モヤモヤの日々

第235回 コンビニのKさん

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

断酒する前は、行きつけのバーが何店もあった。コロナ禍になる前は、毎週のように足を運ぶアパレルショップがあった。そして今、僕は家から徒歩1分にも満たない場所にあるコンビニの常連客だ。

そのコンビニに、Kさんという店員がいる。Kさんは、おそらくアジア系だと思われる、痩せて日に焼けた20代前半くらいの青年である。少なくとも2年くらい、週数回は顔をあわせている。コンビニであいさつを交わす。もはや他人だとは思えない。店員以上、友達未満。

Kさんはとにかく仕事がよく出来る。タバコを吸っていた時期は、「タバコをください」と言う前から僕の吸っていた銘柄に手を伸ばし、目配せで同意を求めてきた。僕はいつも頷いた。日本語はとても上手だが、数字を発音するのが苦手で難儀していたKさんに僕は、「せんにひゃくごじゅうえん」などとゆっくり発音してあげていた。Kさんは、それを噛み締めるように復唱した。そのやりとりが恒例になり、僕とKさんは密かな心の友になっていった。

最近では、会計の際に言う値段の数字を、Kさんははっきりと発音している。基本的にレジ袋をもらう僕に、「袋は必要ですか」と訊くこともないし、電子マネー「QUICPay(クイックペイ)」で支払うのを知っているため、僕がスマートフォンを取り出す前にリーダーを用意してくれる。赤子(1歳6か月、息子)を抱っこしているときは、赤子に優しく微笑みかけてくれる。コンビニの前を通り過ぎる僕を見つけ、店内から手を振ってくれたこともある。

僕はKさんについて、よく行くコンビニの店員だということ以外は知らない。Kさんもコンビニの常連客だという以外、僕が何者なのかまったく知らないと思う。Kさんは仕事ができるだけでなく明るく元気な性格なので、Kさんにコンビニで会うたびに、僕は元気になる。だからクイックペイで支払いを済ませたあと、僕は必ず「いつもありがとうございます」と言う。

コンビニはマニュアルによって効率化され、いい意味でどこに行っても同じだと思っていた。家からの距離とチェーンの種類でしか、コンビニを選ぶ理由はないと思っていた。無味乾燥だけど、便利な場所。そんな認識を覆してくれたのがKさんだった。とくに今は考えていないものの、仮に引っ越したとしてもKさんがいる限り、このコンビニに行きたいと思ったコンビニは、その店が初めてだった。しかし、いつかはお別れする日がくるのだろう。そう思うと少し寂しい。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid