モヤモヤの日々

第112回 風邪予報士

そういえば、新型コロナウイルスの感染拡大以降、風邪を引いていないことに気がついた。体調不良はいくらでもあったのだが、「ああ、これは風邪だな」という風邪らしい風邪は引いた記憶がない。僕はもともと風邪を引きやすい体質なので、少しでも風邪の予兆を感じたらすぐに休む。生姜湯や柚子湯、葛根湯などを飲んで体を温めながら横になる。それでだいぶ風邪を食い止められる。

もう1年半近くも本格的な風邪を引いていないのは、新型コロナウイルスの感染対策をしているからだろうか。「風邪かな?」と思ったらすぐ休む習慣も、以前より徹底している。しかし、プロの“風邪予報士”といえども油断はある。絶対に使い方は違うが、「弘法も筆の誤り」とでもいうのだろうか。

一昨日、めずらしく薄着で寝たところ、起きたら悪寒がした。そこですぐ対策を講じればよかったのだけど、起きてすぐにシャワーを浴び、パソコンに向かってしまった。午前中は順調に仕事をこなしていたものの、正午頃から雲行きが怪しくなってきた。喉が痛くなってきたのである。

常備している喉飴を舐めても治らない。熱をはかってみると36.6度だった。平熱が低い僕でも、さすがにこの体温では熱があるとは判断しない。だが、ここでほっと一安心するのは素人の仕事である。僕はプロの“風邪予報士”なのだ。フリーランスなのだし、自分の健康は自分で守らなければならない。喉はけっこう痛いうえ、熱はないとはいっても風邪っぽいほてりを身体や吐く息から感じる。なので、本当は仕事が終わったら荒れに荒れている仕事部屋の片付けをする予定だったのだが、昨日は万が一の場合を考えて無理をせず、横になりながら本を読んでいた。ちょうど妻も赤子も犬も家をあけていたので、自分のペースでゆっくり休むことができた。

コロナ以前ならばここまで神経質にはなっていなかったと思う。ただ喉が痛いだけで熱がないのならば無理はしなかったとは思うけど、気を付けつつも普段どおり過ごしたはずだ。しかし、コロナ以降はそうはいかなくなった。熱や、喉の痛み、さらにそれ以上の症状が出てしまったら、新型コロナウイルスの感染を疑わざるを得ないからである。これでもかというくらい対策し、警戒しながら暮らしてはいるものの、素人考えでただの風邪かどうか判断するのはかなり怖い。

今日起床したら、喉の痛みがすっかり治まっていた。相変わらず熱もない。ほっと一安心といったところだが、僕はプロの“風邪予報士”である。少なくとも今日までは、慎重に様子を見ようと思う。

 

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid