカウントで公開されているからである。なんということだろう。休まず毎日、それもフォロワー218人の鍵付きアカウントで続けているなんて、カッコよすぎるではないか。「平日、毎日公開」を褒めてもらうたびに、僕は「よりぬきのん記」の壮大さに思いを馳せている。
さて、そんなロックなスズキロクさんは僕の友達で、親しみを込めて周囲から「ロクちゃん」と呼ばれている。ロクちゃんは僕と妻に赤子(1歳6か月、息子)が産まれたことをとてもよろこんでくれて、お祝いにぬいぐるみを贈ってくれた。JELLYCAT(ジェリーキャット)というブランドの茶色い犬のぬいぐるみである。このぬいぐるみは愛犬ニコルに色も大きさもよく似ている。
僕は子どもの頃、ぬいぐるみにはあまり興味を示さなかった。しかし、妻はロクちゃん同様、「ぬいぐるまー」(ぬいぐるみが好きな人をそう呼んでいる。調べてみると、大槻ケンヂ率いるパンクバンド「特撮」に「ヌイグルマー」という楽曲があるらしい)である。僕はぬいぐるみに愛着を持つ「ぬいぐるまー」の感性がうらやましいと思った。赤子にもぜひ「ぬいぐるまー」に育ってほしい。そう思って、ロクちゃんからもらったぬいぐるみを0歳の頃から赤子の横に置いておいた。
妻によると、「ぬいぐるまー」は自分でぬいぐるみに名前をつけるらしい。ロクちゃんのぬいぐるみにも勝手に名前を付けず、赤子が名付けるまで待つことにした。なので今は暫定的に「お友達」と呼んでいる。
はじめはほとんど視力がないし、物と自分との区別もつかない状態だった赤子も、そのうちお友達を認識し始め、触ってみたり、叩いていみたりしだした。さらに抱きしめて眠るようになり、顔をうずめて遊ぶようにもなった。赤子がまだ8か月だったとき、コロナ禍で自粛ばかりしているストレスを発散するため、犬も泊まれる都内のホテルに「巣篭もり旅行」しに行ったことがある。その際、お友達を家に忘れてしまい、「ぬいぐるまー」の妻は大層、気にやんでいたが、そこはまだ8か月の赤子である。2泊3日の旅行中にぐずることはなかった。しかし、家に帰ってお友達を発見するなり、赤子はそれまで見たこともないような笑顔をしてお友達を抱きしめた。
赤子は着々と「ぬいぐるまー」として成長しているようである。お友達は赤子の寝かしつけに大活躍している。赤子が寝た後は、寝返りをうってベビーベッドの柵に頭をぶつけないよう、赤子の頭と柵との間にお友達を置いている。なんて優しく、献身的なお友達だろうか。
今のところ、赤子はお友達に名前を付けていない。まま、まんま、あまま(バナナのこと)、ねんねなど、まだ数語しか喋れないのだから当たり前といえば当たり前だ。でも僕が思うに、もう心の中では名前で呼んでいるような気がしている。明らかにお友達を「友達」として認識しているからである。コロナ禍の影響と、保育園に行っていないこともあって、赤子には同世代に友達と呼べる存在がまだ少ない。先日行ったキャンプで一緒に遊んでいた友赤子くらいである。
でも、赤子にはお友達と愛犬ニコルがいる。僕は「ぬいぐるまー」ではなかったし、実家で犬などのペットは飼っていなかった。お友達と犬と一緒に遊ぶ赤子の感性を、僕はうらやましく思う。
先ほど、赤子にお友達の名前を訊いてみた。以前、訊いてみたときには、「あちゃ」と言っていたが、今日は最近の口癖である「くかぁっ」と言っていた。名前を教えてくれるのは、もう少し先になりそうである。
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- 第117回 冷房の設定温度
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- 第110回 雨のことば
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- 第108回 祝日がない月
- 第107回 朝顔観察日記
- 第106回 心のなかの仄暗い場所
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- 第94回 断酒(2)
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1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤ
Twitter: @miyazakid